第059話 大きな

 フィーナに依頼の詳細と準備する物を聞いて出発に備えた。

 一日目は移動、二日目に調査、三日目に帰るという日程だった。


 魔物は調査を行う遺跡の周辺に多いらしい。

 調査でも報酬が貰えるし、魔物を倒した魔石でも貰える。美味しい案件だ。

 それと晩飯が豪華になるかどうかは、山中で仕留めた獲物によるそうだ。

 つまり僕の腕にかかっている。



 出発の朝、僕とカヨは装備を整えて馬車の乗合場所に向かった。


 ディアスとフィーナは既に集まっている。


 ディアスは訓練と違い軽装の鎧に身を包み、細身の長剣を腰に差している。

 鎧には装飾が施されており、僕も軽装だが明らかに装備のグレードが違う。ちょっと格差を感じた。


 フィーナも普段のギルドの制服ではなく、背中が大きく開いた大人の薄紫のワンピース?だった。ロングスカートだが右腿にだけ大きくスリットが入っている。

 間違いない。これは旦那の素晴らしい趣味だ。



「うご!?」


 まじまじ眺めていたら、カヨに肘で小突かれた。


 すみません、男の性なのです。

 あ、もしかしてちょっと妬いてる?


 って口に出したら焼かれるだろうな。心の中に留めておこう。



「ディアスさん、おはようございます。もう一人は……?」


「ああ、おはよう。 リーナはまだ来てないですね」


 このリーナという女性がスウェンが言っていた「ディアスとあの女」という可能性もある。

 フィーナがいるとは言え、少し警戒してもいいかもしれない。


 荷物を馬車に積み込み、今日の段取りを確認している時、不意に後ろから声をかけられた。


「おはよう、お兄さん。また会ったね」


 振り返ると何処かで見た顔があった。

 癖っ毛で長いブロンドに引き締まっているが、肉付きが良い身体の少女だった。

 長い槍の穂先は鞘に仕舞ってある。

 割としっかりとした金属と皮の鎧を着込んでいるが、大きな胸が強調されるようなデザインだった。

 守るものは守る、出すものは出す。絶妙なバランスだ。これも工房の主人の趣味で間違いない。


 この女性が槍使いのリーナだろう。


「おはようございます……どこで会いましたっけ……?」


 リーナの顔を見て、確かの何処かであった記憶がある。

 何処だったっけな……?


「イヤだなぁ……あの時、気持ちよかったでしょ?」


 何を言ってるんだコイツは……


 僕が怪訝な表情を作るとリーナは腕を掴み、僕に胸を押し当ててくる。

 そして僕は全て思い出した。


「ああぁ!!! も、もしかして床屋のねーちゃん!?」


「もぅ……あんなにサービスしたのに忘れるなんて酷いなぁ」


 彼女はワザとらしく恥ずかしがり、頬に手を当てた。


「ちょ! ちょっと言い方! 誤解イイイィィィ!?」


 右耳を強く引っ張られる。

 そして物凄い冷たい口調で告げられる。

 声の主は言わずもがな。


「どんなサービスだったのか、しっかり聞かせて貰おうかしら」


「か、髪を切ってもらっただけだ!」


「へぇ……馬車での移動は半日。時間はたっぷりあるわ」






 ……………………






「……で胸を押し付けられた、と……それ、どういう状況なのかな?」


「知らねーよ! 向こうが勝手に……!」


「お兄さん酷い! 気持ちよかったって言ってたのに……!」


「おまッイィィ!? ちぎ、千切れるぅ!」



 馬車の中では酷い冤罪裁判が始まっていた。

 リーナは明らかに面白がってからかっている。

 それを間に受けて嫉妬する尋問官。慈悲は特に無い。


 部外者であるはずのフィーナは「まあ、酷いですね」とたまに同調する。

 火刑者に薪を焚べる係だろう。


 ディアスは苦笑いして傍観している。巻き込まれないように遠巻きで見る民衆の係だ。


「そもそも何で床屋で胸を押し付けてくるんだよ!」


「そんな! だってお兄さんが『俺はテクニシャンだ』って言うから期待して……」


「ちがォォオオオオイイィたいいい!?」


 テクニシャンって口走った事をここで出してくるとは、なかなかやりますね。

 僕の耳はもう千切れそうですよ。千切れた耳は魔法でくっつくのですかね?


「そもそも、そもそもだ!何でカヨもそんなに怒ってるんだよ!」


「うっ!?」


 ギクっとするカヨ。そして目を伏せて黙ってしまった。

 それを見てニヤリと笑うリーナ。何笑ってやがるクソガァ!


 僕がリーナを睨んでいると、馬車が少し大きく揺れた。

 リーナの胸もダイナミックに揺れる。

 残念ながら、僕の視線は揺れる二つの山に釘付けだった。


 リーナは胸を隠して恥ずかしがるフリをする。


「そんなぁ……胸ばっかり見てー」


「うぇ!? な、何を!?」


 その様子を見てか、ふぅっとカヨが溜息をつく。


「分かったわ、正座して。それで許してあげる」


「待って。ちょっと待って。意味がわからない。ほんと意味がわからない」


 とても大事なの事なので、2回ずつ言った。


「じゃあ私、もうあなたと口をきかない」


 そしてツーンとそっぽを向いた。

 おい、何だよそれ。ワガママ過ぎるだろ。


「ジンさん、ほら、正座しましょう」


 諭すように言う放火魔エロフ。お前が正座しろ。


「あんなに誑かしたのに正座で許して貰えるんだ。お姉さん優しいんだね」


 乳で客を誑かす美容師。もういい、お前は今すぐ馬車から降りろ。


 チラリとカヨを見ると、酷く悲しい顔をして目に涙を浮かべていた。


 えぇ、何でぇ……うっそぉ……?


「いや、カヨ。本当に僕は何もしてないから」


「……正座」


 ポツリと呟き、彼女は口をへの字に曲げた。


 ちくしょう、泣きたいのはこっちだよ……と心の中で呟き、僕は正座した。





 ……………………





 ……そしてしばらく正座して分かった。これは想像以上に過酷だ。

 床が硬いのはまだいい、道場ではよく正座してたし。

 問題は……


 ーーガタン!


「おぅふ!?」


 この揺れだ。

 微細な振動でダメージが蓄積され、大きな揺れで仕留めに来る。

 あまりにしんどくて足を崩すと、カヨが無言の圧力をかけてくるのだ。

 その視線に負けて、また僕は正座をする。


 何故だ、何故こんな酷い仕打ちを受けなければならないのだ。


 まだ調査は始まっていないこの段階で、僕はこの依頼を受けた事を酷く後悔した。

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