第072話 異変

 そんな苦難を乗り越え、昼過ぎにはヴィネルの街に到着できた。

 結構な時間、正座していた気がする。

 膝が痛い。行きも帰りも痛かった気がする。



 街は普段と変わらず……いや、いつもはのんびりしてる門番達の動きが慌ただしく、人数も多い。

 ピリピリというよりは、焦っている感じだ。

 フィーナが馬車から飛び降り、身近な守衛に話を聞いた。


「何かあったのですか?」


「あ、フィーナさん! 一昨日から仕事に出た冒険者達が、半分以上戻って来なくてギルドでは騒ぎに……」


「……わかりました、すぐギルドに向かいます!」


 本当は怒られるらしいが、ギルド前に馬車を横付けしてギルドに入る。

 上級ギルド職員フィーナの特権だろう。



 ギルド内では捜索願いの掲示が多数張り出され、捜索に出かけるギルド員でごった返していた。

 不安な表情を浮かべているのは行方不明者の家族だろうか……


「皆さん、お疲れ様でした。ここで解散となるので片付けと報告をお願いします。私はすぐに街の状況を確認してきます」


 フィーナは一方的に事を告げ、二階に駆けて行った。


 横目で見た受付は非常に混雑しており、すぐに報告できるような状況ではない。


 取り敢えず食堂に移動して残った4人で腰掛け、少し早い昼食を頼んだ。


 一応一番ギルドに所属歴の長いリーナが仕切り、今後の話を進めていく。


「まずは馬車の中身を片付けよっか……それと清算金、特にディアス分は?」


 ディアス本人からは僕にやると言われているが、正直気乗りがしない。


「お兄さんお姉さんが良ければミリルちゃんに渡そうとと思うんだけど、どう? 参考人としてしばらくはこの街に滞在すると思うし」


「ああ、良い案だと思いますよ」


 僕もカヨも頷いて快諾する。

 ミリルはぼろ切れを着ていただけの無一文だった。

 しばらく生活するのに、何かと先立つ物が必要だろう。


「そ、そんな……命まで助けてもらったのに」


「良いって良いって、どうせ余ったお金だし貰ってよ」


 カヨは遠慮するミリルに優しく声をかけた。

 ミリルの頬がほんのりと赤いのは……うん、きっと気のせいだろう。


「ありがとう……いつか必ず、お返ししますね」


 少し目を潤ませながら、カヨにお礼を言うミリル。


 僕が何も気が付かなければ美談で終わるのだ。

 よし、美談だった。僕は何も見ていない。


「じゃあ食べ終わったら宿の手配と着替え諸々のお買い物しようか! ミリルちゃん美人だからコーディネイトしがいがあるね」


「ええ!? コーディネイト?」


 それがリーナの狙いだったのか。

 おしゃれ好きという奴だろう、そういえば裏稼業が美容師だもんね。


 その流れでガールズトークが開催される。肩身が狭く、僕の居場所は無い。

 カヨもこの世界というか、この街のオシャレを少し勉強しているようだった。

 リボンのコーディネートがどうだとか、この季節のスカートはどうだとか、いつの間にかリーナの話に二人とも真剣に聞き入っている。


 コーディネートに気付かない男は死ねばいい的な話が出た所で、僕は空の青さについて語りたくなった。


 あれは確か光の入射角によって、青色の光が1番強く大気に……そう、何とか拡散だ。


「カヨ!!」


 突然、後ろから大きな声をかけられた。この声は聞き覚えがある。


 振り返るとセイナがこちらに急ぎ走ってきた。

 ガールズトークに参加……という雰囲気ではない。


「わっ! セイナ!?」


「あぁ……よかった」


 セイナはカヨに抱きついている。

 ただ戻ってきただけというのに、少し大げさだ。


 表情には安堵と不安が入り混じっているように見える。

 恐らく、僕らも行方不明者のリストに入りかけていたのだろう。


 正面に座ってるミリルの表情は少し嫉妬の色に……いや、語るのはやめよう。


「もう、大袈裟よ。 色々あったけど私は無事よ!」


「ええ、そのようですね」


 セイナは酷く暗い顔をしている。


「……何かあったの?」


「ニールがギルドの依頼から戻ってこないのです」


 …………え?…………あのニールが?


 ドクンと心臓の音が大きく響いた。


「確か、ニールの用事は昨日までよね? ただ単に一日遅れてるとか?」


 確かに仕事の都合で伸びる可能性はある。

 だがニールには当てはまらない。


「いや、それは無いよ。師匠は家に帰るのが遅れると浮気を疑われて刺さ……」


 僕は散々ニールに聞かされていた事を口にした。

 しかし、途中でセイナと目が合ってしまう。

 暖かいようで冷たい瞳からは感情が読み取れない。


「……師匠は時間に厳しい人だったから、よほどの事が無い限り遅れる事はないと思うよ」


 何事も無かったかのようにセリフを言い直す。

 この表現ならば問題ないだろう。


 そう、僕と猟師をやってた時も、時間だけは必ず守っていた。

 集合時間は兎も角、帰る時間は完全に厳守だ。

 遅れそうにって二山ほど走ったこともある。


「ねぇセイナ、ニールはどんな依頼を?」


 聞かれたセイナは依頼の紙の写しを机に広げた。


 そこには『タイタ』という山村の調査とある。

 その山村で何人か行方不明者が出て、村の近くの小さな迷宮が絡んでいる可能性があるという内容だった。

 場所的には北壁の迷宮の少し手前といったところか。


「ラフタという女性を覚えてますか?」


 コクリとカヨは頷いた。ちなみに僕は完全に忘れている。

 なーんか聞いたことあるような無いような……


「ええ、北壁の最下層でスウェン達と一緒にいたガイドの人でしょ?」


「そうです。そのラフタさんからの依頼で、彼女の住んでいる村の事みたいです。私は診療所の都合で行けなかったので、ニールと知り合いの他数名で参加したようですが……」


「それが戻ってこないと」


「ギルドに捜索の依頼を出したのですが、他にも戻ってないパーティーが多数あって手付かずの状態なのです。こんな状況なのでフリッツは自警団に駆り出されてます」


 ニールはギルド内でも斥候としてかなり優秀な部類だ。

 このへんの魔物に不意を突かれてやられる事はない。


 そうなるとやはり、帝国絡みの事件という可能性が高い。


「……カヨ、準備してすぐに出よう。幸い返す予定の馬車がある」


「ちょっとお兄さん、結構キツい仕事から戻ってきたばかりだよ?」


 リーナの言うことはもっともだ。

 お前のせいで行き帰りの馬車で正座してさらにキツい仕事になったんだ。


「師匠もセイナも僕らにとっては恩人ですから、一刻も早く安否を確かめまたい」


「そっか。じゃあ清算諸々はやっておくよ。さっき使った馬車も多分次の予約が入ってるだろうから、黙って持っていった方がいいね。大事の前の小事ってことで私が適当に言っておくよ」


「よろしくお願いします」


 僕はリーナに一応お礼を言って、袋を渡す。

 彼女は彼女なりに気がきくし、根が悪いという事は決してない。


「……これは?」


「残ったイノシシのスジ肉です。差し上げます」


「まあ煮込めば美味しいかな……」


 彼女は一応受け取った。

 まんざらでもないようだ。

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