第066話 暗い昏い森の中

 


 ……………………



 夜更けに目を覚ますと、隣で寝ていたディアスの姿がなかった。

 彼の装備も無い。 見張りにでも……いや、焚き火の近くにもいない。


 女性陣が寝ている天幕をチラリと見たが、カヨの姿も無かった。

 どうでもいいが、フィーナとリーナのダイナミックな胸に挟まれているミリル。とても苦しそうに呻いていた。

 残念な事にミリルの胸は……あ、いや、そうではない。


 ディアスとカヨはどこだろうか?


「こんな夜更けに二人で何かを……いやいや、そんなまさか」


 うん、そんなまさか。


 僕は首斬丸を速攻で腰に下げ、焚き火から少し離れてあたりを見回した。

 幸いにも山側に向かっている足跡をすぐ見つけることができた。足跡は一人分に見える。


 夜道のストーキング……あの時の嫌な記憶が蘇る。

 そしてスウェンはディアスが怪しいと僕らに忠告していた。その彼が今、カヨと共にいない。


 ……いや、ディアスが敵側で裏切ったなら、僕らは遺跡の中で全滅していた。

 それは無いはずだ。


 そう自分に言い聞かせて大きくなる不安を抑え、慎重に足跡を辿った。





 …………






 僕の心配をよそに、数分歩いた場所でカヨの姿は見えた。

 薄暗い闇の中で朽木に腰をかけ、何かに囚われたように自らの手を見つめていた。


 僕が近付いても気がついていない。


「……カヨ?」


「っ!?」


 驚いた彼女はビクりとしてこちらを振り向く。

 涙を浮かべ憔悴した表情は、今にも折れてしまいそうだった。


「こんな所で何やってるんだ?」


「…………」


 カヨからの返事はなかった。

 再び顔を伏せ、震える手のひらを見つめていた。


 …………何を言ってるんだ僕は……何してるかなんて聞かなくても、わかるじゃないか。

 彼女に慰められたあの日、あの時の僕と一緒だ。


 僕はゆっくりとカヨの隣に腰かけた。


「ごめん、こんな時になんて声をかければいいか分からない。でもそばにいる事くらいならできる……」


 彼女はふぅ、とゆっくりを息をはき……そして少し睨むような顔でこちらを見る。


「何? 彼氏ヅラしてんの?」


「なっ!? おまっ!! 僕は心配し……!」


 セリフの途中で細く白い指が僕の口に当てられた。

 その指はまだ、少し震えていた。


「ふふっ、冗談よ」


「…………」


 ……カヨは無理に冗談を言っている。

 表情からも、仕草からも無理をしてるのが痛々しいほど伝わってくる。


 しばしの沈黙の後、彼女は木の合間から覗いた下弦の月を見上げた。


 暗がりのためか普段よりも大人びて見える……儚げで綺麗な横顔だった。

 目尻には涙の跡が残っていた。


「ねぇ……ジンは魂って信じる?」


「え? 魂? 突然何を……」


「いいから」


 カヨの質問の趣旨がよく分からない。

 ただ、真剣に聞いているのは分かる。


「そうだな……『この世界』に来る前ならあまり信じてなかったと思う。でも神様がいて、魔法があって、魔物がいるファンタジーな世界だろ? なら魂があってもおかしくない……かな?」


「そうね……変な所で理屈っぽいジンらしい答えね」


 彼女は月を見上げたまま、少し皮肉を言って微笑んだ。


「変な所は余計だ」


「ふふ……でもね、魂はあってもおかしくないんじゃなくて、確実にあるわ。私は確信してる」


「……そりゃまた何で?」


「リンカーネイションって魔法、覚えてる?」


 ーーリンカーネイション、北壁の迷宮で迷える死者であるフィラカスを輪廻の輪に還す為に使った魔法だ。

 フィラカスは倒して放っておくと復活するし、魔物化が進んでいく。


「ああ、覚えてる。フィラカスを復活させない為に使った魔法だろ?」


「ええ、使い方としては復活させない為で合ってるわ。でもあの魔法の本質は肉体から魂を引き剥がし、業に分解して霧散させる魔法なの。スキルブックを読んだだけじゃ理解できなかったけど、使ってみてハッキリした」


 僕もカヨのスキルブックを読破したから、どういった魔法なのか文章としては覚えてる。

 ただそれが何なのかは、全く理解できない。


「カヨ、まず魂が何なのか分からないよ」


「そうね……私も存在を確信してるだけで、何なのかは良く分かってない。だた感覚的には『業の集合体』といった所だと思う。そして業というのは宿命とか運命とか……そういう感じの物だと思った」


「逆に言えばその運命の粒が集まったら魂になるのか?……やっぱりよく分からないな……」


 いや、魂や業以前の問題かもしれない。


 魔法の加護を持っているカヨに比べて、僕は魔法自体をイマイチ理解できてない。

 教科書や指導法など体系化されているが、根本の理屈である『声を出せば魔気を使って魔法を呼び出す』という事もよく分からない。

 魔法教師のフィーナ先生も感覚的に使ってるように見える。


「多分……だけどね『魂と業』、これはこの世界の根底にあることだと思うの。リンカーネイションを使った時に、薄ぼんやりだけどそれが見えた……気がする」


「見えた?」


「私の加護の力なんだと思うけど、何となく魔法の構成というか仕組みが見て理解できるようになってきたの。シュゲムが描いた刃紋の回路も、見ただけで何をやりたいか分かったし……」


 そう言ってカヨは真っ直ぐに、僕の瞳を覗き込んだ。

 薄暗い森の中でも長く伸びた睫毛の一本一本がわかる。それくらい近くで見つめられた。

 不安で揺れてる彼女の眼は、何かを真剣に探していた。

 僕はその深い黒の瞳に射抜かれて、動けない。


「やっぱり……まだ分からないか……でも、あなたの加護や呪いもそのうち分かるようになると思うわ。今は魂の輪郭だけが見える」


 そして彼女は再び、震える手を見つめた。

 意を決したように口を開く。


「昼間の戦いで人を殺した時、近くだったからかな……魂が輪郭を失って、散っていくのがハッキリッ…………!?」


 考えるよりも早く、僕はカヨを強く抱き寄せた。


「カヨ、もういい。 一人で考えすぎだよ」


「……うん」


 そうつぶやき、彼女もそっと僕の背中に腕を回した。

 香水だろうか? 花のような香りが優しく鼻をくすぐる。


 カヨが今どんな顔をしているか分からない。

 その代わり、トクトク、トクトクと彼女の早い鼓動が伝わってきた。




 ……………………





 しばらくの無言の後、僕の耳元で少し不機嫌な声が鳴る。


「……また、彼氏気取り?」


「ああ、そうだよ。 優しい彼氏気取り」


 カヨは、深いため息をはいて僕の身体をグイッと引き剥がす。

 先ほどの不安な表情とは違い、不満顔だった。


「彼氏気取りじゃなくて、ちゃんと告白して玉砕しなさいよ」


「ちょっと待て、玉砕する前提なのか?」


「こんな薄暗い森の中で急に抱きついて、OK貰えるとでも思ってるわけ?」


 何をいきなりツンツンしてるんだろうか。


「お前だって宿屋で僕を押し倒し……」


 ボキボキッ!と魔法少女が拳を鳴らし始めた。ものすごい冷たい目で僕を見ている。

 今にも折れてしまいそうな、儚げな少女はどこに行ったんだろうか。


「いや、何でもないです」


「フン! …………それでアンタは抱きつく癖に、告白も出来ないヘタレな訳?」


 ……僕は脅されてるんだろうか?

 そんな風に言われて告白する男なんていないだろと、心の中でツッコンだ。

 本当に情緒もヘッタクレもない。


「ハイハイ、今夜は月が綺麗ですね! あぁ! キレイキレイ! とってもキレイ!」


 心がまるでこもっていないヤケクソなセリフ。

 カヨはギロリと睨み返して深い溜息をつく。


「はぁ……ほんとアンタって残念な男」


 僕も残念だよカヨさん。


「ふふっ……でもまあ、これくらいが丁度いいわ。元の世界に戻った時、人生の汚点にしない為にも」


「はぁ……ホント、全くだよ」


 カヨは僕を小馬鹿にして笑っていた。

 僕も深いため息の後、自然と笑っていた。


 酷い言われようだ。でも彼女の気が紛れたなら、まあそれでいいか……

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