第048話 リンカーネイション

 抱き合って動かない二人を見ていたカヨが、武器を納めてこちらに来た。


「ねえジン、これで私は……リゲルを殺した事になるかな?」

「いや……彼等はもう、死んでたよ」

「うん、頭では分かってる」


 彼女の物悲しげな表情に、僕の胸が締め付けられる。


「やらないと、こっちがやられてた」

「それも分かってる。 でも結構、キツイね……生きてる人間みたいに喋ってたし……前に私が殺した事にするって言ったから、バチが当たったのかな」

「カヨ……それは……」


 彼女に歩み寄ろうとした時、突然左腕に痛みが走り、顔をしかめる。


「いッ!」


 痛みがぶり返して来たようだ。

 攻撃を受けた場所、というかほぼ全身が痛い。僕はその場にうずくまってしまう。


「ちょっと! 大丈夫?」

「結構重症みたいだ。余裕があるなら、治癒魔法をかけてほしい」

「だから気を付けてって言ったのに……はぁ、仕方ないわね。 ーーヒーリングライト!」


 彼女は文句を言いながらも、治癒の中級魔法をかけてくれた。

 暖かい光が傷を癒し、痛みが引いていく。


 しばらく治癒魔法を受けると、切り傷も痣も完全に消えた。


「助かったよ、ありがとう」

「治癒魔法なんて……使いたく無いのに」


 カヨはそっぽを向いて呟く。

 僕はその意図を汲み取れなかった。


「え? どういう事?」

「魔法を使うと疲れるから、やたら怪我すんな事よ!」

「いや僕だって怪我をしたくてやってる訳じゃ……」

「ならもっと強くなりなさいよ!」


 何の拍子か知らないが、少しツンツンに戻ってくれた。

 ちょっと理不尽な気がするが、僕にはコレくらいの彼女が心地いい。

 沈んでいる彼女を見るのは辛い。




 ……………………




 治療を終えて仲間の元へ戻ると、セイナが別の骸の前で泣き崩れ、ニールが慰めていた。

 彼もまた、目に涙を浮かべている。フリッツの表情も非常に険しい。

 その骸は長剣を持った金髪の女性で、僕らと同じくらいの年齢だろう。


「知り合いですか?」


 僕はフリッツに尋ねた。

 彼は悲痛な面持ちで口を開く。


「ああ、リリーという名の剣士だ。ジンがこのパーティーに入る前に組んでいた……」



 戦闘が始まった時に、セイナとフリッツで変なやり取りがあったと思う。

 彼らは身内だと分かって戦っていたのか…………。


 セイナは涙拭って、フラフラと立ち上がる。


「ううッ……フリッツ、魔気が戻るまで、少しだけ待ってもらっていいですか? 私の手で還してあげたい……」

「ああ、分かった、休んでいろ。俺は他の遺体を集めておこう」


 彼女はコクリと頷き、覚束ない足取りで天幕に引き上げた。


 残ったメンバーで遺体を並べて、弔う準備をした。

 準備が終わり、みな疲れた顔で黙って焚き火を囲んでいる。


 何故リゲルはここにいたのか、何故帝国のギアを着た女性に拷問の跡があったのか……。

 リリーについても、この街を離れる際に、連れの男性と一緒に王都に行くと言っていたらしい。


 考えても答えが出ない、分からない事だらけだ。



 ……………………



「ジン、起きれる?」

「……ん?」


 カヨの声で目を覚ました。どうやら眠っていたらしい。


 見回すと、並べた遺体を囲む形で皆が立ってる。


「これから彼らを還します。 詠唱は私とカヨで行いますので、祈りだけでもお願いします」


 セイナの言葉に、僕は無言で頷いた。

 フィラカスは魔物と呼ばれているが、倒した後の遺体は消滅しない。

 遺体をそのままにすると、他の魔物に喰われるか、他の魔物になってまた彷徨うと言われている。

 フィラカスとなった者を〝輪廻の輪に還す〟方法は一つだけ。



 二人の女性が両手を広げ、詠唱を始めた。


「魂に業を刻まれ、産まれながら罪を背負う命よ……」


 詠唱の途中だが、遺体が少しずつ白い靄を放ち、透けていく。


「禊きれぬ罰を抱き眠り、そして還れ……リンカーネーション!」


 詠唱が完成した。音もなく一気に遺体が融ける。

 白い靄は淡い光りを伴いながら上に登り、霧散していく。

 儚くも神秘的な情景だった。


 これで彼らは彷徨う事なく、生まれ変わるのだろうか……


 肉体は消え、遺品だけがこの世に残る。


「……さようなら、リリー」


 セイナは小さな声で呟き、彼女の長剣を拾い上げた。



 遺品に身分を記したギルドカード等は見当たらない。僕らは持ち帰れそうな物だけ選び、迷宮から引き上げる準備をしていた。

 ただ帝国のギアだけは全て持ち帰り、ギルドに報告するべきだろう。


「……おい、また何かくるぞ!」


 哨戒していたニールから合図があった。


 今は全員消耗している。魔物が来てもなるべくやり過ごす方針だった。

 僕らは柱の陰に隠れ、様子を伺っている。


 もしもまたフィラカスだと……


 コツコツと複数人の足音が近づいてきた。





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