2 再再会

 陣営を訪ねてきた男に、ヴェンツェルは花が咲いたような笑顔だった。

「ねえ、あの人誰?」

「オレが知るかよ」


団長クロムに男のお客だよ? あんな嬉しそうな顔して、彼氏かな?」

「彼氏ぃ!? ないない! 団長クロムに限って絶対ない!」

「そんなの分かんないじゃん。離れていても互いに想い合う、心に決めた人かもしれないよ?」


「それを言うなら…」

 ヨハンさんじゃ、と言いかけて飲み込む。当の本人が現れたからだ。


 アンナとユリアンが陰からコソコソのぞいてるのを不思議そうに見て、ヨハンは物陰からではなく堂々と視認する。

「何者だ?」


 2m近い長身の男は、ヴェンツェルと何か言い合っては笑っている。

「イーヴって名乗ってたっス」


「イーヴ」

 ほんのわずかにヨハンの目が反応した。

「確か昔の仲間だ」


 やって来たのはイーヴと三名。全員年季の入った革鎧に腰に佩いた剣、間違いなく傭兵だ。そして腕にはクヌード団のトレードマークの黄色いスカーフを巻いている。


「そのとーり。五年前にヴェンツェルと同じ傭兵団から独立して六十人規模の傭兵団長クロムになった。けど経営破綻して、マリウス・クヌード団に拾われたんだって。今は五百人隊長だ」

 いつの間にか後ろにフィストがいた。


「じゃあ、一度離れ離れになった二人の運命的な再会?」

「いいかげん彼氏ネタから離れろよ」

「女のコだねー。案外イイ線いってるかもよ?」

 フィストまで乗っかって来た。


「それより、なんでクヌード団みたいなデカいとこの隊長が来たんスか? もしかしてオレたち売り飛ばされるん———」

「あんたバカ? 団長クロムがそんなことするわけないじゃない!」


 アンナのゲンコツなどどうでもよい。ユリアンがやばいと思ったのは、ヨハンが刺すような目でこちらを見ていたからだ。


「クヌード団は傭兵団長クロムクヌードを頂点に、幹部、千人隊長、五百人隊長と統率された指揮命令系統で動いている。幹部は生え抜きで精強だが、隊長クラスは割と頻繁に入れ替わって、必ずしも忠誠心が強いわけじゃない。ヴェンツェルはそこから崩して引き入れるつもりだろう」

 淡々とヨハンが説明する。


 引き入れるってことは、オレを売りたいわけじゃないんだな。


「戦績を上げれば昇格、負ければ降格の分かりやすい実力社会だ。年功序列関係なしで、見ている分には合理的な組織だったな」


「詳しいっスね、ヨハンさん」

「以前、クヌード団にいたことがある」

「マジっスか!? じゃ『雷帝クヌード』に会ったことあるんスか?」

「来たぞ」

「え?」


 ヨハンの視線の先から、笑顔のヴェンツェルが現れる。

「昔の仲間なんだ。アンナ、宴会にするからすぐ支度をしてくれ」

 はいっ! と元気に客人の方へ向かうアンナ。へぇーかわいいねぇという声が聞こえた。


「あれが再会したって言ってた元同僚か。キミの方の話はまとまりそうなの?」

「ああ、イーヴの五百人隊なら派遣できるそうだが、あとは金額だな。あんたの方はどうだ?」


 クヌード団の経営者マリウスは、傭兵団ごと買収することも少なくないという。フィストにも知り合いがいるらしく、交渉しているのだった。

「ボクの方も似たようなところだ。足元見やがってさ、随分高値を提示してきたよ」


 宴が始まってもユリアンの気分は濁ったままだった。なぜこんな気持ちになるのか、自分でも分からない。


「よう、お前さんがユリアンだな? 一番ヒヨッコか」

 すると突然、イーヴが隣にやってきた。瞼が厚く目尻が下がった、麦わら色の無精髭の男だ。


「そうっスけど」

「ヴェンツェルもな、俺たちんとこに来た時は一番歳下のヒヨッコだったんだ。戦のいの字も知らなくて、ケンカの延長だと思って来たらしい」


 イーヴはヴェンツェルよりも十歳ほど年長だという。いきなり現れて、ユリアンが知りようもない昔の話をされても反応に困るというのが、おっさんには想像できないのだろうか。


「あの頃はまだ線の細いガキで、定食屋じゃいつも一番安い飯食ってな」

「それは今もっスよ」


「ハハハッ! 貧乏癖は抜けねえもんだな。皆んなから貰ったモンで生活してたよ」

 ユリアンはイーヴを見ようとしなかったが、構わずイーヴは続けた。


「最後に会ったのはもう何年も前になるが、今でも思い出すのは初めて会った時の姿だ。家を勘当されてワム無しで来たってのに、絶望感とか悲壮感はこれっぽちも無くてな。俺にはきらきらして見えた。爪に火をともすような貧乏生活しながら、必ず傭兵団長クロムとして独立するって、最初から言ってたな」


「…へぇ」

 わざと気のない返事をした。ユリアンにとって重要なのは今のヴェンツェルであり、過去のヴェンツェルではない。


「あいつが変わってなくて安心した。いい仲間に巡り会えたんだろうな、昔よりきれいになった」

 なぜ、ヒヨッコの自分にこんな話をするのだろうか。


 テーブルの向こう側のヴェンツェルを見つめる横顔は茫洋ぼうようと夕陽を眺めているようで、ユリアンの胸はチクチクした。


「アドルフの前に突き出されても生還するんだから、とんでもねぇ奴だよ。そして今や傭兵団長クロムどころか軍司令官だもんな。あいつも忙しいだろ」

「そうっスね」


 10人の傭兵団がいきなり3500人の兵士になったのである。大元帥が選定した将校は皆経験豊かで人柄も良いが、慣れない仕事にヴェンツェルが腐心しているのは明らかだった。


 最近、団長クロムと話していない。

 練兵はこれまでになく厳しいものになっていた。ヴェンツェル自ら行うことも多い。


 しかし剣を合わせても、共に馬で駆けても、今までよりずっと遠くにいるような感じがするのだ。

「そりゃちょっと寂しいよな。俺もお前ぐらいの時ぁ、団長クロムに認められんのが全てだった」


 自分の知らないヴェンツェルの過去を知っているからといって、この男にそんなことを言われる筋合いはない。ユリアンは答えなかったが、イーヴは別段気にしていないようだった。


 その後、試合をしようとなり、イーヴの部下たちはヨハンを相手に指名した。

 ヴェンツェルが挑発的な笑みを浮かべている。


「いいのか、あいつは容赦しないぞ」

「言ってくれるな、あいつらは俺の団長クロム時代からの古参だ。特に真ん中のヘンドリクは一番古い仲間だが、悪運の強さは並じゃねえぞ」


 イーヴが言い返すと、すかさずヴェンツェルが言う。

「ヨハン、三対一でやれ」


 命じられた本人を含め、全員が眉を上げる。しかしヨハンがそうしたのは一瞬だけで、すぐに輪の中央へ向かっていった。


「私もあいつの本気を見たいんだよ」

「…イケメンを追い込むのが好きなところも変わらねえな」

「何か言ったか」

 目を細めたヴェンツェルに、イーヴはちょっと肩をすくめた。

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