第057話 自分の気持ちを
再び誠実な主人公ジンの視点
抱えてるカヨはずっと、上目遣いで僕を見つめている。
全然知らなかった。上目遣いがここまでの破壊力があるとは。
彼女の顔を全く直視できない。試合をしている時よりも心臓がバクバクする。
あ、邪念さんお早うございます。
お姫様抱っこというのも良くない。非常に良くない。
彼女の体温、押し付けられている胸の感触、トクトクと感じる鼓動。
邪念さん、今日はいい天気ですね。
もう、ロクな手段を思いつかないが仕方ない。
狂ったカヨが僕に何を期待してるのか知らないが、一言謝っておこう。
そして彼女を思い切り川に投げ捨てた。
「へ?」
空中で驚愕の表情を浮かべ、固まったカヨ。
分かる。立場が逆なら、僕も同じ顔をしていただろう。
ーードボン!!
派手に水飛沫をあげて彼女は川に沈んだ。
そして僕が感じていた呪いの違和感はスーッと引いていった。
うん、これは患部によく効く。
今度からカヨが狂ったら川に投げ捨てに行こう。そうしよう。
「……ぷはぁ!」
幼馴染の少女は水面から顔を出した。
川は僕が思ったよりも結構深いようで、胸元まで沈んでいる。
「…………」
彼女は下を向いてブツブツと何か言っていた。
恨み言でも呟いているのだろうか?
「わ、悪いと思ってるから……一応謝ったからな!」
僕は弁明するも彼女はプイッっと余所を向いて、こちらに手を伸ばしてくる。
「せめて、川から引っ張り上げるのくらい優しさを見せて」
「……分かったよ」
何をしてもいいと言ったが、割と酷いことをした自覚はある。
僕は岸辺に立って彼女の手を掴んだ。
そして引っ張り……上がらなかった。
「お前も落ちろ!!」
「へ?」
カヨの物凄い力で川に引きずり込まれ、僕は頭から川に突っ込む。
なるほどね、さっきブツブツ言ってたのは力を上げる補助魔法を唱えていたわけね。
……優しさを見せたらこうなるのか、クソがぁ!
「……ブハァ!」
「フン! これでおあいこよ!」
カヨはツンツンに戻っていた。
「はぁ、一応僕が勝ったのにな」
「あんたの呪いが無ければ私の勝ちだったわよ!……多分……」
「へいへい……」
僕は濡れた髪をかきあげ、深くため息を吐いた。
朝からどっと疲れた……顔のケガは治ったけど、これから仕事だと思うと気が滅入る。
まあ諸悪の根源は僕が覗きを行ったからだけど。
「……あ」
「ん?」
彼女は僕を見て何か言おうとして、やめた。何故か頬が赤かったような気がする。
「何?」
「その髪型……」
「髪型?」
「へ、変だからやめた方がいいわよ」
「そりゃそうだろ。濡れて仕方なくやってるだけなんだから」
「……あ、そう」
彼女は要領の得ない回答をしていた。
何が言いたいんだろうか?
まあ、アレだ。取り敢えず水が冷たい。
もう少しすれば暑くなるらしいが、まだ水浴びには早い季節だ。
呪いの後はほっといてほしいって言ってたし、さっさと上がって着替えよう。
「よいっしょ……オゴッ!?」
川から上がろうとしたら、後ろからカヨに引っ張られて再びドボンした。
「ブハァ!何だよ!?」
「あ、あと!」
引っ張られてかなり密着した。
カヨは身長差で少し上目遣いになっている。コレ、ほんとやめてほしい。
「あと?」
「ジンは何でさっき私があれだけ……その……誘っても拒否するの?」
「それは変な事をしないって約束したからな」
恐らくそんな約束しなくても、僕は手を出さないと思う。何故なのかは自分でも分かってない。
僕は当たり障りのない言葉で取り繕った。
「ウソ」
すぐ彼女に見透かされ、真剣な眼差しで見つめられる。
「私が覗くなって言った時にあなたは分かったと答えたわ。でも約束を破って覗きにきた」
「うっ……!」
「なのに、私から迫った時は何もしない……ねえ、どうして?」
言葉に詰まる。
本当に分からないから、そんなに問い詰めないでほしい。
「……やっぱり私の事、好きでも何でもないんでしょ? ほんとは何とも思ってないんでしょ?」
「違う! そんなわけないだろ!」
彼女は目を伏せ、見るから不安な表情している。
そんな顔をされるのが嫌だから……
ああ、そうか……
…………やっと分かった。
「僕はただ……カヨが傷付くのが嫌なんだ」
「……え?」
ようやく自分の感情を言葉にできた。
「その、大事に……大切に……お、お……」
そして言いながら感じた。
ヤバい。恥ずかしすぎる。こんなの告白じゃないか。
彼女を直視できない。
僕はブクブクと水の中に逃げてしまった。
火照った顔に冷水が気持ちいい。
あー!!!!あぁあぁぁーーーー!!!!!ダメ!これ以上はむリィ!!
…………よし、何となく伝わっただろう。逃げよう。
しかし、頭を物凄い力でガッリチと掴まれ怪力少女に水揚されてしまった。
「お願い、最後まで言って」
メシメシと頭蓋骨が悲鳴をあげた。どうも興奮してらしゃるようだ。
「イデデデ!!?」
「言って!」
「おまッ! イィ!! まず手ェ離せ!!」
「やだ!!」
さらに僕はグイっと持ち上げられた。
何てパワーだ。言わないと頭蓋骨が潰されてしまう。
僕は助かりたい一心で、口を開いた。
「うぎあああ!? ああ!!! カヨの事、大事に思ってるんだ!」
「……」
頭を締め上げられながらの告白。いや脅迫か。
何という情緒のないシチュエーションだろうか……
カヨはフッと力抜いて僕を解放する。
彼女の目が右に……左に……ふらふら泳ぐ。
そして一瞬だけニヤけ顔を見せたと思ったら真っ赤になり、ブクブクと水の中に逃げていった。
僕も自分の言った言葉を反芻して……心臓の鼓動が早くなってくる。
しばらくしてカヨが水から頭を出した。
「ぷはぁ!ハァ!ハァ!」
「カヨ、冷えるから上がろう」
「そうね……」
僕ら川から上がり、無言で服を絞った。
僕は彼女に目を合わせられない。彼女もそっぽを向いてる。
「……」
「……」
川のせせらぎと風で葉の擦れる音だけが聞こえる。
……カヨは僕の事をどう思ってるんだろうか……?
確かめたい。
今なら、聞ける気がする。
「カヨ、あの……」
「……あ!」
カヨは突然大声をあげた。
「ど、どうした!?」
「フリッツの事、忘れてた」
「ああ!?」
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