第058話 不穏な情報

 試合中に突然お姫様抱っこして森の中に消える。紛う事なき奇行を僕らは起こしていた。

 そして帰ってきたら二人ともずぶ濡れ。

 何て言い訳すればいいのだろうか?


 まあ、あのポンコツ審判には「新しいトレーニング」とでも言っておけば良さそうだ。


 今回の件で僕の中のフリッツ株はダダ下がりだった。



 先程の試合場所に戻ると何故か共和国のイケメン勇者、スウェンがいた。

 どうもフリッツに稽古を付けているようだ。

 経緯や最初印象はどうであれ、スウェンとシェラが街で何かする素ぶりは無かった。

 調査というよりも観光のような雰囲気さえある。


 フリッツは最近、僕とカヨに混じって朝練をしている為だろう、剣の使い方もかなり上手くなった。

 元々、彼は僕よりも体格に恵まれていて筋力がある。

 ちゃんとした打ち込みを入れられると、僕は受け流すのが難しいくらいに力強い。



「ハァッ!!」


「悪くないが戻りが遅いぞ。振り切った後を考えろ」


「おお!!」



 しかし、その力強いフリッツの剣を片手で軽くあしらっている。

 やはりスウェンの動きは速く、力強い。

 ……そして反応も恐ろしく速い。

 これが彼の背負っている聖剣の力?


 まあ、あれだ。


「邪魔しちゃ悪いし、先に帰ろう。寒いし」


「……そうね」


「どうしてびしょ濡れなんですか?」


「ひぃ!?」


 スルーして宿に戻ろうした時、後ろから急に声をかけられた。

 振り返るとクールな女性のシェラがいた。

 いつの間に……


 彼女は相変わらず抑揚がない声だった。

 戻った僕らに気付いてフリッツ達も剣を止めた。


「ジンとカヨか。急のどこかいったからびっくりしたぞ。 何で濡れているんだ?」


「あ、えーと……それはですね、僕の国では勝ったら負けた相手を、川に投げ捨てる風習があるんですよ」


「そうか……勝ったほうも濡れてないか?」


「……あの後、もう一試合してカヨに負けましたからね」


 僕はこの世界に来て、ナチュラルに嘘を塗り固める癖がついてしまったようだ。

 カヨは隣で頭を押さえて唸っていた。


「確かジンと言ったな、さっきの技、初めて見るが見事だったぞ」


 スウェンは不敵な笑みで僕を褒めた。


「スウェンさん、見ていたんですか? 覗きはよくないですよ」


 カヨはちょっと強めに僕のスネを蹴った。

 そうだ、覗きは良くない。場合によっては死ぬ。


 あと第一印象から僕はスウェンを警戒している。

 少し邪険に対応している。


「まあそう言うな、どうせ我々も2,3日で王都に戻る」


「そうなんですか。じゃあ調査は無事終わったと?」


「まあ、そんな所だが……帝国軍もなかなか尻尾を出さなくてな。お前らも気を付けたほうがいいぞ」


 言われなくてもそうする訳だし、僕はむしろスウェン達を警戒していた。


「ディアスかあの女は黒だろう、それに……」


「スウェン様」


 シェラがスウェンを睨み、発言を遮る。珍しく表情を出す彼女。

 スウェンは手を上げ、話を切り上げた。


「ああ、そうだな、あとはお前ら自身で確かめろ。生きていたらまた何処かで会おう」


 言うだけ言って、彼らは去っていた。


 確かにギルドマスターのシュゲムはギルド内部も危ないと言っていた。しかしディアスかあの女が黒とはどういう事だろうか?

 っていうかあの女って誰だよ。


 一応、フィーナ辺りに確認を取った方がいいのかもしれない。




 ……………………






 その後、フィーナに確認を取るとディアス本人が昔、帝国にいたことがあると言っていたそうだ。

 ギルドの経歴書にも帝国にいたと書いている。

 その事でスウェンが勘違いしたのかもしれないが、詳しくは分からないらしい。スウェン達は報告書も上げずにさっさと王都に引き上げていた。


 五日経ったが、確かにスウェン達を街から見かけなくなった。


 警戒して街で引きこもってるのもいいが、そろそろ遠出の迷宮探索で稼ぎたい。



「と言うわけでカヨさん、斥候を募集してる報酬が美味しい遺跡調査の依頼がありました」


「フリッツもセイナもニールも別件でいないのに……大丈夫なの?」



 報酬が美味しいという理由で、僕はカヨをギルドの調査に誘っていた。

 ただ二人というのは色々と危険が伴うと思う。

 狙われてるカヨもだし、カヨに狙われる僕も危ない。いや、ホント危ない。


「フィーナさんに相談したら、フィーナさん自身が参加してくれるってさ」


 フィーナはギルド職員であると同時に上級冒険者だ。実力はかなりの物……らしい。

 まあダリルを一撃で吹き飛ばしてたし、彼女の弱点は芸術性を誰も理解できない事だから、絵を描かせなければ大丈夫だろう。

 ただ不安なのは……


「強い魔物が出るからディアスさんともう一名、信用できるギルド員が参加して5人パーティの予定だよ」


「信用出来るギルド員って誰?」


「確かにリーナって名前の槍使いって書いてあったな。カヨは知ってる?」


「いいえ、知らないわ」


 リーナ……名前からして女性っぽいけどどんな人だろうか?


「まあ、フィーナさんが参加するなら大丈夫そうね。行きましょうか」


「オッケー。出発は明後日の朝。準備は明日ギルドでやろうか」



 ……何もない日常に、気が緩んでいたんだろう。


 この依頼を受けなければ、あんな事にならなかったのに。


 僕は酷く、後悔する。

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