2 ハズレ

 今日、元カノと兄貴の結婚式を執り行った。


 いや、彼女だと思っていたのはフィストの方だけで、リリーは最初から兄貴に近づく為の踏み台としか見ていなかったようだ。


「それを見抜けず、小柄で巨乳で自分が世間の平均点より上だって自覚してるちょっとズルい女でさ、そんなところも超好みなんて浮かれてたボクがバカだったんだよ」

 決してリリーが尻軽だの裏表ありすぎだの、彼女のせいにすまいとしてきた。


 それでも祭壇で目を合わせた時の、フィストとの過去の一切を滅却したかのような無の表情には、内臓が裏返る思いだった。

 しかし司祭セルとして、これ以上ないほど完璧に祝福を授けてやったのだ。もちろん何も知らぬはずがなかろう兄貴にも。


「もうやってらんない」

 フィストは祝宴を抜け出すと白い法衣を脱ぎ捨て、弓と矢を手に馬で駆けた。


 貴族階級ではないが、ブレア国北部シュヴァーゲンの大地主の家に生まれた。一昨年父が亡くなり、今日結婚した長兄が家督を継いでいる。


「そりゃ、女にとっては土地付きの方が良いに決まってるよね」

 おまけに長兄は顔も良かった。母似で女からカワイイと好まれる顔で、フィストは父似だ。

「そもそも妻帯できないんだから、生娘なんか相手にするんじゃなかったんだ」


 聖職者になった理由は枠が余って回ってきたからで、すなわち全員二歳差で長男マルクは地主で作家、二男エミールは新進気鋭の数学者として玖留栖クルス帝国へ国費留学中、三男ダルトンはブレア軍人で若き将校。残るは医者か聖職者だが、末の弟ユグルは幼少の頃から医者志望だったので自動的に決まった。


「若い女ってのはどうしてすぐ結婚したがるかな。結婚したらどうせ浮気するんだから、今のうちにもっと自由に青春を謳歌しとけばいいのにさ」


 罪の意識で教会へ告解に来た婦人を口説いたこともあるし、逆に誘惑されたこともある。嬉しさ半分、もう半分は悔い改めに来たんじゃないのかよと呆れながら組み敷いた相手は、どれも人妻だった。リリーだってきっとそうなるに決まってる。


「その時、リリーはどんな顔するかな」

 泣いて懇願されても絶対抱いてなんかやるもんか。

 ありもしない未来を想像して気持ちを鎮める。


 森に入りしばらくすると猪が現れた。とっさに弓を引き絞って、やめる。

「こんな大物を持ち帰っちゃ、宴に華を添えることになるもんね」

 猪は小動物か何かを追っているようだから、そっちにしようと再び馬を駆る。


 弓が好きだった。弓弦を引き絞り離すまでの間だけ、何も考えなくてすむ。時間から置き去りにされ、異界テングスへ解き放たれたような心地良さがあった。そして命中した時の突き上げるような快感。それを得る為により精度の高い弓と矢を作り上げる時間もまた、幸福を感じるものだ。


「見つけた」

 猪が追っていたのはイタチだった。

 先回りの方向に馬を駆り、降りると藪の中に身をひそめる。耳を澄ますと、カサカサと走り回る音がする。


 矢をつがえる。そしてどんな遠くでも見通す異常な視力が獲物を捉えた瞬間、放つ。

 だが今日は当たらない。すぐさま次の矢を二つ放つが、逃げられてしまった。


 集中していない。わかっている。


「あーっ、もーヤダヤダヤダ! 明日世界が終わればいいんだよ!」

 しかし丁寧に削ったやじりを捨て置くのはもったいなく、外した矢を探して回収しながら独り言が森に響くのだった。


 そして世界が終わったかのような衝撃は、一年後に現実となる。祖国ブレア国が玖留栖クルス帝国の属国になり、隣のヘルジェン王国と戦争を始めたのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る