第一章 出港まで

本編 廊下と想い出


 

  総司令部の廊下を歩くのも三年振りだと、キャプテン・ジャックは思った。総司令官室へと向かうこの廊下を、本当にいろんな気持で通った。ある時は押しつぶされそうになるほどの任務を背負い、ある時は公式の表彰、また毎年行われているヴェルガ達(宇宙犬)との会議とも座談会ともつかぬ集まりなど、サマーウインド総司令が着任して以来、訪れぬ月などなかった。


しかし、あの時は彼のヴェルガがいた。

人間が地球時代に品種改良して作った「犬」が、まさか微弱な電気をおこし、宇宙船の故障個所を一時的に回復させる。地球以外の星に住むようになって発生した様々な疾患を研究し治癒させ、またワクチンの生成まで行えるようになるとは、きっと誰も予想だにしなかったであろう。

ジャックのヴェルガはその総称(犬が乗った船は落ちない、というジンクスを初めて科学的に調べたのがマルコ=ヴェルガという人物だったので、功績を称えヴェルガという。宇宙犬と呼ぶ人と半半である。しかし遺伝子レベルで調べても犬との違いはほとんどない)で呼ばれ、まさにその名に恥じぬ

「今までで最も優れた奇跡のヴェルガ」といわれるようになった。なぜならそれまで不可能とされてきた、電気と医学双方の最高レベルの能力を持ちあわせていたからである。子供の時は、わずかだがどちらの能力も持っている。しかし大きくなるにつれ、電気か医学かを選ばざるを得ない。なぜなら体に大量の電気を流せば、どうしても細胞は傷つく。ゆえに高度な技を持てば持つほど、どちらかを犠牲にしなければならない。しかし、ジャックのヴェルガは大人になってもその力を両方有していた。回路の修復、抗体の生成の早さ、莫大な電気の発生と遺伝子レベルの修復。それまで専門にやってきたヴェルガ達が舌をまくほどであり、また走力、聴力にも特に優れたものがあった。(眼は犬同様良くないが、色は見分けられる)

  

「助けられてばかりだね」

キャプテン・ジャックはよくそうヴェルガに言った。すると

「手と足がきちんと別れたら、あなたにぜひ船の操縦をおしえてもらいたいものだ」とヴェルガは答えた。二人は笑った。そう、ヴェルガ達は話せるようにもなっていたのだ、彼らは言語を完全に手にいれていた。

 

ジャックのヴェルガにとって、周りからの称賛は、やっとパートナーであるキャプテンジャックに追いついたという意味でしかなかった。キャプテンジャックに会い彼のヴェルガとなったとき、それこそ宇宙で最も優秀なパイロットのヴェルガなのだから、という視線を重く感じざるを得なかった。ヴェルガは自分の能力を伸ばすことに必死になり、もがき、

「あなたのヴェルガにはふさわしくないかも」とぽつりと漏らしたことがあった。そんなとき

「私だってそんなに天才的ではないよ、ただ良いことでできそうなことはしているだけさ、たとえ人の技術を盗みながらでもね」と答えた。その言葉を聞いてヴェルガはいったん自分の心と体を落ち着かせることができ、ほどなくしてヴェルガの全能力は開花した。

何年前の出来事であったろうか、ジャックは思い出していた。  




「ジャック、なぜ特殊空間航路を独力で行ったのだ?」


「たまには君の力を借りずに航行しないと、腕が落ちてしまう、ヴェルガ

 せっかくの3Sなのに」

  

「まあ、そう言う気持ちもわからないでもないが、そろそろ誕生日だろう? 私に

 任せてゆっくりしたらいいのに」

  

「ありがとう、やさしいプレゼントだね」

  

「人間の欲しがるものはわからないからな」

ジャックはレーダーを見た。

 

「あ! 所属不明船だ、ヴェルガ! 」

 

「遠いな、反ヴェルガ組織だろうが・・・」

 

「ヴェルガ、伏せて、ベルトをして」

  

「追いかけるつもりか、無理だ」

 

 船はものすごい加速で進んだ。反ヴェルガ組織とは子ヴェルガを誘拐し、それを密

 売する組織で、オーロラ鋼の盗掘もする。


「すごい・・・・・何だこの速さは!ジャック、船を改造したのか、私に黙って」

  

「驚かせたくてね、宇宙警察からの要請だよ。古い船にも取り付けられるようなシステムだ」

  

「それで、回路の反応が少し遅かったのか」

  

「気が付いていたんだ」

 

「つまり、あとで私に試させるために力を温存させたな」

  

「プレゼントしてくれないか? 実践になったが」


「わかった・・・だが、やはり他の部分の機械が衝撃に耐えられないようだな、だが、今機械をいじくるわけにはいかんな、これが終わってからだ」


「わかったよ、もう追いつくぞ! 」前方に古い薄汚れた船が見えた。

  


「まずい、センサーに子ヴェルガの反応が出ている、攻撃もできないぞ、ジャック」

  

「エンジンを撃ってもか、ヴェルガ?」


「ショックを起こすことがあるらしい、特に小さいものは、撃ってきたぞ! 」

小さな追尾ミサイルが飛んできた。


「ミサイルの回路に入って、相手に打ち返すことなど簡単なのだが・・・・」


「仕方がない、あの小さな小惑星に落とせるか?」


「わかった、そうしよう」ミサイルは進路を緩やかに変え、次々に小惑星に落ちて行った。


「磁気砲は使えないらしいな・・・最近反ヴェルガ組織の船は磁気砲のメインテナンスまで手が回らないんだ、よし」


船はミサイルの隙間をぬって敵船の斜めすぐ後ろにぴったり付いて全くおなじ速度で航行した。


「少し縦になるぞ、そうすれば完全に死角に入る」

ヴェルガは横向きになったジャックのパイロット椅子の足の部分にピョンと乗った。


「よし、入れる」


ヴェルガは深く考えごとをしているような様子で黙った。

すると反ヴェルガ組織の船は緩やかに速度を落とし、それに合わせて、ジャックも減速した。そして二隻は完全に止まった。


「ふう・・」大きく息を吐いたヴェルガに


「ありがとうヴェルガ、大丈夫かい?最近反ヴェルガ組織の船はヴェルガ   

 対策で回路にかなりブロックをしていると聞いたが」


「回路のブロックはしていた、だが人間はしていなかった」


「どういうことだ?」


「要はテレビをつけっぱなしにしていたんだ、逆に電波に乗ってテレビに入り、その近くにある回路に入ればそれまでだ。ブロックはあくまで直接的に船の航行システムに入るのを防ぐだけで、間接的なものを防ぐわけではない。一度さかのぼって電気の供給システムに入れば・・・簡単だ」


「おみごと、ヴェルガ」


宇宙警察はすぐにやってきて、子ヴェルガを救出したが、すぐ通信が入ってきた。


「キャプテンジャック、ヴェルガ、子ヴェルガが妙な感染症にかかってるんです、ひどい状態で、こちらの薬ではダメです」ジャックとヴェルガは子ヴェルガの元に向かった。生まれたての様な小さなヴェルガが、小さな息をして横たわっていた。


「船をちゃんと洗浄せずに乗せたな、オーロラ鋼を盗掘した時に何かの菌が入ったんだろう。無菌室はあるか?抗体を生成しよう」


「ヴェルガ、さっき力を使ったばかりじゃないか」


「そう大きな力ではない、やらなければ死んでしまう、少しこの子を冬眠状態にしてくれ、気をつけてやってくれ」


「わかりました、ドクターヴェルガに言われて無菌室を作ったばかりです」


「フッ、やれと言わんばかりだな、ジャック、それじゃあ」


「ヴェルガ・・・」


2日かかって抗体はできた。未知の感染症と闘って、疲れて横たわっているヴェルガをジャックがなでると


「ジャック、誕生日おめでとう・・・・・」


「ありがとう・・・・ヴェルガ・・・・・」


子ヴェルガは回復し、親の元に帰った。この抗体は現在でもこの感染症に最も有効なものとして、人間にも使われている。


しかしもうそのヴェルガはいない。出会って12年でこの世を去ってしまった。キャプテンジャックは立ち止まり、いったん悲しい思い出を振り払おうと思った。

  

「いけない、私は他のパイロットの命も預かることになるんだ、宇宙に中途半端な気持ちで出たら死んでしまう」

  

首や肩をほぐし、ちょっとスチレッチでもしながら歩き始めると、廊下ですれ違う人達はクスリと笑いながらキャプテンジャックに挨拶をしすれ違っていった。 

  

「よかった、元気そうで」皆そう思いながら。

  

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