第047話 最後の語らい
だが次の瞬間、視界が真っ黒になった。
熱も痛みも感じない。
「ジン! 下がれ!」
視界を黒くしたのは、フリッツの影だった。進路に割り込んで、ファイアーピラーを打ち消している。
ちょっとカッコよすぎる。 僕が女だったら、惚れていても不思議ではないシュチュエーションだ。
ただ、下がれと言われても、体が動かない。
「ど……う……え……」
舌も全く回らない。 相当毒が回ってきているようだ。
「フリッツ! 前を抑えろ! 下げて治療する!」
ニールは僕の首根っこを掴んで、後ろに引きずった。雑に投げ捨てられて、セイナの前に転がされる。
ちょっと酷い扱いだったが、誰も余裕がないから仕方ない。
「矢を貰うぞ!」
僕の返事を待たず、矢筒から全ての矢を引き抜いて持って行く。彼の矢は切れていたようだ。
離れた場所には矢が大量に刺さったフィラカスが二匹倒れていた。
「かなり強力な毒を貰ってますね。解毒の上級魔法を使います」
そう言ってセイナは僕に杖をかざした。
目を瞑って集中している。彼女は疲弊してる上、顔に何故か涙の跡があった。
「浄化と聖火の光よ!病を消し、毒を払い、安寧の癒しを与えよ! ハイキュアリング!」
杖が優しく光り、僕は全身に暖かさを感じた。
痺れが消えていく。先ほどまであった体の不調が嘘のようだ。
セイナの表情は少し苦しそうだった。 疲弊状態で高度な上級魔法を使った為だろう。
毒で死に掛けていた時、こんな献身的な癒しを綺麗な女性から受けたら、大抵の男は惚れてしまうだろう。
それどころか天使とか言って崇めるかもしれないレベルだ。
ただ僕は色々と残念な面を知ってしまっている。何よりもニールの恋人だ。
「苦痛にささやかな癒しを! ヒーリング!」
続けざまに治癒魔法を受け、痛みが和らぐ。体を起こし、立ち上がれるレベルまで回復できた。
全身にまだ痛みはあるが、握力は問題ない。
逆にセイナの方はフラフラで、力なくへたり込んだ。
「本格的に魔気が無くなりました。 あとはカヨに治療してもらってください」
「ありがとうございます!」
彼女は無理をしながら、含みのある笑みを浮かべる。
若干、残念な面が滲み出ているが、とても助かった。素直に礼を言って再び前線に向けて駆ける。
…………
戦況は3対3で膠着していた。
「旋風よ吹き飛ばせ! ウインドボルト!」
カヨは強烈な風の魔法で、火柱を吹き飛ばしつつ、けん制をする。
敵のフィラカスは、盾で風の魔法を受け止める。
リゲルも火球を出して、カヨを狙っているがフリッツが割り込んでいた。
攻撃魔法をお互いの盾持ち前衛が受けている形だ。
その合間にニールの矢が後衛に届くが、パンッっという音と共に撃ち落とされている。
リペルシールドが展開され続けている。
「っち!」
ニールの舌打ちが聞こえる。
敵で一番の脅威はあの火柱だ。ニールは先程から、女性の魔法使いを排除しようとしているが、上手くいっていない。
僕も女性の魔法使いを狙う。敵はニールとカヨに注視していて、僕を視界に入れていない。
大回りして側面の柱の影に入れた。
ニールの視線がチラリとこちらに動いた。
「食らえ!」
彼らしくない掛け声に、雑な矢の連射。
僕の目から見たら、明らかに陽動だった。
「――サイレントウォーク」
僕は足音を消す魔法を使い、柱から飛び出した。
女性の魔法使い目掛けて走る。
「火よ集え業火のごとく!その炎は爆炎をーー」
僕が走り出すと同時に、カヨが大声で火の上級魔法を詠唱した。
敵にとっての驚異は、最大火力を持っているカヨだろう。
敵全員の視線が、彼女に向かうのが分かる。
仲間が作ってくれた好機。
女性の魔法使いは、僕の存在に気づいていない。
背後を取り、少し屈んで首切丸に手をかける。
万全の体勢での抜刀斬り。
まずは反撃を封じる為に、火柱を出す右腕のギアを狙った。
鯉口を切った刀身は青い軌跡を残している。刀が敵に触れる瞬間、薄っすらと光の壁が展開された。
しかし、光の壁……リペルシールドは殆ど抵抗無く砕け散った。
刀は深々と右腕に入り、ギアごと斬り落とす。
即座に返す刀で両脚を切っ先で斬りつける。振り返る間もなく、魔法使いはその場に倒れた。
「ああぁ!!ああッ!!!」
叫ぶその姿は、悲愴に満ちていた。
僕は女性にとどめを刺すという行為に、迷いがあった。
だからだろう、首ではなく左肩を狙った。
再展開されたリペルシールドが砕かれ、深々と切っ先が刺さる。
「ぐうぅ!!」
……かえって、苦しめているだけかもしれない。
「エリナ!!」
リゲルの叫ぶ声が聞こえた。
この女性の名前だろうか……。
彼はこちらに手をかざして、魔法を出そうとしていた。
刀を引く抜き、身構える。
「――フレイムエクスプロージョン!」
だが、リゲルの攻撃よりも早く、カヨの詠唱が終わった。
火の上級魔法が放たれる。
今度は逸らされないようにする為か、光の線は敵の足下を狙っていた。
盾を持ったフィラカスは爆風で巻き上げられ、吹き飛ばされる。
近くにいたリゲルも同様に吹き飛ばされていた。
カヨは倒れているリゲルに向かい、刀を振ってもう一度魔法を放つ。
キンッという甲高い音と共に、光の線がリゲルに走る。直撃だった。
リゲルは燃えながら壁に叩きつけられ、動かなくなる。
ニールは鎧を着たフィラカスに、矢を射って追い討ちをかけている。鎧の隙間に何本か刺さっている。
もうピクリとも動いていない。
これで、敵は全て無力化できただろう。
最後にこの女性の魔法使い……いや、フィラカスにとどめを……。
「……首輪を……外して」
…………ダメだ。
僕は人の言葉で懇願する姿を、魔物だと切り捨てることが出来なかった。
戦闘中には無かった葛藤が生まれ、とどめを刺せない。
数旬迷っていると、フリッツが無言でこちらに歩いてきた。
「フリッツ?」
「ジン、下がってろ」
そう言って彼は大きな盾を振り上げ、彼女に向けて思い切り振り下ろす。
ガキン!という金属がぶつかる音がして、フィラカスの首輪が砕ける。
「グッ! ゲホッ!…………ありがとう」
むせ返りながらも彼女は礼を述べ、満足に動かない四肢で這いずっていった。
僕はまだ足掻くのかと身構えるも、それは杞憂だった。
「ああ、リゲル、リゲル……!」
彼女は壁に打ち付けられたリゲルの元まで行き、焼けた骸を抱いて泣きすがっている。
戦う意思が無いのは確かだった。
二人は恋人なのか、家族なのか、友人なのか、僕には分からない。
フィラカスになった者は時間が経つに連れて、生前の意識が曖昧になるという。
彼女の振る舞いは、まだ人のそれに見える。死んで間もないという事だろうか。
程なくして、泣き声が段々と小さくなった。
「……こん、どは……し、あ……に……」
血溜まりの中の、最後の語らい。
彼女はそれっきり、動かなくなる。
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