15 極道クロム

 前からはヘルジェン、後ろからはミロンド公に挟撃され倒れていくブレア軍とフェルディナントの姿が目に浮かぶ。


「売国奴だな」

「傭兵ごときが分かったような口をきくな! 国益の為なら汚名などいといはしない」


 フェルディナントの書簡からは、マンフリート派との内乱だけはならないという思いがひしひしと伝わって来た。必死で奔走しているはずで、だからミロンド公の元へも自ら出向いたのだろう。

 それを背後からぶち壊すなど絶対にさせない。フェルディナントが儚く描く未来を守りたい。

 

「ひとつ聞くが、あんたの軍勢は本当にブレア兵士に剣を向けられるのか? 同じブレア国民同士、戦場という特殊な環境で寝食を共にしてきたんだぞ。いくら上に立つ者の理想が誇り高くても、三万の末端まで同じとはいかないだろう」

 ミロンド公の反応を見ながら続ける。


「一方で、私たち傭兵は国籍も出自もバラバラだ。雇い主によって昨日の味方が今日の敵になるからね、かつての仲間だろうと倒す覚悟ができている。私が集めた一万であんたの三万を倒すには充分だ」

 一万は営業目標だが、言い切った。


「けどあんたの真の敵は帝国で、私はヘルジェン王を倒したい。お互いこんなとこで兵力を失いたくないよな。私も一緒だ」

 ここまで共有できていることを確かめ、ヴェンツェルは切り出す。


「そこで敵を入れ替えようじゃないか」

「…なんだと?」


「あんたはヘルジェンと戦うように見せかけて、私は帝国と戦う。あんたは売国奴にならなくて済むし、私たちが帝国を撃退すれば事実上ヘルジェンの勝ちだ。負けるのは帝国で、ブレアは


 一瞬の間。それからミロンド公は鼻で返してきた。

滑稽こっけいだな」

「そうか? 戦は結果が全てだ。ヘルジェンが勝てば、その後はマンフリートを王にするなりあんたらの好きにできるだろう?」


「お前は今のブレアを守りたいんじゃないのか」

「勘違いするな、私は傭兵だ。国の行く末なんて興味ない。困るのは雇い主の陛下が殺されて、貸し付けた金と給金が支払われなくなることだよ。だからブレアの負けは避けたいんだ」

 ミロンド公の瞳が揺れる。もう一押しだ。


「…お前たちで帝国に勝てると?」

「私はブレア軍の司令官だよ。帝国の配備状況はまる分かりだ。あんたの計画よりは確実だと思うがね」

 手足を縛られたままヴェンツウェルは上体を前に傾け迫った。


「私はクヌードを倒した。今、私以上の戦力で帝国を倒せる傭兵が他にいると思うか」

 返答はない。ヴェンツェルは唇の端を吊り上げる。


「さっき取引してやると言ったな、帝国軍を倒すという契約で私を雇ってほしい」

「…いくらだ」

「100万Wワム


「ふっ、ふ、ふざけ———」

「一万人規模の契約だ。それに帝国相手に銃火器が足りない。買い占めるに必要な経費だ」

 ヴェンツェルはにっこり微笑む。


「公爵殿なら出せるでしょう? それにあんたには元帥の座を用意するよう、陛下に頼んでおく。どうせ直談判された時に断っちまったんだろう?」

「ぐ…」


「私に任せとけ。おい、紙とペンを用意しろ」

 隣の従者に命令しているのはヴェンツェルの方だった。ミロンド公は渋々、口述した内容を書き取らせていく。


 契約が済むと、ヴェンツェルは手足を縛られたまま放置された。

「どこだよここ…」


 教会内に人の気配はない。ほこり蜘蛛くもの巣だらけなので、もう使われていないのだろう。縄から抜け出そうと、もぞもぞ動き回る。

 こういう時に運悪く野盗と鉢合わせたりするものなのだ。すると人が入ってきた。なんだよ、ついてないな!


 立ち上がってぴょこぴょこ飛びながら物陰に隠れようとすると、

「ヴェンツェル、無事か」

ヨハンの声だった。


 遅いじゃないか、そう言おうとしたが言葉を飲み込んだ。

 暗い教会内で、月明かりに浮かんだヨハンは血にまみれていた。冷たい棒を差し込まれたように、うなじが逆立つ。


「おまえ…」

「平気だ、傷は大したことない」

 つまり返り血を浴びてきたわけだ。ガロンと、他に何人いたのか。常にきれいな戦いをするヨハンが、どんなことをしてきたのか想像するのは怖かった。


 ヨハンは手足の縄を切ると、穏やかな瞳でヴェンツェルの記憶を読んだのだろう。

「うまくやったな」

 少し微笑んだ。その顔にこみ上げるものがあり、ヨハンの腕をむんずと掴んだ。


「こっちに来い」

 井戸を探して歩き回る。見つけると、腹に巻いているさらし布を外して水で濡らし、嫌がるヨハンの髪や顔を問答無用でぬぐった。


「服を脱げ」

「なんだよ、いいって」

「黙って言うことを聞け。私にもナワバリがあるんだ」

「なんだそれ」


 のしかかって無理矢理前を開けて脱がせていく。まるでこっちが野盗だ。

 肌に貼りついた血糊を強引に拭きあげ、傷の処置を施して、引き締まった背中を見せているヨハンにようやくヴェンツェルは口を開いた。


「黒ずくめは強かったか」

「強かった。また倒せなかった」

「…無理をさせたな」


 脱がせた衣服を肩まで上げて、そのままふわりと後ろから抱いた。

 まだ、服についた血の匂いが残っている。自分よりもよほど多くの人を殺害しているはずのヨハンだが、血に染まってほしくなかった。


 しょっちゅう負傷するヴェンツェルと違い、ヨハンは痛みに耐性がない。クヌード戦で負傷したまま、共に駆け回らせた挙句の黒ずくめである。

 自分はフェルディナントの為に走るのは苦にならないが、付き合わされる方まで同じとはいかないだろう。


「『私のために盾になって死ね』と言ったのはおまえの方だぞ?」

「そうは言ってないだろう!」

「平然とそんなこと言うのはおまえとアドルフくらいだ」

「あいつと一緒にするな」


「おまけに100万Wワム? ひどくないか」

「取れるところから取って何が悪い」

「…ック、ハハハハハッ!」


 吹き出したのはヨハンが先だ。それから二人で大笑いだった。腹が痛くて転げ回って、何がおかしいのかわからなくなるまで笑った。


 いつまでこうしていられるのかな。

 星空の下、寝転がりながら思う。


 ヴェンツェルが傭兵団長クロムとして名をあげ、ヨハンの言い値の給金を支払えるようになる。それが現実になった今、三年以上前に交わした契約に終わりの時が近づいている。


「随分かかっちまったな」


 ヴェンツェルが夢を叶えればヨハンは去る。そういう契約だ。そして次の戦場で別の傭兵団として剣を振るう。ずっとそうしてきたはずで、彼にとってはこれまでと何ら変わらない。

 けれどヴェンツェルには、ヨハンのいない傭兵団は初めてだ。


「途中で契約打ち切りにならなかったってことは、私はおまえに認められたと思っていいのか?」

「打たれ強さは認める」


「今まで私を置いて行こうと思わなかったのか?」

「何度も思った。おまえは俺に『出てけ!』って五回言ったよな」

「回数までは覚えてない」

「いや五回だ。間違いない」


「そうだったか。それは謝る。一時の感情で、本心から言ったんじゃない」

「いやあの時は本心だった」

「ばれてた?」


 すぐそばでヨハンのはしばみ色の瞳と目が合う。安心して戦えるのは、この目がいつも見ていてくれるからだと心底思う。

 

「勝つぞ。帝国にも、ヘルジェンにも。私についてこい」

 ヨハンは小さく頷いた。

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