第14話

《対空戦闘よーい!!》


 また、大きな声が聞こえた。よく見渡すと、この場の者が言ったわけではないらしい。ということは、伝声管でんせいかんの類い。伝声管はとても進化してるということか。


「同時に、対潜警戒を厳となせ!合戦準備!」


 あかぎ艦長は、生き生きしている。戦闘を待ち望んでいたようだ。軍人には、欲しい人材だが突っ走られると困る。

 なにやら、最上が分厚い上着を手に持っている。灰色で、暖をとるためのものではないことは見て取れる。


「あー…着ますか?」


 最上海将は、思いついたように尋ねた。

 だが、答えを待たずに、


「着ますよね、着ないと危ないですもんね。」


と、独り言のように自分一人で納得して、そばにいた隊員に持ってくるように指示した。

 敵機来襲前には、上着が私達に届けられた。やはり重い。これは、防具だ。


「敵機!目視にて確認!海面スレスレで、攻撃陣形を執っています!!」


 デッキにいる見張り員からの報告だ。私の耳に、低い、獣の唸り声を彷彿とさせるレシプロエンジンの音が入ってくるような気がした。


《艦橋、CDC。レーダーの敵機影、直上で停止。》


 どこで見張りをしているのか分からないが、報告をした見張り員は目が効くらしい。

 この諜報部の情報が本当なら悔しいが、米軍が配備を始めた艦上爆撃機の最高上昇可能高度は、零式艦上戦闘機が自由に行動できる約六千米突メートルを遥かに凌駕する七千米突以上という情報もある。もし、敵機が七千米突程で飛んでいたとして、それを見つけられるのは長年見張り員を勤めた者では無理どころの話ではない。

 先の報告から数秒。艦が速度をあげる気配がない。

 あかぎ艦長も最上海将も、一向に命令する気配がない。


「何をやってる!!進め!最大戦速!各艦は、艦隊間隔を広げ回避動作に入れ!」


 突然、南雲司令長官が声を荒げた。教練の時に新人を叱るものと同じだ。


「さ、最大戦速!」


 海上自衛隊の操舵士は、南雲司令長官の声に突き動かされ、黒いレバーを前に倒した。

 自分の体が、置いていかれたような気がした。あかぎは、現代の加速力を我々に教えてくれたのだ。


とぉりかぁぁじ取舵!!」

「はい!取舵一杯!」


 恐怖で硬直している隊員たちは、大体命令を受ければそれに従う。待っていなくとも、命令されればそれに従うしかない。自分が何をすれば良いのか分からないのだから。


「対空警戒!対空砲はどうした?!早く撃たんか?!!」

「対空砲!ありません!僚艦りょうかんへの対空支援の要請を具申ぐしんします!」

「…無いなら…仕方がないな。よし。要請しろ!」


 艦橋乗組員の一人が、黒い物体へ話し掛ける。

 ふと、左舷を見てみると、当然ながらあかぎの甲板作業員はいなかった。それより奥にある巡洋艦程の艦は、取舵に回頭を始めていた。

 ここまで軽快に、そして直々に指揮をくだされる南雲司令長官は初めて見た。

 最上海将やあかぎ艦長は、西欧とかで言うカリスマとやらを持った南雲司令長官のお姿を見て唖然としている。

 ここで、段々と、花火の笛と呼ばれる振動燃焼音に似た音が聞こえてきた。

 直後…と言うより、こっちの方が早かったのかもしれない。右舷側に硬い地面を巨大な機械が歩いたかのような音が、空気を振るえさせる。その衝撃が艦橋構造物を襲い、窓に留まらず壁までもビーンと震え始める。初めて攻撃を受けて、怯えて泣いているかのようだ。


「面舵一杯!!S字ターンで、回避続けろ!」

「はいッ!戻ーせー!面舵一杯!!」


 音と言えるのか分からないような、鼓膜を破裂させそうなこの空気の振動は激しさを増す一方だ。

 すると、爆弾の着水音に混じり、今までとは違う音が鳴った。同時に、右舷側の窓が橙色だいだいいろに染まった。

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