第045話 死者たちと

 鳴子の音はしたが、仕掛けた出入り口にまだ敵の影は映らない。

 フリッツがメンバーに指示を出す。


「向こうから来るな……柱の影に隠れて奇襲するぞ。カヨは敵が見えたら出入り口に強力な魔法を放ってくれ。 最悪、廊下が崩れても構わない」

「分かった。火の上級魔法を使うわ」

「ニールとセイナは俺の後ろで援護を」

「了解。魔法使いがいればそっちからやる」

「頼む。ジンは孤立した敵を倒していってくれ」

「分かりました」


 素早く左右二手に分かれ、出入り口を挟む形で構えた。


 ーーカツン、カツン


 音が大きくなる。これは恐らく金属のブーツで石畳を歩く音だ。

 その足音は一つではなく、かなりの数聞こえる。

 やがて出入り口から一つ、二つと音の主が現れた。


 フィラカスと呼ばれる魔物。その立ち姿は鎧を着込み、剣と盾を持った冒険者そのものだった。

 だが、肌は生気のない土気色、所々赤黒い筋肉が露出している。ヨダレを垂らして、目は白く濁っていた。


 それは人間“だった”。 そう意識せざるを得ない風貌をしていた。


 隣にいるカヨの表情に、迷いがあるように見える。

 僕は人を殺す辛さを、彼女に知って欲しくない。

 例えそれが魔物となった元人間だったとしても。


「無理、するなよ」

「……大丈夫、やるわ」


 彼女は何かを決意したように呟き、刀を抜いて柱から身を乗り出した。

 僕も静かに息を吐いて、矢筒から矢を二本引き抜く。


 これから、人間だった魔物と殺し合いが始まる。


「火よ集え業火のごとく!ーー」


 せめて、僕が最初に手を出したという事にしたかった。

 カヨの詠唱の途中で一本、矢を射る。前衛の後ろにいた、軽装のフィラカスに刺さった。


「ギャッ!?」


 そのフィラカスは悲鳴を上げる。


 クソ……やりにくい……。


 僕は顔をしかめていた。


「ーーその炎は爆炎をまき散らし全てを灰と化せ! フレイムエクスプロージョン!」


「ーーディバインシールド!」


 爆発する火球を飛ばす、火の上級魔法。

 キンッっという甲高い音と共に光の線が走る。

 その先には鎧を着たフィラカスがいた。ディバインシールドを詠唱して盾を構えている。

 直撃すれば回廊で詰まっている敵にもダメージを与えられるだろう。


 だがカヨの魔法は盾で折れ曲がり、広間の壁に直撃した。

 盾を斜めにして魔法の軌道を変えられていた。


「刀でもう1発撃て! 援護する!」

「分かった!」


 横目でカヨが刀を振るのを見て矢を放つ。鎧を着たフィラカスの顎に刺さった。

 ニールも同じ事を考えていたようで、彼の矢は脚部の鎧の隙間へ刺さっている。


 ーーキンッ!!


 再び光の線が走り、盾を持ったフィラカスに命中する。二本の矢で体制を崩され、盾で受けきれていない。

 爆発で吹き飛んで壁に激突する。 その魔物は壁に赤黒い染みを残し、動かなくなった。

 カヨの魔法にしてはかなり威力が低く、他のフィラカスにダメージを与えられていない。

 ディバインシールドで威力がかなり削がれているようだった。


 今の攻撃で敵だと認識されたのだろう。

 出入り口からは無傷のフィラカスが、武器を抜いて走りこんできた。

 前に出てきた敵は槍、両手持ちの長剣、あと持ち手の長い斧、いわゆるポールアックスを持っている。


 前衛はこの3人。いや”3匹“か…………。


「来るぞ!」


 フリッツは叫ぶと、前に出て敵前衛3人の進行を止める位置に出る。


「前衛3!あと弓1!魔法1・・・いや2だ!もう壁を張られた!」


 "壁"が何なのかはすぐに分かった。防御魔法のプロテクションウォールを指す言葉だった。

 敵の前衛と後衛の間に半透明の大きな壁ができている。

 ニールの矢はそれに防がれて、弓使いや魔法使いに届いていない。

 セイナも同じくプロテクションウォール展開して、相手の矢を防いでいる。


 後衛はお互いの防御魔法で膠着している。


 だがセイナの様子がおかしい。 いや、ニールもフリッツも明らかに動揺している。


「そ、その剣!? もしかして……!」

「黙れセイナァ! それ以上言うな!!」


 3匹相手に必死に防戦しているフリッツの怒号が響く。


「カヨ、フリッツの援護を頼む。僕は後衛を潰す」

「気をつけて……」


 コクリを頷き、弓を置く。彼女は補助魔法を唱え、フリッツの援護に行った。

 僕も戦闘で使える唯一の魔法を唱えながら、柱から飛び出す。


「ーーサイレントウォーク」


 足音を消して壮年の風貌をした弓使いへ、一直線に駆けた。

 目指す先は防御魔法、プロテクションウォールに阻まれている。


 僕は駆けながら太刀に手をかけて、素早く引き抜く。

 首切丸に描かれた回路が青く光り、スペルブレイクが発動していた。

 走る勢いに任せ、半透明の壁に刀身をぶつける。


 ーーバキッ!


 青い軌跡を残す刀身は、殆ど抵抗無く半透明の壁を切り裂く。大きな亀裂ができ、防御魔法は砕け散った。


 弓使いは魔法が砕ける音で、僕という奇襲者に気付いたようだ。矢をつがえながらこちらに向き直る。

 あと3歩程で僕の間合いになる。


 射られる前に踏み込んで斬りつける!


 そう考え、1歩目を踏み出したとほぼ同時だった。ニール並か、それ以上に素早い動作で矢を放たれた。


「くッ!?」


 顔面に飛来してきた殺意。ギリギリでかわせた。

 だが回避には余裕がなく、大きくバランスを崩してしまう。

 弓使いは後ろに歩き距離を取りながら、次々と矢を射ってくる。

 一本一本が鋭く、全ては避けきれない。

 左手の手甲を使って何とか弾き、衝撃で軽い痺れが走る。


 いちいち動作が速い!

 それなのに距離を取りながら、正確に狙ってくる……!


 生前は手練れだったのだろうと容易に想像ができた。

 思うように間合いが詰めれず攻めあぐねていると、背後から矢が飛んでくる。

 ヒュッという鋭い風切り音と共に飛んだ矢は、弓使いの左肩に深々と刺さった。

 ニールの援護だ。


「グゥッ……!?」


 弓使いは小さく呻き、弓を落とした。


 ーーチャンスだ!


 僕は一気に踏み込み、斬りかかる。

 弓使いも残る右手で素早く腰の短刀を抜いて応戦する。

 一合、二合と受けられたが、三手目で右手を斬り飛ばし、返す刀で胴体を薙いだ。

 黒い血と内臓が溢れ、弓使いはその場に倒れる。


「ア゛ア゛ァァァ!!」


 弓使いは絶叫し、白く濁った目を見開く。

 生きている人間なら間違いなく致命傷だ。

 そう、生きているなら…………


 僕が離れるよりも早く、弓使いは左手を伸ばしてくる。

 この魔物はまだ動けた。足首を掴まれてしまう。

 そのまま逃すまいと、両腕でガッチリと締め上げられる。


「なッ!?」


 物凄い力でだ。全く振りほどけない。

 刀を背中に刺し、大きく切り裂くがダメだ。


「ヤ゛レェェッ!!」


 弓使いのしわがれた声で合図が送られる。

 加護の力が働き、直ぐ危険が迫るのが分かった。


 ーーキュイーン!!


 忘れるはずもない、独特な音が広間に響く。


 この音は帝国の……!!


 後方にいる魔法使いから攻撃魔法が放たれた。

 リッチが使っていた火の中級魔法。ほぼ同規模のファイアーピラーだった。

 ゴォォっと音を立てた大きな火柱が眼前に迫る。


 マズい……!


 そういえば、あの時のも火の魔法で焼かれてボロボロに……。


『それ、火炎に強い耐性がある魔道具だから』


 咄嗟にカヨの言葉を思い出す。

 外套を広げて全身を覆い、息を止めて目を閉じる。魔法を食う覚悟をした。


 次の瞬間、熱を感じながら地面から噴き出る炎に、吹き飛ばされた。

 一瞬の浮遊感。目を開ける前に背中から落ちる。

 火傷と地面に落とされた痛み。両方が全身に走った。


「ガハッ!」


 幸い、腰に下げていた矢筒がクッションになって、動けない程のダメージには至らなかった。

 服が少し燃えているが、直ぐに火は消えた。 外套が淡く光っている。おそらく魔道具の効果だろう。

 起き上がって体制を整える。


 足にすがり付いていた弓使いは振り落とされ、衣類が燃え盛り火達磨になっていた。

 外套が無ければ、僕も同じ火達磨だっただろう。

 いつの間にか、そばに落とした太刀を拾う。


 ファイアーピラーを放った魔法使いは、若い女性“だったであろう”フィラカスだった。

 ただ、他と違い異質だった。

 帝国のオートキャストギアを身につけ、カヨにつけられていた物と同じ隷属の首輪をかけられている。

 手足にはかつてカヨがやられていたように、杭が打たれている。痛々しい拷問の傷跡だった……。


 白く濁っている眼は、しっかりと僕を見ている。

 そして、その表情は敵意を剥き出している。


「ーーハイヒーリング!」


 もう一匹の魔法使いは治癒魔法を使っていた。

 最初に倒した盾を持ったフィラカスが、再び動き出す。

 その隣には最初に矢で射った軽装のフィラカスもいる。


 ダメージを負って一匹倒した間に、二匹復活してきた。

 状況が良くない。


「クソッ!」


 後ろではカヨ達が戦っている。 金属がぶつかる音……剣戟の音が止まない。

 チラりと横目で状況を確認した。

 敵を一体倒しているが、フリッツも膝をついてセイナの治療を受けていた。

 カヨ一人で敵二人を捌いている状況だった。


 駆け付けたい気持ちを抑えて対面を向く。

 今行けば、魔法使い二人がフリーになってしまう。

 危機を察知できる加護を持っている僕はともかく、カヨが横槍をもらうのは非常にまずい。


 コイツらを足止めしてる間に、後ろの二人を処理してくれれば優位になれるはずだ・・・


 治癒魔法を終えた魔法使いのフィラカスが、ゆっくりとこちらを向いた。長身の男で両手に大きな傷跡がある。



 その顔には見覚えがあった。



「…………リゲル!?」



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