第086話 蘇生

「迷える者を眠りに誘え!スリプル!」


「なっ……ガァ……!?」


 カヨは続け様に睡眠魔法をたたき込んだ。拳で。

 


 睡眠魔法も自分の魔力である程度レジストでき、その間に完全にかかる距離を取れば失敗する。

 だから戦闘中に対面して使えるようなものでは無い。

 今のように押さえ付けている相手にしか通用しない方法だ。


 ニールは一瞬暴れるが魔法をレジストしきれずに、次第に力が抜けていく。

 カチャリと音を立てて彼が握っていた太刀が地面に転がった。


 僕は意識が無いことを確認して太刀を拾い、立ちあがる。


「おい、カヨ。 殴る必要、あったか?」


「もし無事だったらぶん殴るって言ったわ」


 彼女は確かにそんな事を言っていた。

 ……言ってたが、ニールは無事ではないだろ。


「あと、オラッって言って……」


「それより時間がない! セイナ!」


 セイナは両眼から涙を流し、呆然とニールを見ている。

 優しく明るく振る舞っている彼女とは全く違っていた。



「しっかりして! 今からニールを治療するわよ!」


「……そんなの……無理です……死んでフィラカスとなった者を元に戻すなんて……」


「やってみなきゃ分からないでしょ!」


「過去に何人の賢人が……上級神官が……大魔導師が試したと思ってるですか!! フィラカスどころか死者を生き返らせる事も、誰一人として成功してないんですよ!? さっきだってニールはもう私をッ……!?」


 言い切る前にカヨはセイナに詰め寄って、胸倉を掴んで黙らせる。


「ねえ、その程度だったの? ニールは貴女にとって何も試さずに諦める程度の男だったの!?」


「っ……!」


「愛してたんでしょ!?」


「そうですよ!! ずっと、ずっと一緒にいたかった!! だからいっそ、私ごと……!」


 セイナが涙でぐちゃぐちゃの顔でカヨを睨み返している。

 こういう時、感情に感情をぶつけるのは悪手だろう。

 興奮してるカヨとセイナの間に入って二人を離した。


「落ち着けカヨ、お前の悪い癖だ。 まずどうやるのか説明してくれ。 時間が無いなら尚更手順を踏んだ方がいい」


「魔法が使えないあんたに言っても……!」


「僕はカヨを信じる。 魔法は使えないけど、できる事は何でもやる覚悟はある。 でも説明は必要だ」


「……分かったわよ」


 カヨは言いかけた事を飲み込み、深く息をはく。



 一方でケディはセイナに声をかけていた。



「おいセイナ、カヨの言う通り諦めるのは試してみてからでいいだろ。 それにお前が後追い自殺なんてやったら、俺たちがニールに祟られちまうよ」


「……そう、ですね。 まだやることが……できることが……あるのなら……」


「ああ、泣くのはそれからにしろ。 今一番苦しんでるのはニールだ。 早く助けてやろうぜ」


 彼らは旧知の仲なのだろう。

 セイナは涙を拭い、次第に落ち着きを取り戻していった。


 あとケディの無精髭とボロを纏った風貌も相まって、やたらカッコいい。

 僕はイケメンにはなれなかったから、こういう渋い大人を目指してもいいと思ってきた。




 ………………





 助け出した女性3名はいずれも魔法の知識は無い、彼女らには少しの間、周囲を警戒してもらうことにした。

 眠らせたニールを囲むのは僕とカヨ、セイナ、ケディの4人。


「まずニールはフィラカスになってしまっているけど、死んではいない」


「……どういう事です?」


 カヨの言葉は僕にもセイナにも信じ難かった。

 フィラカスは『死者』が魔物化している状態だ。

 僕のスキルブックにもそう書いてあるし、ギルドの書物にも同じ事が書いてあった。


「私には魂が見えるの。今のニールの状態は死んだフィラカスと違ってまだ魂があるわ……でも漏れ出て僅かしか残ってない」


「魂が見えるというのは……カヨはハイエルフだったのですか?」


「ハイエルフが見えるのは魔力や魔気。それがどういう事か分からないけど……私が見てる魂はそれとは違うと思う」


「それは……」


「セイナ、今はカヨを信じましょう。魂が僅かしか残ってないならカヨがさっき言った通り時間がない」


 僕はセイナを遮って話を進めた。

 魂の問答は後回しだ。


「ええ、魂が漏れ出てるのは肉体が傷ついて、受け皿として機能できていないからだと思う。だからまずは『リザレクション』で肉体を正常な状態に戻す」


「リ、リザレクションって……複数人で行う古級治癒魔法ですよ!? 王都でも数名しか使える人がいないのに……!」


「私も使った事無いけど、多分使えるわ。複数人と言ってもセイナとケディは治癒魔法を使う時の様に、治癒対象に手を構えていればいいはずよ」


「使った事が無いのに使えるって……!」


 セイナは絶句していた。

 ぶっつけ本番でそんな事を言われれば無理もない。


 説明しろと行った手前だが、そこは隠せよ。

 あと、僕の名前が無かった気がするぞ。


「俺も神官じゃ無いから詳しく知らないが、確かフィラカスにリザレクションをかけてもダメなんじゃなかったか?」


 自信が無さそうだが、ケディの知識は間違っていない。

 リザレクションは絶命寸前の瀕死者を治癒出来る魔法であって、フィラカスを元に戻す魔法では無い。


「でもとにかく、今は時間がないの! まずはリザレクションをかけるわ」


「……まあ疑っても仕方ないか」


 ケディもセイナも納得していないが、言われた通り寝ているニールに向けて手をかざした。

 治癒魔法を使えないが、僕も手をかざす。


「ジンは何もしなくていいわよ」


「……はい」


 やっぱり手を下ろした。



 2、3回ほどカヨが深呼吸して両手を広げる。


「癒しの風!命の水!魂の灯火!癒しを求め傷つく者よ!慈悲と慈愛の声を聞け!」


 ここまでは上級魔法のハイヒーリングと同じ詠唱。

 人が生きていく上で欠かせない、空気、水、熱の三要素を引き出して治癒を行う。

 『リザレクション』はここからが違う。


「昏い死の淵の歩みを止め、今ひとたびの輪廻を否定し、産声をあげよ! リザレクション!」


 間違いなく命を落とすであろう瀕死者を救う、古級治癒魔法。

 詠唱の通り、輪廻へ帰る運命を否定して肉体を再生する。


 淡い光がニールを包み、彼の体から小さな傷が消えていく。


 カヨは目を瞑り、額に汗を浮かべている。


「うぐぅ」


「くっ」


 同時にセイナとケディは顔を顰め、息が荒くなっている。

 リザレクションは詠唱者のみでなく複数人で行う魔法だ。

 二人にも相応の負荷がかかっているのだろう。



 ……………………



 数分の事だろうか、やがて淡い光が消えてセイナとケディは膝をついた。


 ニールの顔色が僅かだが艶やかになり、生者と何ら変わりないように見える。


「成功……したのか?」


 僕は額の汗を拭うカヨに尋ねる。


「ええ、リザレクションは成功したわ。もう、フィラカスでは無いはずよ。瞳を確かめてみて」


 僕は少し構えつつも、ニールの目蓋を無理やり開いて確認した。

 彼の瞳は元の茶色い瞳に戻っている。


 セイナは口元を押さえ、今にも泣きそうな表情をしていた。


「灰色じゃない、普通の瞳だ。師匠は……!」


「待って! 喜ぶのはまだ早いわ」


「傷も治ってるしちゃんと呼吸もしている。顔色も悪くないように見えるぞ」


「でも、起きないでしょ」


 僕の反論を流し、カヨはじっとニールを見つめて左右に首を振った。

 そしてゆっくりと口を開く。


「やっぱりダメ、ニールは魂を失い過ぎてる。リザレクションでは失った魂まで戻す事は出来ないみたい」


「…………どうなるんだ?」


「さっきよりはかなりマシだけど、ニールの魂は今も減っていってる。このままじゃ目を覚さないまま、衰弱して死んでしまう」


 セイナはニールの手を握りしめ、震える声でカヨに尋ねた。


「他に……方法は無いん……ですか?」


「あるにはあるけど……」


「あるなら、お願いします!私にとってニールは全てです!」


「命を賭けるだけの男?」


「当たり前です!」


 カヨはリザレクションをかけるまで慌てていた。でも今は一変して慎重……というよりも何かを迷っているようだった。

 ここにいるみなはニールを助けたい。


 彼女もそのはずだ。慎重になる理由が分からない。


 一呼吸おき、カヨはセイナを見つめる。


「分かった……これから『ヒラサカノチギリ』をセイナとニールに使うわ」


「……何ですかそれは?」


 セイナもケディも首を傾げ、何の話か分かっていないようだ。


 カヨのスキルブックには“全ての魔法”が記されている。

 それを読んだ僕も当然その魔法を知っていた。


 彼女が迷っていた理由も、すぐに理解出来た。


「この魔法は“愛し合う男女の魂を分配する”古級魔法よ。セイナの魂……言うなれば寿命をニールに分け与える魔法」


「そ、そんな魔法があるんですか?」


「本来は長寿のハイエルフと短命な種族が、死に別れる運命を捻じ曲げて婚姻する為に作られた魔法らしいけど……今みたいな状況でも、応用できると思う。セイナさえ良ければ……」


「カヨ、くどいですよ。倒れてるのがニールじゃなくてジンだったら、貴女だってすぐにその魔法を使うんでしょ? それと一緒です」


「な、何言ってるのよ! つ、使わないわよ!!」


 カヨは最後に「多分……」と呟いた。

 慌てる彼女を見て、セイナはいつものようにクスクスと笑いながら揶揄っている。


「とにかくセイナ本人がいいって言ってるんだ、ニールを助けてやってくれ。友人の俺からも頼む」


 ケディが深々とカヨに頭を下げていた。


「カヨ、僕からも……」


「もう!うっさい!分かったわよ!」


 彼女は僕にはツンツンで対応した。

 そしてフーッと息をはき、決意を固めたようだ。


「言っとくけど、この魔法はジンも詠唱するんだからね」


「……え?」


「異性による二重詠唱が必要って書いてあったでしょ!? ケディじゃこの魔法の原理原則を知らないし、今から教えてたら間に合わない」


 異性による二重詠唱……そういえばそんな事も書いてあったな。


「も、もちろん」


 と言ったものの、全く自信がない。

 師匠、失敗したらごめん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る