第056話 狂わせてる

 狂ってしまったカヨの視点



 ジンの構えは隙だらけに見えた。

 持ち手も重心も甘く、ただでさえ目が見えてないのに自分の拳で視界を潰している。


 何よりも、上段構えの長所は攻撃力と間合いの広さ。

 でも魔法で強化された私の速さなら、間合いを自由に出入り出来る。

 だから上段の優位な遠い間合いでの打ち合いは、絶対にやらせない。


 私の踏み込みに合わせての振り下ろし。それがジンに出来る唯一の攻撃。

 彼がタイミングを誤ればそこで終わりだし、来ると分かっていれば私がその振り下ろしを捌くのは簡単。

 隙だらけのジンを叩いて終わり。


 ……彼が上段で構える限り、私の負けは無い。



 思わず口元が緩んでしまう。



 フフフ……ベッドの上で、彼はどんな風に鳴くのだろうか?

 きっと前に涙を流してたように、可愛い声で鳴くに違いない。


 ああ、セイナだけ楽しんでいてズルい。私も早く楽しみたいのに!


 邪魔が無ければ一晩でも二晩でも楽しんで……


「……いいから早く、かかって来いよ」


 ジンの生意気な一言で妄想が遮られる。

 私は彼を睨みつけて、深く息を吐いた。


 下僕の癖に……最初は躾から始めないといけないようね。


「ふぅ…………覚悟、しなさい」


 告げ終わると同時に地面を強く蹴った。

 アジリティーゲインの効果でありえないほど速く景色が流れる。

 彼の死角に回り込みながら、私も上段を構え、踏み込む。

 見えていない癖に、私の面打ちに反応して動いている。


 ほんと、厄介な加護ね。


 でも、遅い。


 彼の防御よりも、私の振り下ろしの方が一瞬早く決まる。

 あいつは対応するタイミングを誤った。



 もらっ…………え?



 頭を捉えたと確信したが、腕が動かなかった。

 ガランという音と共に、ジンの木刀が地面に転がる。


 彼は木刀を手放し、私の振り下ろしよりも速く、私の手を掴んでいた。



 これは……無刀取り!?


「……なッ!?」


 素手で十分とでも言うのか!?

 舐めた真似を!!!


「……離せ!!!」


 ジンは私の木刀を奪おうと強く引き寄せる。私の腕力では逆らえなかった。

 身体ごと引き寄せられる。


 それでも武器を取られる訳にはいかない。


 意地になって強く引くがダメだ。単純な力勝負ではなく、力を上げる補助魔法を唱えるしかない。


 だけど次の瞬間、今度は急に逆に押された。


 意表を突かれ、重心を完全に崩された。

 踏ん張りがきかない。


 そして彼に足払いを入れられる。


「きゃ!?」


 足払いは綺麗に決まり、私は宙に浮いた。


 背中から落ちる!


 反射的に情けない悲鳴をあげ、身を強張らせて目を瞑った。




 …………?




 不思議と背中に衝撃は来なかった。

 ゆっくり目を開く。


 私はジンに抱かれている状態で勝敗は明らかだった。

 完全に手玉に取られてしまった。


 見上げる形で彼と目が合う。彼の顔は痛々しく腫れ上がっているが、視線は鋭く……カッコいい。


 こういうのも……悪くないな。


「私の……負けね」


「ああ、僕の勝ちだ」


 握りしめていた木刀を手放して、彼の首に腕を回して抱きつく。

 少しだけ彼の汗の匂いがする。


「ちょ!?」


 慌てる仕草が可愛い。


「顔、治してあげるから動かないで」


 私は上級の治癒魔法ハイヒーリングを唱え、彼の顔を治療した。

 膨れた顔は私の好きな造形になっていく。


 いや、髪を後ろに流すオールバック姿が凄くいい。


 はぁ……このまま、ずっと見ていたい。


「……カヨさん?」


「ほら、あなたの勝ちよ。私のことを好きにしていいのよ?」


 彼は私をお姫様抱っこしたまま動かない。

 頬を撫で、少し誘ってみた。


「私、何処にお持ち帰りされちゃうのかな?」


「おい! 正気に戻れ!」


「フフ、何を言ってるの? あなたが私を狂わせてる癖に……」


「……クソ!」


 いいわぁ……焦るジンの横顔。うっとりしちゃう。


 しばらく見つめたあと、ジンは誘惑に負けたのか私を抱えたまま森の中へ走り出した。


「何処にエスコートしてくれるのかしら?」


「……」


 抱かれたまま見上げる私をチラチラと見ながら、彼は無言で駆けて行く。


 ああそっか、流石にフリッツの前じゃ恥ずかしいのね。

 私は気にしないのに。


 いつかの様に彼の胸板を撫でる。最近鍛えてるからか、前触った時よりも逞しくなっている気がした。


「ちょ!? やめろ!」


「いいじゃない、減るもんじゃないし」


「クッ!」


 少し走った後、薄暗い森の中で止まった。少し開けていて足場も悪くなさそうだ。

 静寂の中で川のせせらぎと彼の息遣いだけが聞こえる。

 街からも街道からも離れているので、人目にはつかないだろう。

 好きなだけ大きな声を出してもいい。


 私達はここで今から……


「カヨ、本当に何をしてもいいんだな?」


「ええ、もちろんよ」


 どんな事、されちゃうのかな。

 ああ……あぁ!!


 最初は口から?それともいきなり……


 彼は少し屈みながら、私を引き寄せる。

 そして腕に力を込めて顔を近づけてきた。


 フフ、分かってるじゃない。

 やっぱり最初は口からね。


「そうか……ごめん!!」


 彼は一言謝り、私を思い切り放り投げた。


「……へ?」


 不自然に長い浮遊感。下は地面ではなく、川だった。



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