第089話 少年は青年に

 それから急速に風景が流れてゆく。


 ニールは父と共に狩りに出て、セイナは神官を目指して勉強をしていた。


 そんな平和な日々を僕はぼんやりと眺めている。






 成長しているニールが見えた。


 今度はセイナの視点だった。




 ……僕の知っている彼に大分近い。月日が経っているのがわかる。




 ニールと共にセイナは遺灰を河に流している。


 セイナの感情はまた、悲しみに満ちていた。




「全く、バカなオヤジだよ……アレだけ俺が一人前なるまで引退しないとか言っときながら」




「そんな事言わないで下さい。お父さんが守らなければ、今頃もっと被害が出ていましたよ……」




「ああ、その通りだ。彼が魔物を引き留めてくれたおかげで、我々治安部隊が間に合ったんだ」




 後ろからの声はフリッツだった。


 フリッツの横には同じような身形をした騎士が十数名いた。


 カヨとの朝練には治安部隊の他のメンバーも参加することがある。その中で見た顔もあった。




 中央にはシュゲムにその娘のフィーナとキスティーがいる。


 キスティーはフィーナの姉でギルド横の食堂でウェイトレスとして働いている女性だ。


 僕のバイト先でもあり、暇な時はウェイターとして小遣い稼ぎをさせてもらっているが……この時の彼女の服装は何故か軽装の鎧だった。




「ニール、お前の父は誇れる事をやった。街の代表として礼を言う」




「そんな事言ったって、死んじまったら意味ないだろうが……!!」




 普段は飄々としているニールが言葉を荒げ、シュゲムに当たっていた。




「意味が無い訳があるか。彼の犠牲で何人の命が救われたか……」




「アンタが、アンタがもっとしっかりしてれば! オヤジは死ななかったんじゃ無いのかよ!!」




 シュゲムの胸倉を掴み、今にも殴りかかりそうな勢いだ。




「ニール! やめて下さい!」




 セイナが止めに入る寸前、黒い影が横切る。




「少し落ち着きなさい」




 物凄い速さでキスティーがニールを羽交締めにしていた。


 それでもなお、彼は振り払おうと暴れ取り乱していた。




「うるさい! 離せ! はなッ……!?」




「……仕方ないわね」




 そう言ってキスティーはタタン!と子気味よく片足を踏み鳴らした。






「あ!キスティー!おいまっ……はあ、全くお前は」






 だらんと垂れるニールの腕。彼はグッタリとして動かなくなった。


 シュゲムが慌てて止めるより早く、キスティーはニールを絞め落としたようだ。


 ……いや、首に腕が回ってないから絞め技ではない。魔法か何かか?




 いずれにせよ、僕はギルド横の食堂で働くのを考えなおそうと思う。




「セイナ、ニールを連れて行ってやってくれ」




「え? ちょっ重!!」




 そう言ってキスティーがニールをポイっと投げ渡してくる。


 ……どんな筋力をしてるんだろうか?






 いくら細身のニールでも、普通の女性であるセイナが担いで移動できる訳はない。


 受け止めるのが精一杯で左右にフラフラしながら踏ん張っている。




「俺が背負おう」




「あ、ありがとうございます」




 結局、フリッツがニールを背負って家まで送った。








 ……………………








「うっ……?」




「ニール、目が覚めましたか?」




「あれ、確か俺は……」




「ギルドマスターに手を出してキスティーさんに気絶させらたんですよ。覚えてますか?」




「そうか…………」




 見るからにニールは落ち込んでいる。


 ベッドから身を起こしてから動こうとしない。


 目の焦点すらあってないような感じだ。




 両親を失い、絶望していたセイナと同じように見える。




「ニール、野党のアジトから逃げる時にあなたはなんて言ってくれたか覚えてますか?」




「……いや……」




「あなたは“一緒に生きよう”って言ってくれたんですよ……私だっておじさんが亡くなって、悲しいです。でもニール、あなたが、いてくれるなら……」




「セイナ?」




 段々と視界が滲む。


 セイナは涙を溜め、ニールの家で暮らし始めた時から語り始めた。


 ニールの父にはとても良くしてもらって感謝している事、ニールの母は女の子が欲しかったと喜んでいた事。


 ニールが初めて狩りに出掛けた時、不安で不安で仕方なかった事。




 ニールの母が病に倒れた時、何も出来なくて泣いた事。


 それで神官の道を選ぶと決めた事。




「だから早く一人立ちして、恩を返そうと、思ってたのですが……すごく残念です……悲しいです……」




「セイナ……」




「……でも、二人なら一緒に乗り越えられませんか? 私も辛い……」




 ニールの表情が崩れると同時に腕を掴まれる。


 彼は強引にベッドへ引き込んだ。




 薄暗い部屋の中、ニールの表情は影になってよく見えなかった。


 セイナは彼の頬にそっと手をあて、涙を拭う。




「……いいですよ」




 彼女はそっと目を閉じた。








 ………………








 場面が移り、薄暗いベッドには一糸纏わない女性の身体が横たわっていた。


 薄いシーツがクッキリとボディラインを……おっと、これ以上の言及はやめよう。見てはいけないものだ。うん。


 これはニールの視点の『事後』のピロートーク中のようだ。




 正直、見て良いシーンでは無い。


 でも今の僕は目を瞑れないし耳も塞ぐ事もできない。


 仕方ない、仕方ない事なんだ。


 ……というか、どうやって元に戻るんだ?




 僕の不安をよそに二人の会話が続けられる。




「……内緒にしてと言われたのですが、お父さんはあなたを一人前だと認めてましたよ」




「そっか、あのオヤジ……」




「私も次の課題をこなせば中級神官になれそうなんですよ。これで一人前です。だから少し、別居してみませんか?」




「え?」




 ニールに分かりやすい動揺が走った。


 同居ではなく別居。別れ話か?


 一方でセイナはいつものからかってる時の悪戯っぽい顔だ。


 僕の知っているニールとセイナの仲は良い。別れているようには見えない。




「……私、家が欲しいんです」




「家? 家ならあるだろ? セイナの実家だってまだ売ってないし……」




「このままここに住み続けてもいいのですけど、やっぱり新しい家に住みたいです。 それに色々思い出しちゃいそうですし」




「そういうもんか?」




「そういうもんですよ、そしたら結婚しましょう」




 セイナが顔を近づけ、唇に柔らかいものが触れた。


 彼女らしい優しいキスだった。




「それまで愛想を尽かせないようにしてくださいね」




「当たり前だよ」




 今度はニールからキスをした。






 ……………………






 また、時間が流れてゆく。


 このまま待っていれば最近の記憶を見ることができるのだろうか?


 そうすれば僕は元に戻れるのだろうか?


 不安を覚えながら、短いような長いような……夢を見ている気分だった。






「よーし、ここだな……」




 ん?




 ニールが夜更に灯りも持たずに何か探している。


 忍び込んでいるなコレは、周りを警戒して足音を殺して動いていた。

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