第7話

 心なしか、横須賀が狭く見えた。既に、駆逐艦などは入港しており、建物を除けば横須賀鎮守府だった。

 操舵士は、埋め立て地を睨む。慎重に、舵を動かす。


「Z旗をあげてください。」


 入港しかかると、磯部が言った。帝国海軍としては、Z旗は国際上とは違う意味を持つ。だが今回は、国際法としてのZ旗だろう。予想は出来るが、国際法がかなり変化している可能性がある。これは、なんの意味なのか。


「タグボート…つまり、曳船ひきぶねを手配するためです。赤城には、そのまま入港してもらいます。加賀、翔鶴型、蒼龍、飛龍、その他の戦艦、駆逐艦は湾内待機ということになります。利根型も入るらしいのですが……どうなのでしょうか…」


ともあれ、Z旗は曳船のためだったらしい。




「両舷ていそーく停速!」

「両舷停速。」


 しばらくして赤城は、横須賀に帰港した。“帰港”という表現が合っているのか分からないが。

 帰港してからまたしばらく経ち、梯子が架かった。

 磯部は、なにやら薄い金属板を耳に当て、一人で何かを言っている。満足したのか、金属板をしまいこちらを向いた。


「あのー…いまから、結核などの感染症の検診を行うので、保健所の人とお医者様が来ます。出来れば、素直に応じてください。」


 保健所とやらは、よく分からないが感染症の検査を行うのか。確かに、正直言って赤城の衛生環境は酷いからな。医務室は、病人であふれかえっているらしいし。


「そんな、検診したって治るわけがないじゃないか。難病なんだぞ?」

「すみません。言わせていただきますが、この世界では男女平等に中等教育までは義務付けられています。そのくらいは知っています。」


 こればかりは譲れん、と言わんばかりに、磯部は態度を豹変ひょうへんさせて士官に突っかかった。まあ、女で士官をつとめるほどなんだから、少なくとも高学歴なんだろうなとは感づいていた。

 だが、全国民が少なくとも中等教育を修了しているとは、やはりこの国は恐ろしい。本当に日本なのか疑わしい。




 艦橋の士官の全員は、感染症にかかってはいなかった。真っ先に検診してくれたこともあり、一時間ほどで横須賀に足を踏み入れようとしていた。

 右を見ると高い建物、左を見ても高い建物。民間の集合住宅と聞いたときには、本当に驚いた。民間人がこのような建物を所有できるようになるほど、所得が高いのだろう。

 それに、検診がすぐ終わったことも国力が現れていると思う。あんなに、素早く行動ができて素早く終了させる。手際がとてもよかった。

 遂に、ようやく固い地面を踏みしめた。海鳥が鳴き、暑い日差しが照りつけ……

 いや、おかしい。冬だったはずだ。11月。寒さが厳しくなりつつあり…


「……今の時期は?」


 私は震えた声で、初めて磯部に問うた。


「8月2日。夏ですね。」


 成程。これは、本当に未来の日本なのかもしれない。港も横須賀そのものだったし、そもそも磯部は日本語を話している。変な訛りもないので、亜米利加人ではなかろう。だが、あまりにも訛りが無さすぎる。まあ、今は気にしないでおこう。


「さっき、気になったのだが、あそこの人だかりはなんだ?」


 周りの景色に圧巻されていると、南雲司令長官が対岸を指差した。赤城の艦首が向いている方向だ。

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