第052話 マジックマスター
ニヤケた顔のニール。多分僕も同じような顔をしているだろう。
ムフフフフ。
触手はコレジャナイ感がかなりあったが、今回はハズレないだろう。
ムフ、ムフフフフ。
しばらく歩くとニールが突然真顔になり、ピタリと止まった。
「……おいジン、なんか罠があるぞ」
彼が指をさす方にはロープが張ってあり、先には木の板……鳴子が括られていた。
「え!? ほんとだ、こんな所に鳴子が……アイツいつの間に」
さっき来た時、こんな罠は無かった。間違いなくカヨが仕掛けたものだ。
何という用心深さだ…………。
しかしニールも僕も斥候であり、山で猟もしている。
こんな素人が仕掛けた目立つ罠に引っかかる訳がない。
ニールは悠々とロープを跨いで越えた。
ーーガシャン!
次の瞬間、彼の右足はトラバサミに捕まっていた。
この仕掛け方には覚えがある。僕のスキルブックに書いてあった『対人用の二重トラップ』だ。
ワザと目立つ罠を仕掛けて、その先に本命を隠す陰湿な罠。
「いっっンーーー!!」
僕は慌ててニールの口を塞いで悲鳴を殺す。
今、ここで見つかる訳にはいかない。色々と。
「師匠、我慢してください! 今罠を解除します!」
ニールは涙目になりながら、コクコクと頷いた。
……………………
トラバサミは何とか解除出来たが、かなり強力なものだった。恐らく猛獣用だろう。
かなり深く肉を抉られていた。ニールは自身に治癒の下級魔法を使うが完治とまではいかない。
「引き返しますか? 僕は一人でも行きますけど」
「いいや、問題ない」
ニールはニヤリと笑うが、脂汗を浮かべている。それに明らかに足を引きずっていた。
そこまでして見たいのか。さすが師匠だ、逆に尊敬する。
僕は彼に肩を貸した。
その後もカヨの仕掛けた罠が、僕らを歓迎していた。
彼女の罠は量も質もあり、とても短時間で仕掛けたとは思えなかった。
ニールが罠の痕跡を見つけてくれなければ、僕は今頃逆さ釣りになっていただろう。
数々罠を超え、師弟の絆は最高に高まっていたと思う。
そしてついに、衝立に囲まれた風呂場が見えた。
最後の罠は見え透いたトラバサミ。その脇には不自然に枯れ葉が積まれていた。
枯葉を払うと、中には……複数のトラバサミが……。
あの女、どんだけトラバサミが好きなんだよ。
僕らはその罠を慎重に避け、ついに衝立の裏側に着いた。
水音と彼女らの楽しそうな話し声が聞こえてくる。
「……そう言えば、カヨの胸、大きいですね」
「わ!何するのよ!セイナ……!」
ムフ、ムフフフフフ
これだ……僕はこれを望んでいたんだ!
……………………
ニールは衝立に張り付いて覗き穴を探していた。
「おいジン、これどこから覗くんだ?」
「チェックが厳しくてですね、穴は全て塞がれてしまいました」
「じゃあ新しく穴をあけるか」
そう言ってニールは錐を取り出した。手慣れてるな師匠。
だが、板に穴を開けようとするものの、その錐は殆ど刺さらない。
「どうなってんだ? この板、メチャクチャ硬いぞ」
「そう言えばカヨが仕上げに硬化魔法だかをかけていましたね……」
監督の対策はバッチリだった。
硬化魔法がいつまで続くか分からないが、少なくとも風呂上りの方が早いだろう。
「屋根が付いてて上から見えないし、こりゃもう対岸に行くしかないぞ」
ニールはがっくりと肩を落とす。
しかし、僕には秘策があった。
少し前、カヨの全魔法が記載してあるスキルブックを読破した。
今の僕はマジックマスター ジン=クリスなのだ。
もっとも、実際に発動できる魔法は数種類だが……
ただその中で、運良く無限の可能性を秘めた魔法を見出していた。
ここ数日、その魔法を血の滲むよう努力の末に習得できたのだ。
今日この日、この瞬間の為に!
「僕にいい考えがあります」
「ん?」
「まあ見てて下さい」
僕は衝立に手を当てて、全魔力を集中させる。
今から発動させるのは高度な古代魔法の一種。原理を理解するのが非常に難しい。
だが必要な魔力も使用する魔気も少ない。
一瞬、小範囲ならば僕でも発動する事が出来た。
「極限の小、極限の大、理の果てに跳躍せよ。クアンタマイズ!」
以前カヨが宿屋のセキュリティを破壊して僕のプライバシーを侵害した魔法だ。
『薄い壁をすり抜ける魔法』
原理的には魔法で物質を高次元化させ、干渉を極限まで小さくして原子の間を抜けるというもの。
うん、よく分からん。よく分からんが素晴らしい、これこそ本当の魔法だ。ただ火を出すだけなんて原始人でもできたこと。
僕はクランタマイズの発動を確認して、即座に顔を突っ込んだ。
その先で見えた光景は……パラダイスだった。
白い湯気が立ち上る湯船に、髪の長い若い女性が二人。
一人はスラリと美しい肢体をした、よく知る黒髪の少女。
もう一人は優しい笑顔と、女性らしい膨よかな身体付きの女性。
ゆったりと流れる川辺をバックに、美しい女性二人は裸……ではなかった。
……あれ?……なんか着てる。
凝視した所で視界がグラりと揺れた。
悔しいが時間切れだ。僕の魔力では2、3秒程度しか維持をできない。
僕は突っ込んだ首を戻してドカリと地面に座った。
「グッ……ハァ!ハァ!」
「ジン、お前は凄い奴だよ。こんな魔法見たことねぇよ……」
ニールはこの魔法を見て、若干引きながらも感動していた。
だが、今はそれどころではない。
「師匠……あいつら、なんか着て風呂に入ってる」
悔しくて……涙が出そうだった。
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