第2話オーロラ鉱について


 第35次太陽系再調査隊は、その驚くべき発見とは全く逆の、あまりにも辛い経験をしなければならなかった。人類が地球を離れて1万年以上、度々調査は行われていたが、地球の噴火造山活動などにより、ここ数百年は中止されていた。

ひさびさの里帰りで隊員たちの心は、まるで遠足を待つ小学生といったところだった。だが太陽系に入り地球の姿を見るなり一変した。誰も何も言わなかった、母なる大地に足を踏み入れても。

 

もはや青くはなかった。


確かに考えれば容易に想像できたことだった。他の星を移住できる状態にするため、地球の水や土が、呼び水のようにどうしても必要だったのだ。ただ星の数は限りなく、勿論すべての星が住めるものになるわけでもなかった。

 

 赤茶けた、まるで火星のような大地に、彼らは宇宙服のまま降り立った。白い貝殻がたくさんあり、そこが明らかに昔は海だったことを示していた。誰かが故意に踏んだわけではないが、パキという音をたてたあと、貝は粉々、というより粉になった。


「我々は何だったのか、母なる大地から全てをもぎ取った

簒奪者ではなかったのか。」


どんな科学技術を使おうとも、もう過去のデータとなっている地球に勝る星はなかった。本当にそんなに厚い大気層を持ち、人が広範囲に住めた星などあるわけがない、と本気で言う学者もいるぐらいなのだ。

しかしこの惨状を目の当たりにして、その説を正当化する者など、一人としていなかった。彼らは赤道直下、あと指定された幾つかの地点での調査を終えたあと、両極へと向かった。

  

「オーロラ?」


一人の隊員がそうつぶやいた。低空飛行している調査船から白く山の様に見えるものがあった。しかも薄いピンクやブルー、濃い紫など、近づくほどに、色はさまざまに変化している。


「オーロラは確か上空の大気層に見えるものだろう?あれはどう見ても・・確かにオーロラかオパールの輝きだが・・」


皆の頭には記録映像でみた、空を覆うオーロラが浮かんでいた。圧倒的な大きさ、不意に移り変わる色、色。もしかしたら、見ることができるかもと出発前に話したものだった。

 しかしここにあるものは、かってあったはずの氷山のようにそびえ立っていた。 隊員の一人が採取用の鑿を軽く打ちつけると、薄い空気と防護服を伝わり、澄み切った、しかしどこか温かみのある音が皆の耳に届いた。(オーロラ鋼99パーセントの楽器が作られ博物館に飾られているのはこの事を記念してである。純度の高さから何度も溶かして再利用をという声が上がったが)

  その響きが終わる前、何か感じたのかその隊員は力一杯のみを打ちつけた。


「おい、何を! 」

その短い言葉の後、隊員達は我目を疑った。傷一つ付いてないのである。


「バカな白鳥鋼で! 」白鳥座のある星からとれる鉄、地球の鉄とは比べ物にならないほど強く、真空の宇宙で精錬されたものの約2倍の強度をもつ。


「地球の鉱物でこんなに硬いものがあるわけない! 」


「お前地球に来るからって、地球に近い鉄で作ったものを持ってきたんだろう」

ここに来て初めての冗談も飛び出たが、誰もがこの事実を受け入れられず、異様なばたばたとした動きでこの鉱物を採取し始めた。


「ドリルだ、ドリル」

「普通のダイアモンドじゃだめだ、みずがめ座のヘッドに取り換えよう」

「おいおいそりゃ、金がかかるぞ」

「どうせ本部持ちよ」

「電源きれてるのか、ドリル動かんぞ」 

 

 1時間以上そんなことを続けたが、ひとかけらもその山か     

ら取れないどころか、傷ひとつあれからつかない。皆息が切れかかっていた時、しばらく姿のみえなかった一人の隊員が帰って来て、無言で手のひらを開いてみせた。そこにはひとかけらのオーロラのように光るその鉱物があった。


「どっかに落ちていないかと思って」

それを見るなり皆大笑いし始めた。         

久々に地球も人間の笑い声を聞いただろう。

「でも破片ですから少し強度が弱いかもしれません」皆の苦労をねぎらうようにその隊員は言った。

「そうだな、まずその破片を分析してみようか」隊長の一声で、休憩を兼ねて分析器の結果を待った。

 詳しい結果が出たとき、また誰も声をあげず、まるで、それが隊長の役目であるかのように彼が穏やかに口火をきった。


「完全な合金だよ、自然が作った・・・・硬度はみずがめ座ダイヤの2.5倍、耐熱温度一万度、放射線の遮断率95%」こうつぶやき彼はしばらく沈黙したのちさっきの冷静さとは全く逆の口調でこう言った。


「宇宙が変わるぞ! おれたちはとんでもないものを発見したんだ! 」


 船中大騒ぎになったが、しかし彼らはすぐに次の作業にとりかかった。隊員全員でかけらを捜し、その大きなものをドリルの先につけ、なんとか大きな山から破片をとりだすことに成功した。そして反対側の極へと向かった。


「地球の両極は似たような性質があった。もしかしたら・・」

その予想通りオーロラの山があった。

 

このオーロラ鋼の発見は全宇宙を一つの感情包み込んだ。

忘れかけていた母なる地球への感謝、である。この鉱物の限りない可能性と恩恵は、宇宙を行き来する人類にはすぐさま理解できることで、再調査隊はヒーローのように扱われた。だが、彼らは誰も口を揃えてこう言った。


「自分の命の尽きるまで、きっと地球は我々を忘れない」 

 

 彼らの発見は何度も映像化されたが、最初の発見がどちらの極だったかは定かではない。司令部が隠したのか、あまりの発見に記録がその点だけ飛んでいるのか。

現在でも謎で、論争は尽きない。

 ただオーロラ鋼はいまだに全ての成分が解析できず、見た目も成分もそうなのに、数年経つと効力が半減するものもある。

そして現在に至るまで、まことしやかにこう言われている。


「意思を持つ鉱物」と。

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