第055話 ルール無用

 翌朝、僕の左目はまだ開かなかった。

 一晩リジェネイトリングを装備して寝ても、ダメだった。リジェネイトの回復効果はあくまでも外傷裂傷のみ。内部的な傷は上級回復魔法のハイリジェネイションでなければならないようだ。

 当然、僕はそんな魔法使えない。


「ひどい顔ね」


 可愛がってくれた本人は、木刀を構えていた。

 早朝、僕らは街の外の訓練所にいた。朝から非常にスリリングな展開だ。


「左目が開かないし、勝負の前に治して欲しいんだけど……」


 僕はチラリと審判役のフリッツを見る。

「お前ら昨日、何やってたんだ」って顔をしていた。

 だが、僕は出来る限り訴える目をした。彼ならきっと分かってくれるはずだ。


「はぁ……そうだな、まずは治癒魔法を……」


「これは万全じゃない状態で戦う訓練よ」


「……なるほど!素晴らしい!」


 何を言ってるんだフリッツ、素晴らしくねぇよ。


「僕だけハンデはおかしいでしょ!」


「……っち!うっさいわね。 いいわよ、誰かに治療してもらっても」


「じゃあちょっと診療所まで……」


 こんな朝早くから、診療所ってやってるのかな?


「背を見せた瞬間、ぶっ叩くから」


 ……僕は診療所に行こうとしたら、診療所送りになるのか……


「実戦で敵は待ってくれないからな」


 カヨの言い分に納得するフリッツ。

 フリッツさん、訓練の事になると貴方もちょっとまともじゃないですね。


「諦めてさっさと構えなさい」


 どうして……こんな事に……


 誰も味方はいない。

 片目が塞がれている絶望的な状況で、僕は木刀を構えた。


「始め!」


 訓練馬鹿の号令で試合という名の『可愛がりスペシャルコース』が始まってしまった。



 開始と同時にカヨはニヤリと笑った。


 そして僕は胸の奥に猛烈な違和感を覚える。


 これは……【僕を愛する者の人間性を狂わせる呪い】!?

 まさかこんな場面で!?


 すぐに試合を止め……


 焦る僕を余所に、彼女は既に視界から消えた。

 加護の力が死角からの攻撃を知らせる。


「ウッ!?」


 --ガッ!!


 左側側面からの面打ちをなんとか受け流す。加護が危険を伝えなければ、完全に決まっていただろう。


「フフ、次も見えないとこから攻めるから……」


「ちょっと待て!」


 カヨは僕の耳元で囁いた。酷く蠱惑的で嘲笑うような口調。間違いない、【呪い】が発動している。

 僕は一旦距離を離して向き直って、試合を止めようとした。


「今、【呪い】が……!」


「そんなの、どうだっていいでしょう?」


 そして彼女は笑いながら、打ち込みを続けてきた。

 僕は受けるだけで精一杯。万全の状態でも引き分けだったんだ、こうなるとのは目に見えてる。


「あれ? あなたの予知ってもしかして、攻撃の強弱が分からないの? 軽く打ち込んでも必死に防いでるわね」


「ッ……!?」


 そう、これはカヨに内緒にしていた事だ。

 強烈な殺意や威力があれば分かるが、木刀の打ち込みの強弱程度は判断はできない。


 本来は目で見て判断する所だが、今はできない。


 彼女は軽く素早い質の攻撃に切り替えてきた。

 しかし、時折本気でくる打ち込みを下手に受ければ負けてしまう。

 故に小手先の軽い攻撃も力を入れて受けるか、しっかりとかわすしかない。


「やっぱり分からないみたいね。そのビクついて必死に受ける様、とっても可愛いわ……ほらほら、ここが弱いの?」


「クッ!」


 彼女は攻撃の度に身をこわばらせる僕を弄んでいる。

 そして時間が進むにつれて、弱点が露見する。

 ちなみに僕の弱点は左後頭部と背面下段らしい。


 ……もっとも、そんな場所が強い人間なんて居ないだろうけど。


「私ね、セイナが昨日やってたお持ち帰り。私もやってみたいの。いいでしょ?」


「ダメです!」


 フフっと笑い、カヨは大きく距離を取った。

 手を突き出し魔法を詠唱する。


「水よ集え大河のごとく。清流よ押し流せ……」


「おい!攻撃魔法は……!」


 この詠唱は水の中級魔法!?

 ルールは前回同様に攻撃魔法は禁止にしている。


「……クリアストリーム!」


 彼女はお構い無しに詠唱を完成させる。


 手の先の歪んだ空間から、水が吹き出してきた。

 この魔法は水を噴射し続ける魔法。


 僕は横に動くも、避けた方向に薙ぎ払われる。

 噴流に直撃して吹き飛ばされた。

 全身に痛みが走る。


「がはァ……いってぇ……反則だろ」


 僕は審判であるフリッツを見て訴えかける。

 慌ててフリッツはカヨに制止をかけ、問いただした。


「おいカヨ、攻撃魔法は禁止じゃなかったのか?」


「でも、こっちの方が実戦的でしょ」


「実戦的……なるほど、それもそうだな」


「いやいやいやいや!」


 ダメだ、この人もやっぱりちょっとおかしい。

 僕はとても残念だよフリッツさん!


 カヨは狂気的な目でこちらを見下し、舌舐めずりしながら口を開く。


「そろそろ、決めようかしら……安心して、起きたらちゃんとベッドの上よ」


 ベッドの上でどんなスペシャルコースがまっているのか、ちょっと興味が……いや、かなり興味がある。

 でも最後は絶対、ロクな事にはならない。それだけは確信できる。

 よって全力で拒否だ。


 ただ、全く好転しないこの状況、もはや捨て身で山を張るしかないだろう。


 僕は濡れて邪魔な前髪をかき上げ、後ろに流す。


 そして覚悟を決め、ゆっくりと木刀を高く掲げた。

 防御を捨てた、上段の構え。


「見るからに不慣れな大上段ね。私をナメてるの?」


 大上段なんて殆どやった事ない。不慣れで当然だ。

 でもこの構えで誘うしか、勝ち筋が思い浮かばなかった。

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