最終話 旅立前夜

 聖誕祭の夜、ベルントとナターリエの結婚の祝宴もたけなわとなり、フィストは一人スフノザ砦の裏手にいた。そこには小さな石碑が立てられている。


 かつてここで非業の死を遂げた、名も知らぬ人々の墓標。帝国兵により砦の囲壁に晒されたり燃やされた遺体は、後に戻ってきたギレスと地域の人々が骨を集めて弔ったという。


「ギレスたちが生きる気力を取り戻して動いてくれたのは、あんたの祈りが届いたからじゃないか」

 後ろを振り返ると、ベルントだ。


「新郎がこんなとこ来ていいわけ?」

「ナターリエはもう眠ったよ」

 ちょっと微笑む。


「望みもしない聖職者になってずっと見せかけで生きてきたあんたが、傭兵になって自分の想いに正直に行動したじゃないか。俺も死んだ奴らも、しっかり受け取ったよ」

「そうかな」

 祝福を授けた新郎がそう言ってくれるなら、真実だと思いたい。


「ナターリエを診てくれるよう、ユグルに頼んでみようか」

 あの後、次兄エミールと再会することができた。帝国の大学で教鞭を取るエミールは家族が埋められた丘の前で、涙をこぼす代わりに金を取り出した。


『もっと早く戻るつもりだったが、一時帰国を認めてもらえなくてな。家族の死に目に会えないことは覚悟していた。俺がしてやれるのはこんなことしかないから、役立ててほしい』

 まったく、エミールらしいと思う。


 帝国貨幣の価値はブレアの二十倍以上だ。その金を元手に、ユグルはエデルマットで施療院を開いた。


『これから戦が激しくなったら、怪我人や疫病が増えるだろ。俺もフィスト兄みたいに人の為にやってみるよ』

 と言いながら、なかなか忙しくしているらしい。砦はエデルマットからそう離れていないし、きっと引き受けてくれるだろう。

 ベルントは嬉しそうな顔を見せる。


傭兵団長クロムフィスト、ありがとう」

「なんだよ改めて」


 受け取った金で、フィストは傭兵団長クロムになった。


 ———その男が加担すれば勝利を引き寄せる。だがいずれ必ず、その部隊に破滅をもたらす。しかし部隊が壊滅してもなぜかその男だけは生き残る。

 傭兵界一不吉な、死神と呼ばれる傭兵団長クロム。そしてベルントは最初の傭兵仲間だ。


 傭兵団の経験は無かったが、全員が精鋭狙撃手という他にないメンバー構成と実力で、次々と契約をもぎ取った。中距離武装を持たない傭兵団に的を絞って売り込む営業戦略もうまくいった。おかげで最大二十名近くの団員を抱えたこともあったし、稼業を始めてわずか五年という異例の早さで免状ウェイスを取得するまでになった。


 そして傭兵団長クロムとして仲間と生き死にを共にし、正面から向き合ってきたつもりだ。


 しかし転戦してもどんなに失っても、この北の大地だけはずっと避け続けた。言葉にこそしないが、ベルントも同じだ。それがここに来るという縁を得たのは、死者たちに声が、祈りが届いたと思っていいだろうか。

 

「まさかここに来ることになるとは思ってなかったな」

「ああ。キミのせいだな、傭兵団長クロムヴェンツェル」



◇◇◇◇


 それから半年を待たずして、ナターリエは亡くなった。

 病状が悪化するとほとんど食べられず痩せ細ってしまったが、ユグルが痛みを緩和する薬を投与し、安らかな最期だった。ベルントと傭兵団とで暮らした月日が人生で一番楽しかったと、その笑顔は最後まで陰ることはなく、みんなで見送ったのだ。


 ナターリエもベルントも、フィストのみたま送りを望んだ。相変わらず法衣も教書も香炉もないが、魂のこもったフィストの魂送りは、全員をしっかりと包むものだった。


 夜空の下、フィストとベルントが並んでいるのは砦の裏手。名もなき墓標と、その隣はナターリエの墓だ。十字には小ぶりのバラが短いツルを伸ばし始めたところで、薄いピンク色の可憐な姿がナターリエっぽいとヴェンツェルが気に入り、麓の街で分けて貰ってきたのだ。


「キミはナターリエの側に残ってもいいんだぞ」

「墓とバラは、ここに残る仲間たちが守ってくれる。あんたには俺が必要だろ?」


 明日、ヴェンツェル団はスフノザ砦を離れる。しかしヘンドリクをはじめ、守備隊としてここに残ることを選択した仲間もいるのだ。


 再びブレア国に戻れる保証はないから、行くかどうかは個々に自由に決めていいとヴェンツェルは言った。

 行く先は久瑠栖クルス帝国———。ここにはもう二度と戻れないだろう。しかしフィストは迷わなかった。


「ボクたちが帝国へ乗り込んでひと暴れしたら、きっと痛快だよね」

「ああ! 今頃みんな俺たちを見てさ、異界テングスで盛り上がってんじゃないかな」


 ヴェンツェルが導いてくれなければ一人ではここには来られなかった。多分、ベルントも同じだろう。だからヴェンツェルが進むというなら共にありたい。

 あの時の帝国製の弓に似た、跳ねっ返りの強い畏れを知らない傭兵。死神のいわれなどものともしない、鋼鉄の傭兵団長クロム


「連れていってくれよ、次のキミの世界に」


 月が眩しいほどに白い光を放つ。果てない夜空を胸に吸い込んで、フィストは墓標に別れを告げる。

 その顔はどこか誇らしげで、ベルントは心底嬉しかった。



                       ≪SEE YOU NEXT STAGE!≫

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