6 小手調べ

 一面枯草に覆われた平原。まだ春とは言えぬ気候だが、冷たさすら心地良く感じる。久々の戦場である。


 王都から再びトロイデンへ、それから東に国境を越え、狙うはバルノーブという、以前はブレア国だった都市だ。ヘルジェンに奪われてからは港湾都市テロールへの街道が整備され、豊かな街に成長している。


 バルノーブまではいくつもの砦が築かれ、間には山もあり平坦な道のりではない。

「あっしらのお頭が中隊長でやんすからね」


 ヴェンツェルの融資と発案が上層部に受け入れられ、進軍するブレア正規軍の中隊長に着任したのだ。破格の出世はひとえに間違いなく巨額の金の力だが、肝心の免状ウェイスはというと、未だ準備中の返答である。


 軍人たちの視線は、あいつ何? 傭兵? しかも中隊長? いきなり何様のつもり。と、ことごとく冷たいものであり、実力も無いのに金の力で殿下に取り入った成金と評判だ。


 おかげで軍議に呼んでもらえなかったり、靴を隠されたり、女と気付かれてからは幕舎に侵入されたり覗かれたり(すべて撃退)と、子供っぽい嫌がらせを毎日受けている。


 それでもブレア軍将校の青緑色のマントを肩に、胸下だけの変わった防具で騎乗するヴェンツェルは、ユリアンには気恥ずかしいくらい堂々と輝いて見えた。

「さあ、小手調べといこうじゃないか」

 軍勢の規模はさほど大きくない。ブレア軍2千、ヘルジェン軍2千だ。


傭兵団長クロムヴェンツェル、指揮官より召集です」

「なんだ、もう始まるって時に。会談か?」

「その通り、ヘルジェン軍より会談の申し入れがあった模様」


 頷く団長クロムにユリアンが問う。

「今更会談っスか?」

「戦のルールを決めるんだ。毎回毎回どっちかが壊滅させられるまでやってたんじゃ、お互いもたないだろう」


「なんか…試合みたいっスね。戦ってそういうもんなんスか」

 人と人の勝負だからな。そう言ってヴェンツェルは伝令に続いて馬を走らせた。


 冷たい風が吹き抜ける戦場の中央に双方の指揮官と、将校が集う。ヴェンツェル達の目の前にはそびえ立つ第一の砦、その上下にズラッと並び、今にも撃ってきそうなヘルジェン軍団だ。


 相手は若い司令官だった。あちらさんも小手調べなのだろう。

 司令官同士が何かを喋っているが、最も遠い位置のヴェンツェルにはよく聞こえない。風の音に耳を塞がれる。


 その時だった。妙な感じがして背後を振り返る。しかし誰もいないし何もない。

 首を戻して、目を疑った。相手司令官のこめかみに、矢が貫通しているのだ。


 その場にいる全員の思考が一旦停止して、再開したのは司令官の体がばらりと崩れてからだった。


 ———死神の矢だ。

 瞬時にヴェンツェルは悟る。一体どこから?


 見通しの良すぎる平原には隠れ蓑になるような場所はない。つまり通常では考えられない遠距離から狙い撃ったのだ。正確に、絶対に外さない確固たる自信で。


 怒りに燃えるヘルジェン軍は総員突撃の勢いだ。銃撃をかいくぐり、馬に鞭を入れ全力疾走で自軍へ戻るヴェンツェルたち。

 あんたの実力はわかったっつうの! とんでもない小手調べをしてくれたもんだ。


 かくして、いきなり司令官を失ったヘルジェン軍の足並み揃わない攻撃に対し、銃撃しながらの前進攻撃のブレア軍は圧勝となった。


「フィストッ!! あんたよくも!」

 戦いの後、姿を見つけるなりヴェンツェルは胸ぐらを掴んで、顔を殴りつけた。


「痛っつーー! これが噂の鉄骨ゲンコツね」

 スタンドプレーが過ぎるのではないのかねと、司令官エグモントにたっぷり絞られたのは中隊長ヴェンツェルなので、ぶん殴るのは当然の権利だと思う。


「確実に勝つには最初に頭をやれって、昔から言うじゃない。それに、キミだってあの前進戦法試してみたかっただろ?」

「責任転嫁するな! …ったく、どこから狙った」

「指示された配備位置からだよ。一歩も動いてないさ」


 血色が悪い頬をさすりながら、顎を左右に動かして平然と言われ、もう一発殴る気が失せる。その距離、人間の視力を遥かに超えている。


「あんたも常人には見えない異界テングスが見えるってクチかい?」

「まさか。遠くがよく見えるだけだよ。逆に近くの文字なんかは読みづらくてね。それでも頑張って勉強したんだ」


「どんな弓を使った?」

「普通よりちょっと大きいかな。何種類か使い分けてるんだけど」


 するとフィスト団の一人、ベルントが革袋から弓を取り出して見せにきた。木の材質から削り方、弦の素材まで、全てがヴェンツェルの知るものとは一線を画している。恐らく矢の方にも工夫が凝らしてあるのだろう。


「あんな絶好の風を逃すわけにはいかなくてね」

 遠くがよく見えることと、ありえない遠距離で正確に的を撃ち抜く技術は全く別物である。加えて風を読む目、そして一発で決める鉄壁のメンタル。

 底光りする彼の黒い瞳に、ヴェンツェルはもう何も言い返せなかった。


 二つ目の砦は、正面からの正攻法となった。一戦目で未使用に終わった大砲を駆使して、破壊からの突撃である。大きな犠牲を出す事なく、順調な進軍であった。


 そして次は待ち受ける難所、山砦である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る