第053話 湯浴み着

「なんか着てるって、普通は風呂入る時に湯浴み着を着るだろ」


「えぇ!? この辺じゃそうなんですか?」


「お前の国じゃ違うのか?」


「僕の国では裸なんですが……」


「そりゃ一人で入る時だけだな」


 な、何という事だ・・・クソ!クソクソクソ!!

 ちくしょう!

 僕の努力は一体なんだったんだ……。

 あの魔法を習得するのに何回もぶっ倒れたというのに、あんまりだ!


「おい、それよりさっきの魔法、もう一回やってくれよ」


「……相手は服を着てるんですよ。そんなもん見ても仕方ないでしょ」


「バカだなお前。それがいいんだよ。湯浴み着って結構透けるんだぜ? 」


「……何……だと?」


 確かに言われてみれば、かなり薄い生地だったような気がする。

 ならば凝視すれば見えてしまうという事か。


 ……それはそれでエロい。間違いく『アリ』だ!


 だが一つ、問題があった。



「この魔法は後一回しか使えません。師匠に使うと、僕はもう覗けないでしょう。でも今日は師匠に譲ります。いつもお世話になっていますからね」


「……ジン、お前……俺はいい弟子を持ったよ」


「また今度、一緒に覗きに行きましょう」


 僕の中で、本当にロクでもない事を口走った自覚はある。


 だが今日はニールとセイナ労う日なのだ。

 だから僕はニールに奉仕をしよう。


「師匠行きますよ。2秒位しか持ちません。詠唱したらすぐに顔を突っ込んでください」


 ニールは僕を見て、コクリと頷く。


 先程と同じように、板に手を当てて集中する。


「極限の大、極限の小、断りの果てに跳躍せよ!クアンタマイズ!」


 魔法が発動すると同時に僕の視界が揺れる。

 マジックマスター ジンの最後の魔法だ。


 すかさずニールが首を突っ込んだ。

 彼は今、数俊だけのパラダイスを堪能しているはずだ。



「ヒィ!?」



 衝立の向こうからセイナが悲鳴をあげた。

 そしてニールも慌てて首を引っ込める。


「ヤバい!セイナと目が合った!」


「えぇ!?」


 衝立の向こうからカヨ達の声が聞こえる。


「どうしたの?」


「い、今、そこにニールの顔が……」


「何ですって!?」


 バシャ!っと何かが湯船から上がる水音がした。


 何か……それは語るまでもなく……。


 戦慄が走る。

 ヤバいってレベルじゃねぇぞ!


「に、逃げるぞ!」


 ニールは僕を置いて逃げようとした。

 だが足を怪我しているのを忘れてか、彼はコケてしまった。


 ---ガシャン!


「いってぇーーー!!!」


 ニールは来る時に避けたトラバサミに手を挟まれた。

 深々と鋼の歯が食い込んでいる。


 ---ガシャン!


「ぎゃあああぁぁ!!」


 その罠を外そうとして、今度は別の罠に足を挟まれる。




 ……あいつはもうダメだ。



 僕はニールに見切りを付けて、別方向に歩こうとした。

 だが魔気切れを起こしている為、フラフラだった。

 もはや歩くどころか、立つのも難しい状態だ。


 産まれたての子鹿よりも拙い足取り。



 ヒタ……ヒタ……ヒタ……



 そして聞こえる。後ろから僕をゆっくりと追ってくる足音。

 逃げれない、だが怖くて振り向く事も出来ない。



 ……ヒタ…………ヒタ…………



 背後で足音が止まった。

 僕はもう……



 ドゴっ!



 背中に衝撃が走り、前のめりに転げる。

 恐らく蹴り飛ばされたのだろう。


 咄嗟に地面に手をついたはずだが、ズボっと手が埋まる。


「うおおおお!?」


 一瞬だけの浮遊感。そして衝撃。転げた先には落とし穴があった。

 受け身も取れず、頭から突っ込む。


 そしてその穴の底には……何故か、くくり罠が設置してあった。


 僕は縄に足を取られ、今度は逆さ釣りになる。

 落とし穴で落とした後、くくり罠で吊るす。

 絶対に逃がさない強い意志の表れだろう。


 足首に巻き付いた縄を外そうとした所で、手が止まる。


 目の前には髪の長い少女がいた。

 よく知る幼馴染だ。


 ただ、その目は驚くほど冷たく、感情が全く読めなかった。


 ふむ、なるほど、湯浴み着はかなり透けている。

 濡れた薄く白い生地はぴったりと貼り付いて、体のラインを浮き彫りにしている。

 この距離なら目を凝らさずとも、膨よかな胸の頂点に……



 ーーッゴ!



 僕の顔面にカヨの拳がめり込んだ。


「……何してるの?」


 ーードゴッ!右テンプルにフックが刺さる。


「罠に掛かっています」


「そうなんだ」


 ーードスッ!左眼に正拳突き。


「この罠、いつ仕掛けたんですか?」


「あなたが大工してる時よ。気が付かなかった?」


 なるほど、僕は確かに大工に夢中になっ……


 ーーバチン!右頬をぶたれる。


「……カヨさん」


「何?」


 ーーバチン!次は左頬。


「あの……ごめんなさい」


「よく聞こえなかった。何?」


 ドゴッ、ガスッ……


「ごめんな、ひゃい」


 逆さ釣りなんてされた事ないので知らなかった。

 頭に血が上ってるから、この状態で殴られると一瞬で顔が腫れ上がるんだな……


 もう全く瞼が開かない。



「ぎゃァァァァァ!!」



 ニールの悲鳴が聞こえ、カヨの攻撃が止まる。


「ニール、どうして覗きなんてするんですか!? 私の裸なんていつでも観れるでしょう!? カヨを!! カヨを覗きに来たんでしょう!?」


「ち、ちがぁぁ!!イギィィィ!!??」


「違う? 違わないでしょう!?」


 僕同様に、ニールもセイナに捕まってしまったようだ。

 あっちもあっちで、始まっている。


 僕の目はもう開かない為、どういう状況かわからない。


「師匠は……どうなってるんですか?」


「セイナにナイフで腕を刺されてるわ」


「ヒィ!?」


「うわ……すっごいグリグリされてる」


 ニールの悲鳴は途切れない。


「ほらニール! あの時みたいに刺されながら愛してるって言ってくださいよ!」


「あ! 愛しィィィギャァァ!!!オオォォォォ!?ヤ、ヤメェ!!」


「もっとハッキリィ!!」


「あ、あいァァァァァ!?」



 これは……目が見えなくて逆に良かったかもしれない。



「ジン、あなたもあっちがいい?」


「カ、カヨさんがいいです」


 ーードゴッ!


「はい、言い方を考えよ?」


「な、なんて言えば……?」


 ーーバチン!!!


「お願いするんでしょ?」


 ーーバチン!バチン!!


「カヨさん辞めてください、お願いします」


「違う」


 ーーゴッ!


「……死なない程度で、お願いします」


「よろしい」


 カヨの指がボキボキと鳴る音が聞こえた。

 あ、これから始まるんだ……。


「可愛がってあげるわ」


「……」


 しばらく可愛がられた後、暗闇の中で僕は気を失った。

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