16 太陽のように

 その後も営業をかけ、わずか十二日間で本当に一万人を集めた。全員ノルマ達成と、成績優秀な営業たちである。

 こいつらの能力で別の事業ができるんじゃないかと思いながら、その日は戻る途中で雨に降られ、本営に着いた時には既に日も落ちていた。


「陛下がお呼びです。至急来るようにと」

 再三先延ばしにしているのだから分かっている。実はクヌード戦で助けられて以来、一度も参上していないのだった。


 新しい服に着替えようと寝台に腰掛けた途端、強烈な睡魔に襲われる。五分だけ休もうと思ったが最後、もう何も覚えていなかった。


 ほの白い光が瞼を照らす。人の気配に目を開ける。

「目が覚めたか」


 何が起こっているのか頭が回らない。ここは私の幕舎。で、椅子で足を組んでこっちを見てるのはフェルディナント陛下? うん、本人で間違いない。


「…そういう寝起きドッキリやめてほしいんだけど」

「私の呼び出しを散々無視してきたのはそなたの方だろう。おかげで良いものを見せてもらったが」


 そうだ、着替え途中に寝てしまったから身に着けているのは肌着と股引ももひきだけだった。しかも濡れた髪のままで、きっと今ひどい顔と髪型のはず。

 顔から火を吹きそうなパニック状態で下着姿のまま幕舎を飛び出し、水場へ向かう。明け方なのでまだどの幕舎も静かで、ジゼルが一人洗髪していた。


「ジゼル! ちょっとブラシ貸してくんない? 寝癖ついてない?」

 猛ダッシュで洗面歯磨きする。


「起きたら陛下がいたんだよ! あ、そうじゃなくて何もないんだけどとにかくどのくらい前からいたのかこんな格好で寝てるとことかバッチリ見られてどうしようジゼル!」

 半泣きのヴェンツェルに、ジゼルは豪快に笑う。


「見られたものはどうしようもないだろ。いつも通りでいいんだよ。ホラ」

 ヴェンツェルの髪を整えて自分の着替えのシャツを着せてくれ、一番上のボタンを開ける。


「あたしならもう一つ開けるけど」

「…私はいいよ!」

 タンクトップから盛り上がるジゼルの胸の谷間に目を奪われながらだった。


 帰ってないかなとほのかな期待をしながら幕舎に入るが、やっぱりいた。ズボンを履いてようやく向き合う。


「そなた、わざと私を避けていただろう。司令官失格だぞ」

「そう思いますんで、私を解任してください」

「なんだと?」


「クヌードを討ち取ったとはいえ、多くの犠牲を出した責任は司令官の私にある。今こそ陛下は諸侯をまとめ上げて、一枚岩の国の王になる時だ。その為には傭兵なんかを重用している姿は障害になる。だから私を切り捨ててください」


 フェルディナントが立ち上がる。

「藪から棒に何を言い出すのだ。そんなことはできぬ」


「ミロンド公は陛下のために三万の兵を出す。その約束を取り付けてきました」

 目を見開いて、フェルディナントは数秒言葉を失った。

「…そなた、何をしたのだ」


「ミロンド公はマンフリートを王にするためにヘルジェンと結んで、次の戦では帝国を攻撃するつもりだったんです。帝国を裏切った罪を全て陛下になすりつけてね。しかしそれではアドルフの思うつぼで、ミロンド公もそれは望んではいない。そこで敵を入れ替えようと提案したんです。ミロンド公はヘルジェンと戦う素振りを見せ、代わりに私が帝国を討つ。これなら負けるのは帝国だけだ。公は快く受け入れてくれましてね、誰かさんと違って契約金もたんまりで」


「契約だと? 勝手なことを申すな! 私との契約はどうなる? アドルフを倒すのではなかったのか!?」

 いつになく強い口調でフェルディナントは詰め寄る。


「言葉を返すけど、次の戦に勝つにはミロンド公の三万が必要だ! 帝国の手から脱却するつもりなんでしょう? それにはまずヘルジェンに潰されるわけにいかない」

 ヘルジェンは五万を超える大軍を配備している。対する帝国・ブレア連合軍は足して三万。ミロンド公率いる三万を加えてようやく互角になる。


「私の代わりにミロンド公を側に置くべきだ。それに私が司令官のまま帝国に攻撃したら、陛下が反逆者になってしまう。だから私との契約は解消してください」

「それはならぬ。そなたが一万人の傭兵を集めたのは、ヘルジェンに勝つためではないのか」


「ジゼルという傭兵がいます。クヌードの娘だが、腕は確かで信頼できる。私の代わり以上になります」

「しつこいぞ」


「陛下!」

「ならぬと言っている!」

 口調とは裏腹に見せたのは、凛とした英明さなどかけらもない、すがるような目だった。

あの時と同じ、胸がズキンとする。


「そなたでなければ意味がない。そなたが兵力をかき集めていると聞き、どれほど心強かったか」

 それはヴェンツェルにとっても同じだ。信じてくれたのはフェルディナントだけだった。最初からずっと。


 フェルディナントは手を伸ばし、ヴェンツェルの手首に触れる。

「頼むから…私を一人にしないでくれ」


 はねつけようとした。けれど、抱きしめたのはヴェンツェルの方からだった。

 フェルディナントの背中を五指でつかむと世界から何もかもが消え去り、貫くような愛しさにこのまま体が壊れてしまうと錯覚する。


「そんなだからあなたは一生アドルフに敵わないんですよ。いちいち弱気になって。私がついているから大丈夫と言ったでしょう」

「すまぬ」


「おまけにミロンド公なんかに足蹴にされて」

「面目ない。崖っぷちだ」

「いつもそれ言ってない?」

 

「この状況を生み出したのは私なのだ。分かっていて、マンフリートを処断しなかったから」

「甘いな、ほんと」 

 それがフェルディナントなのだ。だから彼のために強くありたい。


 樹のような香ばしくていい匂いがするうなじから顔を離す。腕をほどくと額と額、手と手が重なりあった。

 本来なら触れることも、想いを抱くことすら許されない。叶わぬことはこの胸の痛みが分かっている。


 愛しい人が必要としてくれた。それだけで十分だ。

 ヴェンツェルは体を離した。


「陛下は見ててくれればいいんですよ。私は帝国を片付けて、アドルフも倒す。5万Wワム払ってくれるなら陛下のためにって付け足すけど」

「そなたは免状ウェイス無しだろう。5千が相場だ」

「ラスボス倒すって言ってんのにケチだな」


 太陽を思わせる顔でフェルディナントは心から笑った。やさしい目だった。死ぬまで忘れないと思う。


「それじゃ陛下、ちょっと痛いんで我慢してください。あと本気で逃げないと命の保証はしませんから」

「はぇ…ちょっちょっ! まだ良いとは…!」



 その日、本営にはこんな文書が回った。


 国王フェルディナンド陛下への暴行ならびに殺人未遂で、ブレア軍指揮官で傭兵団長ヴェンツェルを本日付で懲戒免職とする。

 ヴェンツェルは未明、陛下を自身の幕舎に呼び出した後、殴る蹴るの暴行を加えた上、助けを求める陛下を追いかけていたところを従者二名に取り押さえられた。

 その際「金を返せ」「いいかげん免状ウェイスをよこせ」「契約金が安すぎるんだよばかやろう」等叫んでいるが、全くの事実無根である。

 本来ならすぐにでも斬首に処すべき狼藉だが、陛下の恩情によりこれまでの功績を考量し、傭兵団長として戦場での働きをもって償わせることとした。

 なおヴェンツェルが着任予定だった元帥には「守銭奴につき極めて危険人物」と本件を予見し、陛下へ警告していたミロンド公爵を指名する。

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