14 お友達紹介キャンペーン実施中
本営へ帰還する間、ジゼルと
「ジゼル、私はあんたの身内を倒した。もうこれ以上はあんたと契約できない」
「ああ。分かってる」
編み込んだ黒髪は激しい戦闘にも乱れることなく、夕日に照らされたジゼルはきれいだった。吹っ切れたような、でもほんの少し哀愁をにじませて。すぐ後ろには夫のファビアンがいる。
「冷たいと思われるかもしれないが、こうなってもあたしは後悔してない。ブレア軍と契約しようと思ってる」
「本当か? それは嬉しい」
「アンタの大事な陛下のために戦うからさ、安心しなよ」
ぎくっとするが、力を抜いて認めることにする。
「…わかるか?」
「わかるよ、国王が現れた時のアンタの顔を見たらさ」
「私は顔に出やすいらしいんだ」
「わざわざつらくなる相手を好きにならなくても、ヨハンにしておけばいいのに」
「それはない!」
ジゼルは肩を揺らして笑った。
本営では温かい食事にありつけた。次の戦いまでしばしの休息時間、皆がくつろいでいる。
「みんな、疲れてるとこ悪いが仕事だ」
フィスト団は未だ安否不明だが、ヴェンツェル団四名はそれぞれに傷は負っているものの全員動ける。
「あいでやんす、営業でやんすね」
さすがセバスチャンだ。ヴェンツェルは頷いた。
五万を超えるヘルジェン本隊に対し、帝国・ブレア連合軍はわずか三万に、フェルディナントがかき集めた援軍とヴェンツェルら前線部隊の生存者がわずか五千。決戦を前に既にこの兵力差は埋めがたい。
「とにかく戦力が欲しい。クヌードが倒れた今がチャンスだ。クヌード団だけじゃなく、どんな小さい傭兵団でもいいから引き抜くんだ」
勝ったら成功報酬、負けたら解雇。それが傭兵の世界である。
戦に負けたのは間違いなくブレア軍の方だ。クレー川の放流攻撃に帝国軍は流され、クヌード団と
だが逆境の中で、弱小ブレア軍の『鋼鉄のヴェンツェル』が傭兵界最強の『雷帝クヌード』を破った。
そんなヴェンツェル団に声をかけられたらもう、鴨葱どころかガチョウを連れた鴨で、鴨フィレローストのフォアグラ添えだ。
「このヴェンツェル・バブルに乗らない手はないだろう! ヘルジェンの倍額払ってもいい。金で解決するならやってくれ」
「マジっスか
「どこから金出すんでやんすか!?」
「クヌードにやられて頭おかしくなったのか?」
総攻撃である。
「うるさいな! つ、ついでに友達紹介してくれたら今だけ契約金10%アップって、いぃ言いな!」
清水舞台感ははっきり言ってクヌード戦以上である。
翌朝から営業をかけた。ハイパフォーマンスは
「一体どこにそんな金があるんスかね? やっぱ嫁さんスか?」
「アテも無いのにお頭は金の話はしないでやんすよ」
口が重く営業に向かないヨハンは、ヴェンツェルと一緒に回っていた。
「おまえ、死にそうな顔してるぞ」
五日連続、ほとんど本営に戻らず出張っている。傷だらけの体は熱が下がらず、二回目のニアラガエの副作用でまともに食べられず眠れていない。
三十分だけ休ませてくれと、木陰で横になった。
「今やらなきゃならないんだよ」
「フェルディナントのためか。忘れるんじゃなかったのか」
「…努力はした」
黄色い蝶が舞う、うららかな昼時である。気持ちよく眠りにつきかけた時だった。
それは前触れなく、何もないところから現れる。いきなりスロットル全開で剣を抜いたヨハンと組み合っているのは、ヘルジェンの秘密部隊、黒ずくめのガロンだ。
ヴェンツェルも体を起こそうとするが、眠りから半分戻っていないので動きが鈍い。どこに潜んでいたのか、あっという間に四人に囲まれる。
「ヴェンツェル!!」
剣を抜こうとしたところを羽交い締めにされ、鼻と口を布で覆われる。刺激臭がして、体の感覚がなくなると、後はもう真っ暗だった。
…冷たい。最低な起こされ方だ。これは、頭に水をかけられている。息を吸うと鼻に入り、痛くて咳き込む。
「起こせ」
襟首を掴まれ、引き起こされて椅子にぶん投げられる。手足を縛られていて、したたか腰を打った。
前髪からぽたぽた水が垂れてきて目に入るが、ぐるりと薄暗い部屋を見回す。古い教会のようだった。ガロンはいない。両隣に従者らしき男が二人。それから正面の男を見る。
ガロンが出てきたからてっきりアドルフかと思っていたが、違った。
「…随分な扱いじゃないか。ミロンド公」
ミロンド公爵ナージェン。軍議で互いに顔は見知っているし、ジテ湿地では共に戦った。公爵を名乗るからには国王フェルディナントと従兄弟で、そしてマンフリート派の領袖である。
「お前を倒すのはなかなか難儀だからな。ヘルジェン王はお前を殺すなと妙なこだわりを持っているし。だからこうして正面から話をしたくて来てもらった」
「誘拐して縛りつけといて正面からねぇ」
戦力をかき集めていればこうなることは分かっていた、というか接触を狙っていたのはむしろヴェンツェルの方だ。
ただ、黒ずくめが出てくるのは予想外だったので、ここにいないヨハンが気がかりではある。
「招集に応じないで陛下を困らせてるみたいじゃないか」
ミロンド公の兵力は三万。フェルディナントの直談判にも応じない相手が、まさにこの男だった。
「あんた、王家の血筋だろう。ブレア国がなくなってもいいのかい?」
ミロンド公は鼻で笑う。
「今のフェルディナント体制のままなら、なくなった方がいいんじゃないか」
マンフリート派の主張は帝国支配からの完全脱却である。
「ヘルジェンと組めば帝国の支配から抜けられると、本気で考えているのか?」
「愚問だな。なぜマンフリート殿下はヘルジェンへ亡命されたと思う。邪魔をするな傭兵ごときが」
人を見下しきったミロンド公の口調。フェルディナントに対してもこうなのだと思うと、無性に腹が立つ。
「目障りなのだよ。だが金で動くのが傭兵の扱いやすいところだ。取引をしてやろう。いくらで手を引く?」
急進勢力のマンフリート派には、結束するだけの理想や理念がある。対してフェルディナント派にそれがない事は、ヴェンツェルも実感していた。
しかしアドルフはマンフリートを自らの翼の内に収めてはいれど、フェルディナントの即時廃位を狙っているとは思えないのだ。もしそうならガロンの力でとっくにやっているはずだし、山砦でははっきり「ブレアには内部崩壊してもらう」と言っていた。
王を取り換えるなら国民が納得する方法でなければならない。民の人気を総ナメにするアドルフのことだから、それが統治にどれだけ重要か承知しているはずだ。
ガロンの出現でミロンド公とヘルジェンが繋がっていることは疑いようも無くなったが、これはミロンド公の独断だろう。アドルフのやり方には沿わない。
私たち傭兵どもを撤退させようとするこいつの目的は———
「私が手を引いたらそれで片が付くとでも思っているのか?」
ヴェンツェルは頭を強く振って、水が垂れてくる前髪を後ろにやった。
「傭兵ってのは自己主張が強くてね、名を上げるために戦場を求めてる。私が手を引いても競争相手が一人消えてラッキーとばかりに、より苛烈に戦うさ」
「交渉よりも実力行使か。タチの悪い奴らだ」
「だからあんたがブレア軍を攻撃すれば、傭兵どもの餌食になるよ」
高慢な表情からみるみる変わるミロンド公の顔に、自分の予想が正しいのを確信する。
こいつはブレア軍を、フェルディナントを背後から襲うつもりだ。
ヴェンツェルは腹に力を込めた。
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