第65話 助けられた命

 ディアスが倒した相手の一人に、先行して遺跡を調べていたパーティーメンバーがいた。

 彼らはやはり帝国にやられてしまったようだが、他のメンバーはいなかった。捕虜とならずその場で殺されてしまったのだろうか……


 ただ捕虜の中で唯一、カヨとフィーナが治療した女性は命を繋ぐことができた。疲労と衰弱の為か、少し話し受け答えした後にすぐ眠ってしまった。

 切断された両腕はまだあまり動かせないようだが、ちゃんとくっついていた。


 ……治癒魔法すげぇ。

 これなら帰りの馬車で耳が千切れても安心だ。



 しばたく周囲を警戒していたが、もう敵がいる気配はない。

 また、閉じている小部屋も調べたが全て空だった。


 ここに長居する訳もいかず、助けた女性を背負って僕らは仮面の敵を可能な限り追跡する事にした。


 罠を警戒しながら敵が逃げていった通路を少し進むと、遺跡の裏側に出ることができた。

 明るい場所ならば血痕や足跡を簡単に見つけることができ、追跡は楽だった。


 ただ遺跡の敷地を完全に出た所で異変があった。


「これは……足跡?」


 仮面の敵の足跡が途切れ、代わりに大きさ50cm程の台形の窪みが出来ていた。

 窪みの土は大きく抉られている。

 いつか戦った巨大クロクマの足跡よりも大きかった。


「フィーナさん、これって大型の動物に乗って移動したのでしょうか? 」


「こんな大きな足跡を残す動物がいるとしたら竜族くらいですが、この辺にはいないですよ」


 あ、この世界に竜っているんだ。スキルブックに載ってるには魔物リストだから竜って魔物じゃないのかな……?


 この足跡は二つだけで、次の痕跡を見つける事が出来なかった。


 フィーナは追跡を打ち切って予定通り野営した後、街へ帰る事を告げた。




 …………




 野営の準備を終え、焚き火で鍋や串焼き肉を囲んでいる。

 食事は豪華だが、行きとは違って空気が重い。

 そんな中、リーナが声をかけてきた。


「お兄さん、さっきは守ってくれてありがとうね」


 彼女も負傷して辛い思いをしている。

 流石にスジ肉ではなく、ちゃんとした柔らかい部位の肉を配った。


「いえ、即席とはいえパーティメンバーなら当然ですよ」


「……ちょっと冴えないかなって思ったけど、意外な格好良さと不意な優しさを見せてギャップで落とすタイプ? やっぱりテクニシャンだね」


「は?」


 ちょっと待って、一体何の話をして……


 不意に右耳が引っ張られて痛みが走る。


「いぎぃいい!?」


 いつの間にか隣にカヨが座っていた。


「そうなの?」


「そんな訳ないだろ!」


 僕はそんなテクニックを使った覚えは無い。必死に弁明する姿を見てリーナは笑っていた。

 やっぱりあいつにはスジ肉を与えるべきだった。



 そんな騒ぎをやっていると、助けだした女性が目を覚ました。

 ゆっくりと体を起こして周りを確認している。

 明るく長い金髪に青白い肌をしていて、線の細い女性だった。


 フィーナは彼女の身体を支え、状態を確認する。


「大丈夫ですか?どこか痛みますか?」


「…………私……助かった……の……?」


「ええ、何とか治療が間に合いましたね。まだ衰弱してますから、無理しないで下さい。もし食べてるなら、こちらをどうぞ」


 彼女はフィーナから差し出されたスープを恐る恐るといった動作で受け取って、少し口をつける。

 そして空腹だったのか、残りを一瞬で全てを平らげ、一息ついた所で声をあげて泣き出した。


 彼女の目は落ち窪みやつれた顔をしている。

 今は綺麗に治っているが、手足には生々しい拷問の傷跡があった。

 いつかのカヨの事を思い出し、僕に酷く暗い感情が湧き上がる。


 なんでこんな酷い事が出来るんだ……同じ人間相手に……




 ……………………




 彼女が泣き止み、少し落ち着いた所でフィーナが話しかけた。


「私はフィーナ。遺跡の調査に来たヴィネルの街の冒険者です。ゆっくりでいいので、何があったか教えてもらえませんか?」


「はい……私はナイジェスの街のギルドで働いてる、ミリルと言います」


 ナイジェスはここから少し遠い場所にある街の筈だ。ミリルと名乗った女性は僕より少し上の年齢に見えるが耳が少し長い。

 ……年齢詐欺の匂いがするから、若く見える女性という事にしておこう。


「私は半月前にギルドから薬草採取の依頼を受け、師匠と一緒に臨時のパーティに入ったのですが……山中で猿の魔物と仮面の男達に襲われました。師匠が殆ど倒していたのですが、一人物凄く強い敵がいて……」


 猿の魔物……赤いラージエイプだろう。確かにあの魔物は仮面の連中に飼いならされていたようだった。


「あっという間にみんな殺されて……気がつくと私と師匠はあの牢屋の中でした」


 ミリルは視線を落として声を震わせ、それより先の事は語らなかった。

 酸鼻な内容になる事は簡単に想像出来る。


「ミリルさん、師匠というのは?」


「……私の魔法の師、ロンベルという魔法使いです……ここにいないという事は、やっぱり師匠は……死んだのですか?」



 ーーカラン。



 木のスプーンが転がる。

 その名を聞いてカヨの表情が固まっていた。そして視線を落としてゆっくりと口を開く。


「私がその人を……殺したわ」


 視線を落としてカヨは今にも泣きそうになっていた。


 ロンベル……初老の魔法使いで僕らが最後に相手をした人だ。

 僕が不覚を取ってしまい、結果的にカヨが殺めてしまった相手。


「カヨ、それは違う。“僕とカヨ”で殺したんだ」


 こんな事を言っても何も解決しない。

 でも凄く大事な事だった。少なくとも僕にとっては……


 ミリルはそんな僕らを見て、引きつった無理な笑顔を浮かべていた。


「あなた、カヨさんって言うの……?」


「ええ……」


「カヨさん、助けてくれてありがとう……貴方達は見ず知らずの私を殺さずに助けてくれた。師匠の事だって、仕方なかったんでしょ?」


「……」


 僕もカヨもミリルの優しさに言葉が詰まる。


「貴方達が来てくれなかったら遅かれ早かれ、私達はロクでもない死に方をしてたわ。 あいつら私達を使って街を襲う計画を立ててたみたいだし……」


 その言葉を聞いてフィーナの雰囲気が変わった。

 先程までの笑みは無い。


「街というのはナイジェスの事ですか? それともヴィネル?」


「多分、ヴィネルの方だと思います。 防壁の形状がって言ってましたから……ナイジェスには街を囲む防壁なんてありませんから」


「そうですか……」


 深いため息をはいて、フィーナは険しい表情で考え込んだ。


 帝国の連中は本気で戦争なんて始めるのだろうか?

 確かにここは国境から近い……ただ地理的に王都からも帝都からもかなり遠い山岳地帯だ。

 軍事的な施設があるわけでも無く、いわば辺境のような地にしか見えない。


 一つ気掛かりになる事があるとすれば、王国建国以前にヴィネルは要塞だったという歴史があった。

 だから何かを守っていたには違いない。


 戦争なんて関わりたくも無いが、世話になっている街が襲われるのを看過はできない。



「フィーナさん、敵は何を狙って街を襲うんですかね?」


「そ、それは……」


 僕の質問にフィーナは戸惑いとも見える表情をして、言葉を選んでいた。


「……敵に聞いてみるのが早いですね」


 そう言いながら、グッと拳を前に突き出してポーズを取った。


「私も痛い目にあったし、次に会った時は串刺しよ!」


 リーナは能天気なことを言って同調した。

 まだ底を見せてないフィーナは兎も角、リーナではあのギアを相手にするのは厳しい気がする。

 ただこの明るさは見習いたい。


「さて、この事を早くマスターに報告しないといけません。まだ夜も浅いですが早めに休んで早朝に出発します。ミリルさんもナイジェスは遠いですし、一緒にヴィネルまで行きましょう。結界魔法を使うので見張りも不要です」


 フィーナは話を切り上げて皆に就寝を促した。



 敵の狙いは魔法使いではなく、ヴィネルの街だったのか……こんな争いに首を突っ込みたくないが、世話になっている人達を無下にもできない。


 ただ、一つ僕の胸に引っかかる。

 何故ヴィネルの街を狙うのかと言う僕の質問に、フィーナが何かを隠しているような気がした。

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