第085話 仲間

 カヨが刀を構えて僕の横に並ぶ。


「ジン! 何をぼさっと……え?……ニ、ニール?」


 彼女も襲撃者がニールだと気付き明らかに動揺している。

 目の前の敵はカヨに向けて素早く弓を引き絞った。


 ――シュッ!!


 やばっ!!


 僕はほぼ反射的に割り込んで矢を刀の腹で受ける。


 素早く次の矢を番え第二射が放たれる寸前、動きが止まった。


「ジン……か……?……殺……せ……」


「師匠!? まさか意識が……」


「……がはぁ……ダメ……もう……早く!」


 ニールだった者はビクッと身震いし、無常にも次の矢を放ってくる。

 ガンッ!という大きな音を立てながら手甲で受けた。

 至近距離のため、かなりの衝撃が走る。


「師匠! しっかりして下さい!」


 僕の言葉を聞いても、彼は止まらなかった。再び矢を番えてくる。


「クソッ!」


 太刀を握りしめ、弓を狙い横薙ぎを繰り出す。


 目の前のフィラカスは先程の軽やか回避を見せなかった。

 微動だにせず、ただ弓を切られていた。


「早く……トドメを……」


 彼は呻きながら、弓を投げ捨てて腰の短刀をゆっくりと抜く。


「出来るわけないだろ!」


 彼の葛藤だろうか、短刀から繰り出される攻撃は酷く緩い。

 反撃して斬ろうと思えば、いくらでも斬れる。


 でも僕はかつての仲間に刃を向けることが出来なかった。



 ーーガラン


 後ろから物音がする。

 振り返ると杖を投げ出したセイナが地面にへたり込んでいる。

 見開いた眼に引き攣った表情、浅い呼吸。


「ウソ……ウソよ……」


「……セ……イナ……ご……めん……」


「ニールゥ……どうしてぇ!?」


 白く濁った瞳は、憔悴しきった恋人を見つめている。

 ほんの少し、ニールは笑顔を作った。

 少しムカついていた、あの顔だ。



 こんな、こんな結末……


「う、うぅ……ウガァァ!!」


「師匠、しっかりして下さい!」


 ニールの目付きが豹変する。

 恋人のセイナに向け、短刀を振りかぶりながら走り出した。


「ッ! 疾風よ吹き飛ばせ!ウインドボルト!」


 見兼ねたケディがニールに向けて魔法を放つが、避けられていた。

 セイナは立ち上がれない。


「バカ、野郎!」


 僕は叫びながらニールを、仲間を、師を斬りつけた。

 短刀で受け流され、火花が散る。


 そこから剣戟を繰り返し、少しずつ僕はニールを追い詰めていった。


 せめて一撃で……一撃で終わらせる。


 ぶちかましで彼の体勢を崩して、上段に構えた。


「おおぉッ!!!」


 ーーガキン!


 全力の振り下ろしで彼の武器を叩き落とす。

 短刀は石畳に突き刺さった。

 ニールは右手を痛めたのだろう、うずくまっている。


 もう一度、この太刀を振り下ろすだけだ。


 セイナに……何て謝ればいいんだ……


 ……考えるな!

 ニールもそれを望んでいただろ!

 僕が迷えば、セイナや他の仲間が襲われる。

 僕が手を汚さないと、またカヨの手が血に染まる。


 息を吐き、正眼に構えて首筋に狙いを定める。


「待ってジン!」


 刀を振り上げた僕に、カヨが制止をかけた。


 決心していたはずなのに刀はピタリと簡単に止まる。心のどこかで止めて欲しかったのかもしれない。


「ダメだ、止めるな!」


「違う! まだ、ニールを助けられるかもしれない!」


「……え?」


 ーードゴッ!


 僕は隙を突かれてニールに蹴りをもらった。

 防具の上からというのもあって痛撃にはならないが、機を外されて距離を取られる。


「まだ、ニールの……ニールの魂が見えるのよ!」


「だから何なんだよ!」


「少しの間、ニールの動きを止めて」


 彼の濁った瞳は僕を睨んでいた。

 今まで、僕に向けたことの無い貌だ。


 フィラカスは死者が魔物化したもの、生前の意識はあるが徐々に失われていく。

 それを元に戻す魔法を知らない。

 少なくとも、全ての魔法が載ってるカヨのスキルブックには無かった。


 でも僕は『もっと頼れ』と、カヨに怒られたばかりだ。



「……ふぅ……分かった。やるだけやってみる」


「ガァァ!!」


 雄叫びをあげ再び迫り来るニール。

 僕は彼に向けて、手に持った太刀を放り投げた。


「何やッ……?」


 カヨの驚く声が聞こえる。

 でもこれが一番確実に止められる方法だと思う。


 太刀を受け取ったニール、ニヤリと笑い手にした武器を振り下ろす。


 ソレは彼にとってとても不慣れな武器だ。

 普通の片手剣よりも長く、特殊な片刃の両手剣


 ニールの遅く、ぎこちない振り下ろし。予知なんてなくても簡単に見切れる。

 体捌きだけで難なくかわして、ニールの手首を掴む。


「ほっ!」


「!?」


 そのまま出足を払って背負い投げを決め、上から押さえつけた。

 ニールは暴れるが、完全に袈裟固めが決まっている。

 抜け方を知らないとまず抜けられない。暴れるだけ無駄だ。

 何より長い刀が邪魔で彼は腕が抜けない。かといって手放していいものでもない。


「カヨ! いいぞ!」


「オラッ!!」


 ーードゴ!


 目の前で、カヨの振り下ろした拳がニールの顔面にめり込んだ。



 …………?



 もう一度カヨの顔を見て、ニールを見る。

 やはり拳が顔面……正確には右頬にめり込んでいる。

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