第64話 強さ
ビチャリという嫌な水音と共に、地面に血溜まりが出来た。
「カヨ!!」
僕の呼びかけに彼女は背を向けて止まったままで、何も答えない。
嫌な予感がよぎる。
まさか?
そんな……
僕は自由の効かない足を引きずり、揺れる視界の中で必死に這いずった。
ーードシャ!
真っ赤な血溜まりに初老の男が倒れこむ。
胸には深々と黒い刀が刺さっていた。ギアが破損した腕から、横一文字に胸の中央まで切り裂かれている。
カヨはよろりと一歩下がった。
「おいカヨ! 無事なのか!?」
「ぁ………………ぁ……」
彼女は血で染まった自らの両手を見て、小さな声でつぶやいた。
それを聞き取ることができなかった。
僕は息を整えて震える脚に力を入れ、ゆっくり立ち上がる。
左の脇腹と肩が激しく痛み、嫌な汗をかく。ここに魔法が直撃したようだ。
ただ今はそんな事を気にしている場合じゃない。
血で赤くなったカヨの両手を強く握り、問いかける。
「しっかりしろ!」
「っ!?」
カヨは驚き、僕を見た。
そして何かを言い出しそうと、口を開くが声が出ていない。
僕は努めて優しく声出す。
「ケガは……無いか?」
「…………う……ん」
「そうか。なら、良かった」
どうやら全て返り血のようだ。カヨの身体に傷らしいものはどこにも無い。
ただ、心は違う。
彼女の怯えている瞳を真っ直ぐに見つめる。
カヨは明らかに動揺し、僕の手を強く握り返す。
僕は少し震えている声で慎重に言葉を紡ぐ。
「カヨが助けてくれなかったら、僕は死んでたよ」
「でも、わ……私……この人を」
「ダメだ、言うな」
彼女の言葉を遮る。
……最後まで言わせたく無い。
「彼らは……操られて僕らを殺そうとしていた。 僕には助けるだけの力が無かった」
そんな気休めの言葉では彼女の不安は消えなかった。真っ青に血の気の引いた顔に震える両手。
カヨは今にも崩れ落ちてしまいそうで、僕の胸を締め付けてくる。
「あの時、カヨは僕の罪を半分背負うと言ってくれた。だから僕もカヨの罪を半分背負うよ」
「ジン……」
「何があっても、絶対にお前を見捨てない。 だから……だから、そんな顔しないでくれ」
カヨは目を瞑り、左右に首を振った。
目尻から涙が一筋流れている。
「私、覚悟してたのに……あなたにあんな偉そうな事を言ったのに、全然分かってなかった……」
「そんな事無い! 人を殺しておいて平気な方がおかしい!」
人を殺す覚悟なんてカヨにして欲しく無い。
苦しむのは僕一人で十分だった。
でも、僕が弱いから……彼女の手を汚してしまった。
「最初はみんなそんなもんですよ、そのうち慣れる時があるでしょう」
抑揚の無い冷ややかな声で後ろからディアスが語る。
あっちの方も終わったらしい。彼は殆ど返り血を浴びていないが、細身の剣からは真っ赤な雫が垂れている。
後ろにはピクリとも動かない数人の遺体が転がっていた。
「なるほど、先ほどの“テンペスト”はロンベルの魔法でしたか。この人は隣町の上級冒険者ですよ」
初老の男は上級冒険者だったのか……使う魔法も強烈で動きも違っていたと思う。
加護の力と首切丸、どちらかが無ければ最初の魔法で死んでいた。
ディアスはロンベルと呼んだ男の顔に手を当てて、瞼を閉じさせた。
「少し前から失踪の連絡がありましたが……彼ほどの手練れでも捕虜に出来る、それほど帝国側が強いようですね」
「ディアスさんの相手は……その……」
「ええ、みな殺しました。余裕がありませんでしたからね」
彼は余裕がなかったと言うが、僕の目にはそう映らなかった。
装備の乱れも無く息も上がっていない。間違いなく彼には余力がある。
「おや? こちらの女性はまだ息がありますよ」
カヨが両腕を落とし、テンペストに巻き込まれて壁に叩きつけられた女性。
もう一人巻き込まれた男性は打ち所が悪かったのか、頭部を激しく損傷して死んでいた。
ただ女性も見るからに重症だ、息も絶え絶えで長くは持たない。
カヨはハッとして女性に駆けた。
「ーーハイヒーリング!!」
そして女性に治癒魔法をかけ始めた。
「カヨ……」
「ジン! 腕を探して!」
「え?」
「早く!」
「お、おう!」
言われるがまま、嵐で飛ばされた女性の腕を拾ってきた。
動かない腕はズシリと重く、生々しかったが損傷は酷くなかった。
魔法でくっつくのだろうか……いや、やってみないとわからないか。
その時、小部屋から治療を終えたフィーナとリーナが出てきた。
「接合は私がやりましょう。ジンさんは首輪の破壊をお願いします。その刀なら簡単に壊せるはずですよ」
「え、そうなんですか?」
「あの首輪が硬いのは硬化魔法がかかっているからです。魔法を壊せば脆い金属のはずです」
なるほど、戦いの中で首輪だけ狙える技量か余裕があれば、もっと手早く解放出来るかもそれない。
……………………
フィーナは腕を受け取ると、手際よく接合に取り掛かった。
カヨが治癒魔法を掛け続けているため、女性の血色はだいぶ良くなっていた。
腕も元どおりになればいいのだけど……
僕も自分の仕事をやろう。
首切丸を抜いて首輪に強く当てると、ガリガリという音と共に金属が削れていった。
複雑な魔道具な分、内部の構造がかなり脆いようだ。
半分ほど壊せば回路が死んだためか、素手でも簡単に壊せた。
以前フリッツがやったように、盾で思い切り叩きつけなくても大丈夫だ。
あとの治療はカヨとフィーナに任せ、僕は少し離れて腰をついた。
魔法を食らった場所が疼き、脂汗が出てくる。
上着をめくると、青あざになっていた。
「ふむ、負傷してるのですね……まあロンベル相手では無理もないですか」
ディアスは少し残念な表情をしつつ、僕に中級の治癒魔法をかけてくれた。
すぐに傷が癒え、体が軽くなる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、君には期待してますからね。こんな所で躓いてほしくないのですよ」
「期待って……前にも言ってましたがヤギュウの事ですか?」
少し笑いながらディアスは僕の刀、首切丸を見た。
そして首を左右に振って否定する。その素振りは子供を諭すような雰囲気だった。
「ヤギュウというよりは、君の個としての強さに期待してるんですよ。剣一本で切り開く強さをね」
いまいち、このイケメンエルフの考えが良く分からない。
僕は納得できない表情をしていたと思う。
「個人の強さなら、剣も魔法も使えるカヨのほうが強いんじゃないですか?」
「確かにカヨさんは剣士として優秀で、魔法使いとしては超一流。”魔剣創造”まで使えるなんて、正直驚きました。でもその力とは不釣り合いな弱さとでも言いますか……脆さも持っている」
僕はカヨを一度も弱いとか脆いとか思ったことはない。
だがカヨ自身は一人では生きていけないと嘆いていた事があった。
彼はそういった事を見抜いて言っているのだろうか?
「……あなたの言う脆さとは?」
「強い力を持っているのに心が伴っていない。それに比べて君はとても心が強い」
「そんな事は無いと思いますが……それにいくら心が強くても、それだけじゃ……」
「ふふ、そういう君の姿勢を含めて、私は期待してるんですよ」
そう言ってディアスは手を振りながら暗い通路に消えていった。
僕にはディアスが何を考えているのか分からない。
ただ、彼はカヨが魔剣を使っている所を見ていたという事は、やはりディアスは余裕があり、こっちの戦いを見ていたようだ。
帝国のギアを装備した数名を、たった一人で相手にしていたにも関わず……
僕は自分の手を見た。
「強さか……そんなもの、本当は要らないのに……」
僕らは強くなる事が目的じゃない。
元の世界に帰りたいだけなんだ。
なのに……僕もカヨも、手が血で染まってしまった。
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