第3幕 アストリカ学園
吉田の乗っていた馬車を見送って再び歩きだした俺は、少々の時間をかけて――いや、大分迷ってようやく中央都市ルエンジャの魔法使いと戦士の育成機関であるアストリカ学園にたどり着いた。
「はぁー……なんだこりゃ」
驚いたのはなんか無機質な灰色の壁が構築されていて、それが建物をぐるりと囲んでいる。
それはまるで巨大な牢を守るために作られたものみたいだ。
その割には奥に用意されているのは結構豪華な場所だが……なんと言えば良いのだろうか? 見たことのない建築方式のように見える。
俺はどっちかというと昔の人間だからか、この学園の建物ですら城と間違えそうなほどだ。
いつまで驚いても仕方ない。覚悟を決めて中に入ると、まるで庭園でも造ってるのか? と見紛うほどだった。
もっと兵士たちの訓練場みたいなイメージがあったんだが……実際目の当たりにすると、随分違うものだ。
「こりゃあ……またすごいな」
歩いているだけで迷いそうなんだが……何処に行けば良いんだ?
学園に来いって言われてただけで具体的にどこに来いってのはなかったからなぁ……。
ほとんど、というか人が全然いないし、さてどうしたもんか。
「あの……」
「ん?」
俺が周りを見回しながら花が綺麗だとか、何処に行けば良いのかと悩んでいると、澄んだ湖の水底のような水色と青色の混じった髪と、エメラルドのような目をした……ちっこくてまだ幼く見える少女が不思議そうに話しかけてきた。
そのちょっと太い眉が八の字に曲がっていて、目はじとっとこっちを見ているようで、なんだか困ってるようだ。
ちょうど俺が見下ろす形になっていて、おどおどとしたその様子がどことなく庇護欲に駆られる。
「あ、あの、えっと……どうされたん、ですか?」
どうされた……と言われてもなぁ。
しかしだいぶ人見知りするのか、俺と話しているのにちょっと左向いたり右向いて上に下にと忙しい。
どことなく頬が赤いのがまたなんとも言えない。
「あー、俺は北の方の村からきたんだけど……学園に来いとだけしか書いてなくてな。これから何処にいけばいいのやらと」
「あ、そうなんですね」
ぱあっと顔を赤くしたまま、両手のひらをぱん、と合わせて上手く用件が聞けた! と喜んでいるように見えるんだが、それで終わってしまったら俺としては何の意味もない。
そんなことを考えていたら、少女は「えっと……」と考え込むような仕草を取っている。
「あの、ここ初めて、なんですよね?」
「ああ、ここどころか、ルエンジャに来たことすら初めてだ」
「じゃ、じゃあ! あの、よかったら案内しましょうか?」
まるで花が開いたかのような笑みを浮かべながら、提案してくれたんだが……悪くはない。
俺としてもこんな可愛らしいお嬢さんに案内されるのも悪い気はしないからだ。
「それじゃあ、頼んでいいか?」
「は、はい! えっと、私、エセルカって言います。エセルカ・リッテルヒアです!」
「グレリア・エルデだ。よろしくな、エセルカ」
エセルカははにかむような笑みをこっちに向けてきてくれたけど、俺の方も一安心だ。
アルフォンス・吉田のように意味のわからない名前が横行しているのかと思っていたからだ。
そんな中で俺だけエルデの家の者として生きていかなければならないのか……と多少なりとも憂鬱になっていたが、このエセルカのおかげで少し和らいだ。
全く、エセルカさまさまだな。
――
それからエセルカに案内されたのは学園の建物(どうやら校舎と呼ばれているらしい場所)の一室だった。
あー、と確か職員室? だっけか。先生がいる場所だったか。
「あ、あの、ここです」
ここに来るまでの間に色々と話を聞いていたおかげでそれなりに打ち解けてくれたのか、言葉遣い以外はなんとか普通どおりになっていた。
まず人が全くいないことについて、今学園はお休みらしい。
入学試験が明後日に控えていて、三日後に結果発表。その二日後に入学式があるらしく、それまではこんな感じなんだそうだ。
で、エセルカは自分が通うかも知れない学園だからと様子見に来ていたようで、その帰り道に俺を見つけたから声をかけたんだそうだ。
「ああ、ありがとう。おかげで助かった。エセルカがいなかったら路頭に迷うところだったわ」
「そ、そんな大げさな……」
最大限笑いかけてあげると、エセルカは顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振り回していた。
なんというか、本当に一人ぼっちの小動物のようだ。
「グ、グレリアくんも試験……受けるんだよね?」
「ああ。もしかしたら当日も会えるかもな」
ニッと笑ってやると、何をそんなに恥ずかしがってるのかは知らないが、エセリカは両手で顔を覆って動けなくなってしまった。
「え、えっと、あのその! わ、私用事を思い出したから、もう行くね? それじゃあ!」
「あ、おーい」
俺の返事を待たずにさっさと走り出してしまった
なんていうか……本当に人見知りの激しい女の子だったな。
呆気なく一人になった俺は、そのまま一通り見回った後、帰路に付くことにした。
まだ宿も取ってないし、早く戻っておさえたほうが良いだろう。
そしてそのまま何事もなく、試験当日まで英気を養うのであった――。
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