第2話 8月某日土曜日朝の話(2)

 備え付けの靴箱にいくつも並んだ長靴から自分の物を取り、スニーカーから履き替えると消毒槽に両足を突っ込む。一歩中に入れば、長い通路の両側からおびただしい生き物の熱を感じた。


 入り口付近はウズラや鶏のエリア、そこを過ぎると豚のエリア。どちらも感染症予防の点からガラス扉で遮断されていて、関係者以外中に入ることは出来ない。実験室と物置を兼ねた部屋を二つ挟み、その先にあるのが私たちの在籍する管理学教室のエリアになる。


 いつもより少し早い時間とはいえ、長靴の音を聞き付けたらしい動物たちが餌を待ちわびるようにこちらに目を向けている。


 左側に牛が6頭、右側に山羊が3頭。

 早く餌をくれと言わんばかりに首を伸ばすそれらを無視して中央のテーブルにある日誌を開き前日の状態を確認すると、一頭一頭チェックして回る。


 餌の残り、糞の形、牛や山羊の様子、等々


 ゼミに入った当初は訳も分からないまま言われた事を日誌に記入するだけだったものの、それなりに分かるようになってはきている、と思う。


 全てが異常なしであったことにとりあえず安心して日誌を元の場所に置くと、ふらふらと歩き回っていた先輩が足を止めた。


「チェック終わった?」

「はい」

「んじゃ、始めますか。

 知代ちゃんは牛から? 山羊から?」

「牛からです」

「ほーい」


 指示したつもりでもないのに、率先して動いた先輩が一輪車とスコップを持ってくる。


「先輩! 私がしますから餌の準備をお願いします」


 当番の仕事で一番大変なのがボロ出し、つまり糞の掃除だ。6頭しかいないとはいえ、やつらは信じられないくらい糞を出す。それこそ朝夕掃除をしても驚くくらい追い付かないのだ。夏場ともなれば臭いもキツいし、スコップを動かすだけでも汗をかく。そんな誰しもがやりたがらない仕事を当番でもない先輩に任せるわけにはいかない。だけど、先輩は私の言葉に何故か不満顔を見せた。


「えー、別に良いじゃん。二人ですればボロ出しも半分で済むでしょう」

「それは、そうですけど……」

「私がこの子たちをやるから知代ちゃんは奥から3頭をお願いね」

「……ありがとうございます」


 手前の3頭は人慣れしているというか、掃除中にやたらと人間を突いて回る牛たちだ。牛にとっては軽いじゃれ合いかもしれないが、人間にとっては油断すると柵に身体をぶつけたり、酷いときには転んだりと怪我の危険もあるので柵の中に入るときは内心いつも緊張する。話した訳でもないのに気づかれていたのだろうかと思いつつ、スコップを一輪車に乗せて奥の牛房のボロ出しに向かった。

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