第051話 当初の目標

 ここ10日ほどは忠告通り、カヨはなるべく街の近郊で生活していた。

 僕も彼女から離れて活動するのはまずいと思い、ギルド横の食堂でウェイターとして雇ってもらった。

 ファミレスでバイトしていた経験が活きて、苦もなく職場適応できた。

 その事をカヨに言うと「猟師を辞めてウェイターとして生きればいい、その方が安定している」と言われてしまった。

 人の人生を勝手に決めないでほしい。そもそも猟師に就職していない。


 今日もカヨの仕事が終わる時間に合わせ、僕も仕事を上げて迎えに行った。

 夕闇に染まる診療所。あの日の事を思い出して、気分が少し暗くなる。

 僕の胸には見えない棘が、今も深く刺さっている。


 そんな簡単に忘れられない……いや、忘れてはいけないよな……。

 この先、元の世界に帰ったとしても……。


 僕が到着した時、丁度セイナとカヨが明るい声で話しながら診療所から出てきた。

 僕の暗い気持ちは、幾分か和らいでいく。


「あ、そうそうセイナ! ついに買ったのよ!」


「何を買ったのですか?」


「シャワーよシャワー!」


「そういえばお風呂がどうとか言ってましたね」


 彼女は念願の魔道具シャワーを購入したようだ。

 水道無しでお湯が出る素晴らしい一品。あの手作り露天風呂にシャワーがあれば確かに完璧だ。


 ちなみに時期を同じくして、ダリル工房で拵えた僕の借金も完済した。

 今は王都行きの旅費を貯めているが、ウェイターの稼ぎではしばらくかかりそうだ。


 カヨは僕に気付いたようで、手を振ってこちらに来た。


「ジン!露天風呂作り、手伝うわよね?」


「……川辺に風呂釜を掘るなら、カヨが魔法で吹き飛ばせば1発だろ?」


「シャワーを設置するのに衝立が必要でしょ? 後は屋根とかベンチとか……」


「待て待て、そんな本格的な大工は……」


 それを聞いたカヨはムッとした顔でこちらに近付き、耳打ちをした。


「セイナ、ああ見えて落ち込んでるのよ」


 落ち込んでる原因かは恐らく、元パーティーメンバーの事だろう。

 最近、ニールも少し暗い時があるな……。


 何だかんだで彼等には相当世話になっている。

 こういう形でも喜んで貰えるなら有りだろうなぁ。


 …………ムフ、ムフフ、ンムフフフフ…………。


「分かった、手伝うよ」


「決まりね!早速明日からやるわよ!」


 カヨは手を叩いて喜んでいた。


 ムフフフフ。




 ………………





 翌朝、僕とカヨは荷車に木材やら大工道具を乗せて川の上流に向かった。

 僕はこの辺を狩りで歩き回っていたので、ある程度目星をつけていた。

 少し森に入った場所で、街道から程よく近くて人目にも付かないが、少し開けている川辺。まさに絶好のポジション。


「ここなんかどうだ? 街道からも程よく近くて広いだろ?」


「良いわねぇ、ここにしましょう」


 カヨは風の魔法で河原の石を吹き飛ばし、かなり大きくて深い風呂釜を作っていた。

 大きな石を持ってきたり、割ったりして風呂釜の体裁を整えている。

 彼女はパワーゲインという補助魔法を使っているのだが、明らかに僕よりも力があった。

 素手で石を叩き割る少女。よし、見なかった事にしよう。


 その横で僕はトンカチとノコギリを使って衝立や屋根を作っていた。作業を始めてみると、思いの外楽しい。

 当然、風呂を囲う衝立にはちゃんと覗き穴を……


「ここ、穴が空いてるから埋めておいて」


 監督から厳しいチェックが入る。手抜き工事は許さないようだ。


 燦々と輝く太陽がほぼ天辺に見える。腹のすき具合から言っても昼頃だと思う。

 監督の指示通りの物が完成した時、僕は汗だくになっていた。


「親方!終わりました!」


「誰が親方よ!……まあ、上手くできたんじゃない? あなた大工になれば?」


「……」


 この世界でも職業選択の自由はあるはずだ、多分。


 しかし、自分で言うのも何だけど、結構上手くできたと思う。

 最後の方は無駄にこだわって手すりを付けたり、ヤスリ掛けをやっていた。

 僕、結構凝り性なのかもしれない。


 カヨの方も大きな浴槽を完成させていた。4、5人は足を伸ばして入っても大丈夫だろう。


「じゃあ戻って昼にしようか」


「ええそうね。その後、早速セイナを誘って入りに来るわ。私も汗掻いちゃったし」


「ちなみに混浴ですか?」


「……この辺の葬式は遺灰を川に流すそうね。手早くすみそうで助かるわ」


「あ、何でも無いです」




 ……………………




 僕らは昼食とった後、別々に行動した。

 カヨは再三再四覗きに来るなよ、と言っていたが……。


「覗いてくれって事だよな」


「ええ、間違いありませんね」


 僕はニールと合流していた。


 細心の注意を払い、彼女ら後を尾行する。

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