第049話 最下層での出会い

 コツコツと響く音は魔物ではなく、皮靴の音だろう。数は4人か5人。

 先程と同じようにフィラカスの集団だと非常にまずい。

 固唾を呑んで音の方に集中する。


 足音の主は広間の入り口で一度立ち止まり、隠れている僕らに語りかけてきた。


「そう警戒するな。 我々は敵じゃない」


 先頭には大剣を背負った短い金髪の青年が、堂々とした態度で歩み寄ってくる。

 長身で青年の表情は柔らかいが、非常に鋭い視線をこちらに向ける。

 後ろには冒険者の風貌をした女性が二人と、浅黒い肌をした長髪のエルフ……ディアスがいた。


 見知った顔があり、僕は一息ついた。

 フリッツは一応警戒を解かず、少し体を出して盾を構えながら尋ねる。


「ディアスさん、今日明日は他のパーティが最下層までくる予定が無かったはず。なぜここに?」


「ラージエイプと帝国の件で急遽、王都から調査員が来ましてね。その道案内です」


「そうですか……」


 フリッツは盾を下ろして手を上げる。

 皆、ほっとした様子で警戒を解き、柱の陰から身を出した。


「所で……随分と疲弊してますね。また赤いラージエイプが出ましたか?」


「いえ、そうではなく、先程までフィラカスと戦闘していたので」


「フィラカスですか……先日、私が調査した時はそんな形跡ありませんでしたが……」


 フリッツはディアスにフィラカスとの戦闘と、元パーティーメンバーがいた事、帝国のギアの事を説明した。



 その間、大剣を背負った青年はジッとカヨを見ていた。

 僕は間に割って入り、青年に尋ねる。


「どうかしましたか?」


「……我々は帝国の調査の他に、黒髪に黒い瞳の若い女剣士を探していてね……」


 そこまで聞いて、僕は刀に手をかけて腰を落とした。


「何故?」


「答える気はない」


 青年は不敵な笑みを浮かべ、背負っている大剣に手を伸ばす。


 明確な敵対行動。

 僕は迷う事なく、踏み込むと同時に鯉口を切った。


 が、刀が動かなかった。


 僕よりも速く、深い踏み込み。青年は僕の刀の柄を片手で止めていた。

 そして残る手で、背中の大剣を引き抜き、振り下ろす。


「……ッ!?」


 ま、まずい! 避けきれな……!


「ハァッ!」


 背後から聞こえた掛け声と共に、ガリガリと嫌な金属音を立てて頭上で大剣が受け流される。


 カヨが僕の後ろから割り込み、刀で防御してくれていた。


 青年は一度距離を取り、下がる。そこにすかさず、僕は追撃で刀を振る。


「おっと」


 だが勢いが無い為、簡単にいなされてしまう。


 後ろではニールが弓を引き絞る音が聞こえた。


 彼はだらりと大剣を下ろした。


「ククッ、どっちも悪くない動きだ」


 余裕を崩さず、感心した表情で今の攻防を褒める。


「スウェン様。悪ふざけはやめてください」


 青年の後ろにいる女性の一人が制止をかける。


「そこの女性が目的の女じゃない事は、スウェン様もわかっていたでしょう?」


「面白そうだったからな、ちょっとからかっただけだ」


 そう言ってスウェンと呼ばれた青年は大剣を納めた。


「それにシェラよ、先に抜いたのはあっちだぞ」


「先に挑発したのはスウェン様です」


 あちらはもう戦う気が無いのか、背を見せている。だが僕もカヨも刀を抜いたまま警戒していた。

 その様子を見てスウェンは肩をすくめ、おどけてみせた。


「おやおや、嫌われてしまったか? 言っとくが、私は剣を止める気だったぞ?」


「ハッ、どうだか」


 カヨは悪態ついてスウェンを睨みつけている。



 ーーガラガラ!



 今度は別方向の入り口の鳴子が鳴り、ラージエイプの群れがゾロゾロを大広間に入ってきた。


「クソ、次から次に……!」


 焦る僕に向けて、スウェンが口を開く。


「まあ待て、我々が敵じゃ無い証拠にコイツらを処理してやる。お前らはそこで見てろ」


 そう言って彼は単身で魔物の群れに向かって歩き、ど真ん中で悠々と大剣を引き抜いた。


「なっ!?」


 どう見ても自殺行為だ。


 ラージエイプの一匹がスウェンに向けて投石をする。

 それを大剣で弾いた……と、思った瞬間、彼は動き出した。


 一番近い魔物に詰めて、切り裂く。単純にそれだけ。

 小技など使うまでもなく、正面から最短で詰めて薙ぎ払っていった。


 全てがとてつもなく速く、かつ力強い。


 強力な大剣一撃は、ラージエイプの防御を軽々とぶち抜いて胴を両断していく。


 圧倒的な身体能力……本当に人間の力なんだろうか?




 …………




 一瞬で魔物は全滅した。彼は返り血すら殆ど浴びていない。

 青年は息すら上げず、敵を処理して戻ってくる。


「これで信じて貰えたかな?」


「……」


 僕は肯定も否定もしなかった。


「分からのないか? 私はお前を殺そうと思えば簡単に殺せる」


「でも、殺さないから敵じゃ無いと?」


「その通り」


「……」


 事実、そうなのだろう。さっきの一合、スウェンが本気で打ち込めば……多分僕は死ぬか重症だった。


 ただ、あんな事をされれば心証は最悪だ。


「やめろジン。この人は上級のギルド員で、国王勅命の調査に来ている」


 フリッツに止められるが、僕はスウェンから目を離さなかった。

 国王の勅命なんぞ僕の知ったことでは……


「いい加減に……しろ!」


 ーーゴッ!


「ッォブ!?」


 後頭部にカヨの強めのチョップを食らう。


「何を柄にも無く熱くなってるのよ」


「そ、それは……」


「もちろん『僕の可愛いカヨを狙ってる奴がいたから』ですよね

 ?」


 この状況で煽ってくるセイナ。


「違う!何を言ってるんですか!」


「へぇ、違うのか」


 ニヤニヤしながら煽るニール。

 こいつ、もう一回粘液まみれにするか。


「ぐ、ぐぬぬ……」


「……違うの?」


 少し悲しそうな表情を作り、こちらを見るカヨさん。

 今そういう話をする場面じゃないでしょ!


「そいつは悪かったな。安心しろ、私は女に困っていない」


 スウェンまで煽ってきた。

 よく見るとコイツも悔しいくらいイケメンだ。それに上級ギルド員は王都でモテモテってフィーナが言ってたな。


 僕は毒気を抜かれ、脱力した。

 深くため息をついてイラついた気分を飲み込む。


「すいません、少し熱くなりました」


「気にするな。それにこっちは面白かったからな」


 彼は不敵な笑みを崩さなかった。これがイケメン強者の余裕という奴なのか。


 落ち着いたところで、フリッツは僕らのパーティメンバーを簡単に紹介する。

 彼らも何かの縁だと言って自己紹介を返してきた。


「さっきもディアスが言っていたが、私はスウェン。シェラと共に王都から調査で来た」


「どうも」


 シェラと呼ばれた女性はフードを取り、抑揚のない返事で簡単に会釈をする。短い金髪で無気力な感じの小柄な女性だった。

 ローブ姿に杖を携えているので魔法使いか神官あたりだろう。


「奥の方は?」


「……私はラスタ。この辺りの村に住んでいて、現地ガイドをしてます」


 ラスタの方は赤い癖っ毛の女性で軽装に短剣という装備だった。

 ガイドと名乗っているので、戦闘は最低限なのかもしれない。



 僕らが迷宮から引き上げようとした時に、ディアスから引き止められる。彼らの調査が終わるまでの数刻、待ってほしいらしい。

 僕は難色を示したが、帰路は彼らが先行して安全を確保するとの事だ。


 確かに、僕らは激しい戦闘で消耗していた。そちらの方が安全だ。

 ディアスの提案を飲み、スウェン達と一緒に迷宮を引き上げ、街に戻った。


 ただ別れ際に一言、ディアスは言った。「彼らには気をつけた方がいい」と……

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