7 伸るか反るか

 山砦への道は狭く険しい。傾斜がきつく、下から登る間は砦の主塔(天守のこと)は全く見えない。

 黒緑色の針葉樹に覆われた山道は一本のみで、早朝、物見に見つからぬよう用心しながら、ヴェンツェルとフィストはギリギリまで近づき、現場を確かめていた。


「さすがに城壁は堅牢だな。あれをぶち破るのは難儀だろう」

「そうだねぇ。思ったより切り立ってるし、登って侵入するのもきついかなぁ」

「つまり向こうは、まとまった動きが出来ない私たちを上から順番に撃ち落とせばいいってことだな」


 圧倒的に不利である。しかしフィストは柔軟に展開する。

「逆に敵さんは一か所に集まってるから、そこに集中打を浴びせられれば形成逆転だねぇ。例えば、あのバスティヨン(城壁上の砲台)から矢を撃ち込むとかね。搬入物資に紛れて侵入はできないの?」


「セバスチャンに調べさせたが、物資や食糧の補給も全て一本道ルートで、検閲は毎回バカ真面目に厳しくやるらしい」

「でも、どこの組織にも必ずズボラな奴がいるもんだぜ? そいつに金渡したらどうだい」

「悪くはないが、そいつ次第にさせるのはちょっとな」


 幕舎に戻ると、ヴェンツェル・フィスト団員が既に集まっており、それぞれが得た情報を集約し図にしていく。

 城壁を使うならこっち側の方が登りやすいとか、堀を埋められないかとか、城壁を破壊できないかとか、議論が交わされる。10名になると発想も様々だ。


「山砦の兵士は、バルノーブ守備隊と三か月交代らしいでやんす。今いる奴らは二か月目でやんすよ」

「指揮官のギュンターは四角四面の生真面目な男で、兵士に対しても規律遵守を強制している」


 フィスト団の情報収集役ベルントは、団長クロムならって聖職者に変装し、砦内に潜入したらしい。内部の簡単な見取り図まで作成してきた。セバスチャンは市井の酒場が得意分野だから、予め申し合わせて分担したそうだ。

 なんやかんやで団員同士うまくやっている。


「バスティヨンは、こことここの二箇所だな?」

 確認して、ヴェンツェルは切り出す。


賄賂ワイロを贈るよりも金がかからず確実な方法がある。女だ」

「どゆこと?」

 代表してフィスト。


「山に駐留して二ヶ月、そろそろ人肌恋しくなる頃だが、厳格な指揮官の手前自由にできないんだろう? だから女を使って兵士を集めたところを、バスティヨンから弓で一網打尽にする」


 その様を想像したのか、フィストはニタリと笑う。

「なるほど、いいなその案。のった」

 団長クロム二人がその気なら、団員一同進むのみである。


 それからヴェンツェルは一人、司令官エグモント伯爵の幕舎へ向かった。

「朝から何事かね」

「山砦への作戦を講じたんで、司令官殿のお耳に入れたく。女を使います」

「女ぁ?」


「ブレア軍に酷い目にあわされたと、娼婦達が助けを求めてなだれ込む。砦の奴らは駐留して二ヶ月、そろそろ人肌恋しくなる頃だ。しかし厳格な指揮官の元では女を買うこともなかなかできない。そこで五十人の女に囲まれたらどうです? 心踊ってしまうでしょう」


「馬鹿を言うな。娼婦どもに任せられるか」

「だから、私たちも潜入する。娼婦たちは目くらましだ」

 エグモントはヴェンツェルの顔、次に胸に視線を止めて、歪んだ表情でクッと笑う。


「お前じゃ娼婦になれんだろう」

「手ならいくらでもある」

「黙れ! この売女が!」

 一歩、二歩と近づいてくる。


「そうやって男につけ込みおって…! 傭兵風情が、忌々しいその体を使って殿下に近づいたか? 汚らわしい肉体で殿下をたぶらかし、一体何が目的だ」

 二人の距離が肘から先ほどになると、伸ばした右手で乳房をわし掴みにされる。ヴェンツェルは眉一つ動かさなかった。


「それは私ではなく、殿下への侮辱と受け取っていいか? 私が殿下の情婦なら、すぐにでも言いつけるがな」

 エグモントの手が離れる。次の瞬間それがヴェンツェルの顔面へ、馬に鞭を入れるように振り下ろされる。


「っう…ぅぐっ…!」

 しかし拳を押さえて呻くのはエグモントの方だった。


「私の名前、思い出してくれたか?」

 髪の毛一本すら乱すことなく、ヴェンツェルの目に力がこもる。


「なあ司令官殿、私はなにも、あんたの地位を奪おうってんじゃない。私があんたを勝たせればあんたの名声も上がるんだから、私をうまく使った方がいい。違うか?」

 それが分からぬ程この男もバカではないはず。できないのは、理屈ではないのだ。


「軍と傭兵は持ちつ持たれつ。狭い世界なんだ、力あるものの下について、誰を利用するか。それが全てじゃないか」

 問題は誰の下につくかだ。


「あんたは反フェルディナント派か?」

 ———反フェルディナント派の諸侯に謀反の兆しあり。


 王太子マンフリートは死んだとされているが、実は生きていて密かに諸侯と連絡を取り合い、反乱の機をうかがっているとの噂がずっと絶えないのである。

 もともとフェルディナントよりもマンフリートの方が人気が高く、国内での勢力も大きい。


 今回の遠征に出されたのは、積極的にはフェルディナントへ協力しようとしない中庸の諸侯ばかりであった。戦に勝つことで彼らの心を掴み取りたい。それが国境を越えたフェルディナントの真意だ。

 だから勝たねばならない。しかも最小限の犠牲で。それが今回のフェルディナントとの契約だからだ。


 そしてフェルディナントは、日和見ひよりみのエグモントを司令官に抜擢した。

「どっちにもいい顔したいのはわかるが、それじゃ双方から捨て駒にされるだけだ。そうだろう?」


 ようやく拳の痛みから立ち直った司令官に、ヴェンツェルは一歩踏み出す。至近距離でされて下がったのは、エグモントの方だった。


「フェルディナント殿下の為に血を流す覚悟はあるか。あるなら私を使えばいい。無いなら、背中に気をつける事だ」

 脅しではない。その証拠にエグモントの喉がゴキュと鳴る。


るかるか、今ここで決めな」

 沈黙は十秒ほどだったろうか。しかしヴェンツェルには縛られたように長く感じた。


「…フェルディナント殿下にこの身を捧げる。十分後に軍議だ」

「二言はないな?」

「私は古き騎士の血を引く! 家名に泥を塗ることはせぬ!」


「その心、殿下に伝えましょう」

 ヴェンツェルはひらりと幕舎を後にした。


 さっき「司令官殿の地位を奪うつもりはない」と言った。

 それはもちろん、踏み越えて更に上に行くという意味だ。

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