6 ファッションショー
珍しく降り続いた雪は、一夜のうちに街を白く染め上げた。氷点下まで下がった気温のせいで、部屋の窓には霜が降りていた。
由香は、凍える手を擦りながら、身支度を整えていた。姿鏡の前で服をとっかえひっかえして、まさにひとりファッションショーといった具合だ。
「あんた、何その格好?」
廊下の方から声が掛かった。声のする方に首だけを向けると、姉があくびをしながら由香の部屋を覗いていた。
「なに?」
手に持った淡い色のセーターがだらんと床にしなる。眠そうな姉を横目に、由香はため息をついた。
「デートなんでしょ?」
「デートなんかじゃ……まぁデートかも知れないけど。てか、勝手に覗かないでよ」
履きなれないマキシスカートに合う服を選ぶため、床にはいくつものトップスが散らかっていた。
「それなら、ちゃんとドア閉めてやんなさいよ。あぁー、もっと可愛い格好しないと。ほら、見せてみて。んーもう、子どもぽっいやつしかないじゃん。ほら、私の服貸してあげるから」
「お姉ちゃんの服?」
「そうよ? 私はあんたのより、何倍もお洒落さんだから」
まぁ確かに。姉のファッションセンスは、由香よりも数段優れている。由香は少し不服そうにしながら、姉の部屋についていき、差し出されるまま服を着替えた。
「ほら、そのくせっ毛の髪も巻いた方が可愛いよ」
「ちょっと、勝手にドライヤーかけないでよ」
姉が器用にドライヤーを操る。由香の肩くらいまで伸びたクセのある髪が、くるりといい具合に軽くカールした。
「ほらほら、騒がない。お母さん達、起こしちゃうよ」
まだ日曜日の8時前とあって、両親はふたりともぐっすりと眠りについていた。電気の消えた廊下の方に視線をやると、わずかに開いた扉から細い光の筋が伸びていた。
白いドレッサーに並んだブランド物の化粧品を、ドラーヤーのコードが弾く。ガラス同士を擦った小さな音は、ドライヤーの音にかき消された。
「ほら、完成。こっちの方が可愛いじゃん」
思ったよりも自然に仕上がった髪と、姉の洋服のお陰か、鏡に映った自分はほんの少し大人っぽくみえた。
「……ありがとう」
反転した姉に、由香はぶっきらぼうに礼を言った。それに答えるように、姉は満足気に由香の背中を軽く叩く。
「頑張ってきなよー」
「もー。偉そうにして、お姉ちゃん彼氏いるの?」
「いるよ」
「いるの?!」
あまり、姉の色恋沙汰を知らない由香は驚く。そういうことを表に出さないタイプの彼女にかまをかけてみたものの、まさか本当にいるとは思わなかった。
「こら騒がない。お父さんには内緒だよ。きっと、グジグジ言うだろうから。由香もバレないようにしなよ」
どうやら、母だけは知っているようだ。姉は、唇に人差し指を当て、目配せをしてみせる。
「でも、ちょこちょこ匂わせていかないとダメじゃない? もしもの時、いきなりだったら、お父さんあたふたしちゃいそうだよ」
いつかは、訪れる日のことを想像すると、由香は寂しさが募るとともに、少し頬が緩んだ。姉が男性を家に招くなんてことになると、父は落ち着きをなくすことだろう。
「無理無理、お父さん、絶対気づかないよ。それに少しは、あたふたしてくれないと。そういうところが可愛いんだから」
そういうものだろうか、と由香は首をかしげる。姉のイタズラな微笑みが、ほんの少しだけ寂しそうだった。その時を、そう遠くない現実に感じているからなのかも知れない。
そんなことを考えると、無性に寂しく、それでもどこか温かな感情が胸の中に広がった。
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