第068話 ディアス
ディアスは帝国側の人間だった。
ただ、腑に落ちない点がいくつもある。
答えるかどうか分からないが……聞くのはタダだ。
「昼間、帝国の連中を攻撃していましたよね。あれは演技だったんですか?」
「私と帝国の契約は魔法使いの情報を売るだけ、それ以外は何もありません。だから私はギルド員として誠実に仕事をこなしましたよ。先に向こうから攻撃してきましたからね」
「……そうですか」
嘘か真か判断できないが、意外にも素直に答えてくれた。
確かに連中がディアスを仲間と認識した風は無かった。
それにギルドとしての仕事を全うしたというのも本当だろう。
カヨは物凄い形相でギリっと歯軋りをする。
「ディアス! アンタが私の情報を帝国に売ってたわけ!?」
「違いますよ。 私が報告するまでもなく、リゲルのバカが先走ってい強引に拉致を計画していましたからね。 アイツは女性を痛め付ける性癖がありましたから、我慢できなかったのでしょう」
「ッチ……アンタもそいつらの仲間なんでしょ!?」
今にも飛びかかりそうなカヨを制止して、僕は質問を続けた。
戦うのは聞きたいことが終わってからでいい。
「ディアスさん、帝国の諜報員は他に何人いるんですか?」
「数名送り込まれていましたが……残ってるのは私一人ですね。他の連中はみな下手を打ってシュゲムにバレ、牢獄か土の中です」
ディアスは他人事のように飄々と答えている。
諜報員同士、まるで仲間ではないかようだった。
何よりディアスも隠している素振りもない。
「どうしてこうペラペラと秘密を……」
「彼らから口止めなんてされてませんからね。最もギルドからも魔法使いの情報を流すなとも言われてません」
「……あなたは本当に帝国の仲間なんですか? 確かにスウェンさんは貴方が怪しいと言っていましたが……」
ディアスはスウェンという名を聞き目を開いて驚いた。
「クッ……クハハハハッ!! 彼がそう言ったのですか!? クックック、流石は勇者様だ!」
何がおかしいのか知らないが、突然笑うディアスは取り乱しているようにも見える。
そして不気味以外の何者でもなかった。
「フフフ、まあいいです。説明する気は無いですが、帝国も内情が複雑でしてね、私と彼等の目的はまるで違いますよ。私は個人的に雇われてるだけです」
「あなたの目的とは?」
「それも説明する気はありません」
彼の口調は急に冷たくなった。今までの雰囲気とは違い、一線を引くかのように感じた。
……そろそろ聞き出せる事は聞き出しただろうか。
少し姿勢を低くして、ディアスに分からないよう、カヨに「他に聞く事が無いなら……仕掛ける」と小声で語りかけた。
「その前に私から、一ついいですか?」
僕らの態度を見てか、手の平で制止しながら彼からの質問。
「……何です?」
「あなた達は……いわゆる魔族なのですか?」
魔族……いつだかカヨが診療所で仕入れた情報だ。
女神を狙う人を帝国の連中は魔族と呼んでいると。
僕らがそれに該当するのか、正直なところ分からない。
カヨはずいっと身を乗り出して口を開く。
「まず、アンタたち帝国が言う魔族って何を指してるか知らない」
ディアスは「そうですね……」と顎に手を当てて考え出した。
「帝国では“女神を狙う悪しき神の僕”なんて漠然と呼ばれてますが、最近の研究では“別大陸の使者”という説が出てきてますね」
「へぇ、じゃあ私達には関係のない話ね」
別大陸の使者という訳では無い。
まだ女神を狙う悪しき神の僕の方が近いかもしれない。
「ああ、後は“異界の住人”なんて、よく分からない事を言ってる学者もいますね」
その言葉で僕もカヨも動くが止まった。
異界に住人という表現を否定できない。
いや、まさしくそうだとしか言えない。
「……」
「沈黙という事は、あなた達は“異界の住人”なのですか?」
「……そ、それは」
セリフの途中でゴツっとカヨに肘を入れられる。
痛い。
小声で「間に受けるな」と言われ、もう一度肘を食らう。
ねえ、だから痛いってば。
「言ってる意味がよく分からないだけよ!」
「……まあ、私には関わりない事ですが帝国は魔族を探してます。心当たりがあるなら、気をつけた方がいいですよ」
ディアスはさして興味も無いのか、追求はしてこなかった。
それどころか忠告まで添えている。
「ああ、そうだ。ジンくん、この度のギルド報酬は君に差し上げます。その代わり猪肉を少し貰って行きますよ」
この場面で何を言っているんだ。
僕とカヨが明らかに敵対心を抱いているにも関わらず、彼は余裕のある態度を全く崩さなかった。
「ディアスさん、僕らが見逃すとでも……?」
「私はあなた方やヴィネルの味方ではありませんが、敵に回ったつもりもありません。ただ君がその刀を抜けば、残念ながら敵同士になります」
「……」
ディアスの裏切りがあったとしても、敵に回らないなら戦っても得られる物は少ない。
そして彼は先日の戦いでも一人で余裕で切り抜けていた。
明らかに僕よりも格上だ。2対1なら行けるのか?
「君には期待していますが、まだ相手としては不足も良いところ。一瞬で私が勝つでしょう」
……正直にいって僕は今、迷っている。裏切りという動揺もある。
ディアスの本気も分からない。
スウェンの時は彼に敵意がなく、命拾いしただけだった。
もし同じレベルの強者だったら僕らは……
「ハッ! 私達が怖いならさっさと行きなさいよ」
「おいカヨ……!」
「今はこの事をフィーナに伝えるのが先でしょ!」
その時、ディアスがゆっくりと動き、右手を向けてきた。
「フフ、賢明な判断ですよ」
彼の手の先が歪む。
これは魔法の発生……? 詠唱もギアの音も無く!?
マズ……!
放たれた魔法は半透明に歪む横一文字。
風の中級魔法「ゲイルスラッシュ」だった。
ーービュッ!!
鋭い風切り音。
ただし僕の加護は危険を知らせてない。
その強烈な魔法は手前1メートル程の地面に向けて撃たれていた。
地面が抉れ、薄暗く視界が悪い森の中に土煙を上げる。
目隠しが目的か? その間に逃げるつもりか?
いや、ここで仕掛けられたらまずい。
「クソ! ど、どこに……!?」
見失って焦る僕を煽るような、ゆったりとした声が真後ろから聞こえる。
「帝国は本気です。ぜひ生き延びてください。そして再び会いましょう」
振り返ると彼は木の上に立ち、僕らを見下していた。
完全に死角を取ったのに、彼には仕掛けてくる様子は無い。
僕は安堵した。
……そして強烈な無力さを感じる。
彼は僕らをいつでも殺せるだけの動きをしていた。
「さっさとどっか行け!!! 火炎よ焼き払え! ファイアーボルト!!」
ディアスが立っている樹木に向け、魔法少女は啖呵を切って特大の火球を放つ。
爆炎が大木を包んで、すぐにメキメキと音を立てて倒れた。
動揺している僕と違い、カヨは明らかに敵意をむきだしている。
「お、おいカヨ!?」
「ジンが刀を抜くまで敵じゃないんでしょ? じゃあこれは土まみれにしてくれたお返しよ! 」
……そういう問題なんだろうか?
「ハハハ、確かにそう言いました。これは一本取られましたね」
姿は見えないが、遠くからディアスの声が聞こえる。
そういう問題だったようだ。
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