7 White X'mas Date(Part1)
約束の時間より早く
「おはよう」
颯が由香に気づき声を掛ける。まだ眠り足りない由香の背は、その声に思わずシャッキとなった。
「おはよう」
「今朝は、随分寒いね。すっかり雪も積もって、滑ってこけないように気をつけないと」
「そ、そうですね」
履きなれないブーツに足を取られ、由香はすでに
アナウンスが特急電車の通過を知らせた。線路の向こうからマルーン色の車体が迫って来ているのが見えた。白い雪に反射した陽の光が、銀縁の窓枠に照りかえる。煌めきに似た光が、由香の視界を一瞬奪ってしまう。轟々とした音を響かせて電車が通り過ぎていった。
今日は、約束していた颯と神戸まで出向く日だ。夕食を向こうで食べたあと、由香は思いの丈を伝えるつもりでいた。
「普通電車は、次だね」
電光掲示板の文字が、『通過』から『普通 神戸三宮』の表示に変わった。
颯は首に巻かれた黒いマフラーをキュッと締め直す。その手の動きが、少しだけセクシーで由香の視線を奪われた。その視線に気づいたのか、颯は気恥ずかしそう頬をかいた。
「僕になにかついてる?」
「いえ、ただ颯くんって黒っぽい服装が多いなぁ、って思って」
「そうだね。あまり騒がしい服は好きじゃないんだ。多分、発表会やコンクールで落ち着いた服装ばかり、着ていたからかも知れないね」
由香は、自身の服装を見下ろす。派手なワケではないが、色味のある格好をしている。大人っぽい雰囲気はあるが、決して落ち着いた雰囲気なワケではなかった。
由香の気負いした様子を察した颯がニッコリと微笑んだ。
「大丈夫。由香ちゃんの服かわいいよ。落ち着いてて大人っぽい」
コートの袖をギュッと掴む。嬉しさを味わうかのように、舌の上でその甘い言葉を転がした。
「ありがとう」
やがて、鈍行列車がホームに着いた。待合室から電車までの、ほんの数メートルが驚くほど寒かった。
西宮北口駅で特急へと乗り換える。休日の九時前だと言うのに、電車の中はすし詰め状態だった。目的地の三宮まで、会話は短い言葉を交わす程度でほとんどなかった。それでもどこか心地よいと感じてしまうのは、彼に心を許しているからだろうか。そばにいる彼の体温を感じながら、由香は静かに電車に揺られていた。
十時過ぎには元町に着いた。彼といたせいか、満員電車でも全然疲れやしなかった。
「お昼には少し早いね。
「いいですね」
整備された綺麗な街並を二人で並び歩く。人通りの多い駅前のビル街は、店の飾りが色とりどりに光り、クリスマスムードを街全体で作りだしていた。
行き交う人たちには、カップルに見られているのだろうか。そんなことを考えるとなんとなく気恥ずかしさを覚える。それでも由香は、バレないように一歩だけ彼のそばに寄ってみせた。
かわいらしいトナカイの装飾やサンタの話題で盛り上がる。他愛もない景色がとても鮮やかで鮮明に美しく思えた。やがて、急勾配に差し掛かる。その坂の途中から、洋風な建物が立ち並びはじめた。欧州の街にやって来た気分にさせてくれる街並に、由香は思わず声が漏れた。
「やっぱり綺麗ですね」
「そうだね。あんまり来る機会ないもんね」
神戸
「そうですよね。私も来るの久々です。中学生の時、遠足で来て以来かな?」
「僕もそれくらいかも知れない」
大きな広場に出ると、大道芸人が人を集めていた。剣を口の中に入れるという派手な芸を披露すると、観客はわっと湧いた。輪になって眺めていた子どもたちが嬉しそうにはしゃぐ。手に持ったいろんな形の風船は、大道芸人が客集めに使ったものかも知れない。
「由香ちゃんも風船貰ってくる?」
「いいですよ、私は」
汐織だったら、わーいとでも言って貰いに行くだろうか。そういう行動は、女の子らしくてモテるんだろうな、と思いつつ、さすがに汐織のように貰いに行く勇気は出なかった。
それから、いくつかの洋館を巡った。当時のままを保った室内には、レトロなものがいくつも並んでいて、まるでタイムマシンに乗って美術館めぐりをしている気分になった。
中学校の遠足で来た時より楽しいと思えるのは、自分が大人になってそれら美術品の価値が少しは分かるようになったからなのか。それとも、と隣の颯を由香は見つめる。
視線の先の颯は、シャーロック・ホームズの部屋を再現した展示に夢中になっていた。
「ほらベイカー街221Bが忠実に再現されてるよ」
少し、興奮気味の颯を見て、由香は思いの外、可笑しくて仕方なかった。
クスクス、と笑う由香に、珍しく颯が目を細める。
「なにかおかしい?」
「いえ、颯くんも子どもっぽいところあるんだなぁ、と思って」
「そりゃ、まだ高校生だからね」
随分と大人びた口調で、彼は言う。由香を見つめるその双眸は、あまり無垢な少年のものだった。
「次はここに行こうか」
いつのまにか手にしていたパンフレットを由香に差し出しながら、颯は指で場所を指し示した。
「いいですよ」
口端を緩めながら、由香はふいに窓から差し込む陽射しに目をやった。
温もりの溢れた陽射しが、室内に和やかな空気を運んでいた。木製の窓枠が雪に反射した光を柔らかく吸い込む。漏れた光の筋の中を漂う埃が、キラキラと宝石のように輝いていた。
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