第073話 山村

 工房に移動して矢の補充や、迷宮に行く事も考えてランタン等の準備をする。


 会計をする際、工房の店主かつフィーナの夫であるダリルに呼び止められた。




「さっきフィーナが血相変えて上に行ったが、何かあったのか?」




「えぇ実は……」




 僕は遺跡での事、帝国が絡んでいる事を簡単に話した。




「……それとディアスさんの裏切りがありました。彼は帝国の諜報員でした」




「なっ!?……そうか……分かった。よく無事に戻ってきたな」




 ダリルは一瞬慌てるが、どこか納得したような表情でもある。


 ディアスが怪しいと薄々感じていたのだろうか?




「裏切ったと言っても……ディアスさんとは戦いませんでした。帝国の仲間と言うよりは、彼は彼で目的があるからとか」




「だろうな。糞真面目なアイツらしいと言えばアイツらしい」




「何か知ってるんですか?」




 ダリルはボリボリと頭をかいて、深く息をはく。


 どこか悩んでいる風だった。




「はぁ、馬鹿な奴だよ。前にアイツは『個としての高みを目指す』為に云々とか言っていたな。具体的に何とは言ってないが、冗談を言う性格でもないだろ」




 確かに……彼の戦いという行為に、強いこだわりを持っているような気がする。




「ジン! そんな奴の事なんかほっといて、早く出るわよ!」




 後ろからカヨに急かされる。


 その通りだ。ディアスの事なんて今はどうでもいい。




「おい嬢ちゃん、戻ってきたばかりだろ?」




「今からニールを探しに行くのよ!」




「……ああ、そうか。ニールのやつも戻ってきてないのか」




 ダリルは顎に手を当て、考え混んでいるようだった。




「よし、分かった。フリッツが戻ってきたら伝えておく。場合によっては俺も後から行ってやるよ」




 引退した(?)昔の強者が戦いに参加するというワクワクするシチュエーションを、ダリルは提供していた。




「来たいなら今すぐ馬車に乗りなさいよ!」




 だが、このツンツンは違った。




 こっちは急いでるからさっさと来いと言うのは分かるが、言い方ってあるじゃん?




「え、流石にそれは……店番の引き継ぎもあるし……」




「あっそ」




 カヨはカウンターの荷物を担いで、さっさと工房から出ていった。


 塩対応、ここに極まっている。




「ジン、お前も大変だな」




「…………」








 ……………………












 リーナに事後処理とミリルの事を任せ、僕とカヨとセイナの三人で行くこととなった。


 御者はニールとともに山村の調査に行った冒険者の親族……バンケッタさんが引き受けてくれた。ご年配だが馬車には良く乗っていて経験もある。


 彼も息子を心配していて渡りに船、もしも引き受けてくれなかったら不慣れなセイナが手綱を握っていた。




 ほとんど街道沿いのため、速度を出して急ぎの旅路の中で村の概要と近くにある迷宮の地図を眺める。




 小さな迷宮で北壁の上層よりも少し広い程度。隅々まで探しても二日はかからない。


 前情報ではそこまで強い魔物もいないらしい。


 不意を突かれなかれば、僕ら3人でも何とかなると思う。




 そんな場所でパーティーを組んだニールが戻らないのはおかしい。何らかのトラブルにあったに違いない。




 道中で暗い顔のセイナをカヨはずっと気遣っている。




 僕にも逸る気持ちはある。


 でも自分まで冷静さを見失ってはいけない。




 色々なケースを前もって想定しておく必要がある。




 何らかの脅威があり、森の中に逃げ延びている可能性もあるし、迷宮が崩落して閉じ込められている事も考えられる。




 ただ、最悪のケースも考えておく必要はある。


 むしろこれが重要だ……




 セイナが御者に話している隙に、カヨに耳打ちをする。






「カヨ、もし最悪の場合……ニールを助けられず、僕らまで襲われたらセイナを全力で守らなければいけない」




「それは……当たり前でしょ」




「いや、今のセイナは何をするか分からない。ヤケを起こしてその場で仇を討ちに行くかもしれない。でも一旦引いてまずはセイナを守る」




「……」






 カヨは複雑な表情をしている。






「じゃないと僕は……師匠に顔向けできないよ」




「わかったわ……その代わり!」




 そう言って彼女はズイっと顔を近づけてくる。


 かなり不機嫌なのははっきりと分かる。




「セイナにこれだけ心配かけてるのよ! もしニールがひょっこりと生きてたら、一発ブン殴るわ!」




「ああ、そうだな。好きにしてくれ」




 なるほど、生きていた時の始末も考えた方がいいな。


 僕はケツに蹴りを入れようと思う。










 ……………………










 少し日が傾いた頃、僕らは村の入り口よりかなり手前の雑木林に馬車を停めた。


 最悪の事態を想定して、村が魔物や帝国の連中に占領されている所に馬車で堂々と行くわけにはいかない。






「私達は予定通り村の調査を行います。バンケッタさんはここで待機していてください。日没までは一度戻ります」




「わかった、わしが行っても足手まといだからな。アンタら調査してる間に簡単な夕食でも拵えておく」




「ふふ、楽しみにしてますね」




 焦る気持ち、不安を抑えてセイナは少し無理に明るく振舞っている。


 見ていられないな……




「一応、結界魔法を使ったから魔物が出ても大丈夫なハズよ」




 大きなヘビの魔物を一撃で葬った一級品のアレだ。


 その辺の魔物なら消し飛ぶだろう。


 もし人間相手だとどうなるんだろうか……




「おう、ありがとな。ここでアンタらと息子の無事を祈ってる」




 威力を知らないバンケッタは軽く礼を言った。


 発動して腰を抜かさなければいいが……






 僕らはバンケッタに別れを告げ、目的の山村タイタを目指す。

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