第088話 記憶
『ッ!?』
激しい痛みと共に視界が酷く暗くなる。
場面が変わり、木々が生茂る陰鬱な雰囲気の薄暗い森の中で倒れている。
男……盗賊の一人が怒りを露わにして、倒れているニールに近づいた。
……これは……逃亡に失敗したのか?
「このクソガキがぁ!トビーもナセも殺しやがって!」
「ゴフっ!!」
ニールは腹を思い切り蹴られ、転がされる。
大の大人が小さな子供に対して行う暴力としては行き過ぎている。
いくら怒りを覚えても、僕はそれを眺めることしか出来ない。
彼はピクリとも動かない。
(私が、私がニールを助けないと!)
セイナの焦り、激しい感情が聞こえて来る。
何らかの戦闘、あるいはニールの奇襲があったのだろう。
男が二人倒れていた。
泥に塗れた小さな手が倒れてる男に伸び、腰にあったナイフを奪う。
(ニール!ニール!!これでニールを……!!)
セイナが振り向いた時、剣が抜かれていた。
暗い森の中でギラりと凶刃が光る。
男はその剣を振り上げ、足蹴にしたニールに振り下ろさんとしている。
「ああァァァァァ!!!」
セイナが叫びながら飛びつき、両手に持ったナイフを突き出した。
肉を切る嫌な感触が伝わる。
でも浅い……刺さったのは3cm程度だ。
「なっ!? いっ!!」
ーーガッ!!
「あうッ!?」
殴りつけられ、少女の視界が揺れた。
すぐに男はナイフを抜き、こちらを睨んでる。
「……あっ……うっ……」
セイナは恐怖で竦み上がって、上手く立つ事ができない。
男は刺された腹を押さえながら、殴りつけてくる。
「うぐ!!」
無抵抗な彼女に一発、二発と大人の拳が飛んでくる。
目の眩む衝撃と痛み。
「なんッ……だ?」
だが三発の拳は飛んでこなかった。
恐る恐る目を開けるセイナ。
刺された男は痙攣している。
そして膝をついて、捨てたナイフを見ていた。
「これはナセのナイフ、じゃねぇか……!?」
「…………?」
ナセとは倒れていた男の名前だろう。
だがセイナは何が起こっているのか分からなかった。
「やべぇ、早、げげげどどうぅを……!」
男の呂律が回っていない。
彼は地べたに這いながら刺されたナイフを拾う。だが痙攣している手はそれを上手く握れず落としてしまう。
拾っては落とし、拾っては落としを何度か繰り返していた。
もしかしてこれは……ナイフに毒が塗ってあったのか?
「ふぅ……ふぅ!!たのう!げげどるやうが!……ふぅ……ここひぃ、あうから!!」
「ひぃ!」
刺された男はセイナに必死になって懇願していた。
ジェスチャーを見る限り、ナイフの柄に解毒薬があるのだろう。
セイナもそれが分かっていたが、恐怖と……そして両親を殺された怒りで動けなかった。
「お、お前なんか……お前なんか……し、しんで……死んでしまえ!!!」
彼女は震える声で男を罵倒した。
「いはいんは!!はのう!!……ふぅ……はのう!!」
もはや何を言っているが分からない。
男は涙を流しながら腹をおさえ、そして段々と動きが鈍くなっていった。
首を回す事も出来なくなったのか、明後日の方向を向いて動かない。
「……ふぅ!……ふぅ!!……ふぅぅぅ!!」
必死に呼吸する音だけが聞こえる。
(それより早くニールの……手当てを……!)
少女は倒れているニールに詰め寄り、肩を揺するが反応がない。
酷く痛めつけらて、彼は気を失っていた。
「そ、そうだ、お母さんみたいに治癒の魔法で……苦痛にささやかな癒しを……ヒーリング!」
淡い光が少しの間だだけ、ニールを包んだ。
セイナの魔法によって小さな傷は治っていくが、それでも彼は目覚めなかった。
治癒魔法の光が弱く小さい。幼い彼女はまだ未熟だった。
なにより初級の治癒魔法で回復する傷ではないようにも見える。
「ニール、起きてください……起きて……」
セイナは次第に焦りを覚えていく。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ!!」
後ろでは苦しんでいる男の荒い呼吸が聞こえる。
この時、セイナはこの男はすぐに死ぬだろう……と、簡単に思っていた。
ーーゴソ……ゴソ……。
だが回復してきたのか、男の手が再び動くようになったきた。
ゆっくりとナイフを掴み、柄に仕込んである薬を何とか取り出している。
生きて欲しいニールはまだ起きない。
なのに、死んで欲しい男は動き出した。
「ニール、ニール……は、はやく起きて下さい、起きて下さい!!」
男は震える手で薬を舐めようとしている。
もしもあの男が再び動けるようになれば…………!
「ああぁぁぁ!!!!」
幼い少女の恐怖は頂点に達した。
舐める寸前で男からナイフを奪う。
まだ毒が効いている為、それは簡単だった。
「ふぅ……やめ……」
男の目は恐怖で滲んでいた。
だが、少女は男の脇腹にナイフをグサりと突き立てる。
忘れがたい、肉を裂く嫌な感触だ。
「ぐ……ぁ!?」
…………刺した場所はバイタルゾーンから外れていた。
内臓も重要な血管も傷つけていない。
そしてこの毒は致死毒ではなく麻痺薬の類だ。
男は刺されたナイフを抜こうとするが、再び痙攣してナイフを握れない。
ドクドクと血を流しながら呻いている。
セイナは未だに起きないニールの手を握りしめながら、カタカタと震えていた。
彼女がもっと大人で冷静ならば、そして恨みが無ければ良かっただろう。
捕縛して裁きを受けさせる。
そんな事が出来たかもしれない。
あるいはもっと早い段階で楽にさせてやる事も出来た。
…………男は夜がふけるまで呻き苦しんで、最後に動かなくなった。
……………………
場面が変わり、幼いセイナが河に何が流している。
それを後ろから眺めている。
周りには大人が大勢いた。
「セイナ、ウチに来いよ」
この声はニールの声だ、今度は彼の視点か。
「……え?」
振り返った彼女は両目からは大粒の涙が流れている。
セイナが流しているのは……白い……遺灰か。
この辺りの葬儀は河に遺灰を流すのが風習だったはず。
「取り敢えず君の家は取っておいて、こちらに来るといい」
横から声が聞こえる。
見上げた視線の先には厳つい男が立っていた。
だが所々にニールの面影がある。
「君の両親には世話になっていたし、うちのバカ息子を助けてもらったお礼をしたい」
「オヤジ! バカとはなんだよ!」
ゴチっと軽く頭を叩かれた。
「……いいのですか?」
「セイナちゃんさえ良ければ、ウチは歓迎よ? それにニールはセイナちゃんの事が……」
「うあああ!!」
ニールは必死に女性の口を塞いだ。
話の流れから言って、彼女がニールの母親だろう。
…………なかなか酷い人だ。
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