第044話 手掛かり
僕らのパーティーは慎重に一部屋ずつ殲滅していった。 カヨが不機嫌なのを除けば何も問題ない。 彼女も不機嫌なだけで仕事はちゃんとしている。
大丈夫だ、問題ない。
ここで手に入れた魔石はどれも大きく、純度の高い物なので高価で取引されている。 相当いい稼ぎになっているようだ。
ラージエイプも以前戦った赤い個体が異常だったようで、最下層に出てくる灰色の個体はそこまで力が強くない。
ただこれまでの階層と違い、セイナとフリッツが魔法を使って戦闘しているので二人の魔気を気にしながらの進行となる。
ちなみにニールも時々、重力を操作する闇魔法を使っていた。
アンチグラビティという闇の下級魔法で自重を短い間、少しだけ軽く出来る。攻撃を避けたり、高い塀に登ったりする補助的な魔法だ。
それで壁上を陣取ってから矢を射っていた。
このパーティーで魔法を使っていないのは僕だけだった。
自分のことを技巧派だと思っていたが、実は脳筋だったらしい。地味にショックだった。
7部屋目を攻略したところで、セイナが大きく息を吐いてパーティーを止める。
「フリッツ、そろそろ休みましょう。 魔気が心もとないです」
「そうだな、俺もそんなに余裕がない」
「カヨとジンのお陰であまり怪我なくサクサク殲滅できましたからね。 思った以上にハイペースでした」
…………
進むにせよ帰るにせよ、一旦休憩を取る事になった。ニールと僕は部屋の出入り口に簡素な鳴子を取り付け、魔物の侵入に備える。
軽食を取りながら天幕を張り、交代で仮眠を取ることとなった。
疲労が濃いフリッツとセイナが天幕で横になり、ニールは毛布に包まって座って寝ている。
ニールはこの状態でならば寝ていても魔物侵入に勘付けるらしい。
凄い技能というよりも、悲しい職業病のように見えなくも無い。
僕はカヨと二人で焚火を囲んでいる。
不機嫌なのは分かるが、流石にこの状況で会話がないのも変だろう。
当たり障りのない話題を探しているうちに彼女の方から日本語で声をかけてきた。
「さっきはごめんなさいね。ちょっとイライラしてて……」
「あー、いいよ別に。 当たられるのは慣れてるから」
まあ、問答無用で拳が飛んでこないだけマシだ。
「それより何故日本語?」
「そこで寝てるニールが聞き耳立ててるかもしれないでしょ?」
「なるほど」
ニールはセイナの優秀な情報収集マシーンだ。 変なことを聞き取られれば面倒な事になり、桶屋の法則でカヨの怒りが回り回って僕に向かうかもしれない。
こういう時、日本語は便利だ。
「いつ以来かしらね、焚火を囲んで話すのは」
「この街を目指して森で半分遭難して以来だな。半月位前の話たけど随分前に感じるよ」
「そうね……」
焚火に照らされる綺麗な少女は揺れる火を眺め、大きくため息をついた。
疲れているとも、悩んでいるとも取れる黄昏た表情だった。
「今回の探索で、多分目標を達成出来るわ」
「ん? 目標?」
「魔道具のシャワーを買うって言ったじゃない」
「あー、あれまだ続いてたんだ」
「当たり前でしょ、シャワーだけでは私は満たされないわ。 やっぱりお風呂よ。それも露天風呂」
「そうですか……」
その時は僕の鍛え上げられたスニーキング能力を披露するしかないな。
僕は呆れ顔の裏で、邪な笑みを浮かべたと思う。
「それでそのあと、どうするんだ?」
「当然元の世界に帰るため、神の塔を目指すわ」
「それなんだけどさ、前に言ってた国境にある遺跡が“神の塔”とは限らないだろ?」
三国の国境付近にある遺跡。塔の挿絵があっただけでそれが神の塔だという確証はない。
僕がこの街で得た情報も、有力なものはなかった。
おそらく、ヴェルマの街が三国の国境から遠すぎるのが原因だろう。
「診療所には帝国や共和国の冒険者が治療にくることがあるのだけど、その“塔”について少し知ってる人がいた」
「ほ、本当か?」
「真偽は分からない。 その人も噂話程度でしか聞いてないみたいだけど、“塔”にはこの大陸を治める女神がいるらしいわ」
「……つまり何らかの神さまがいるって事か。凄くソレっぽいな」
「ただ、その女神は悪魔と対立しているという話よ」
悪魔。まあ嫉妬の神を名乗るリベは神と言うよりも悪魔っぽかった。
フェイルにも魔物みたいなもんって言われてたし。
「なんでも悪魔の手下は“魔族”と呼ばれてて、人に紛れて女神を狙っているそうよ。 帝国内の一部では、50年前の戦争も魔族から女神を守るための戦争だったって事になってるみたい」
カヨの得た情報に、何かがカチリとハマる。
「ちょっと待って、女神を狙ってる人に紛れた魔族ってもしかして……?」
「そう、私たちがフェイルとリベにお願いされた事は『神の塔で神を一人封印する事』よね。だから、もしかしたら私たちは帝国がいう魔族なのかもしれない」
「……」
確かに大陸を治める女神が本当なら、それを封印しようとする僕らは魔族……疎まれる存在だろう。
仮に女神を封印してフェイルとリベが神座に戻った場合、この大陸はどうなるんだろうか?
そもそも何故奴らは神座に戻りたいんだ?
……いや、やめよう。 考えても答えは出ないし、情報が足りなさすぎる。
「それを確かめる為に、人が多い王都に行く事にしようと思うんだけど」
「……そうだな。僕もそれがいいと思う。 塔を目指すにしても王都に寄ることになるしな」
王都リオネスは馬車で2週間程かかる場所にあるが、この国で一番大きい都市らしい。
この街からの王都へ行く街道も整備されていて、乗合馬車も日に一度出ている。
ただ高い。 移動費に加えて2週間の食事と宿泊代込みで一人20万ルーブ位だったはずだ。
王都の物価も高いだろうし、もう少し稼いでおく必要があるか。
今回の探索でカヨがシャワーを買えるというなら、僕の借金も完済できると思う。
「……このパーティーとはそこでお別れか」
「まだ先の話だけど、そう思うと寂しいわね」
「まあ、ニールとセイナをみてると王都まで付いてきそうだけど」
「フフッ、ありえる」
その後もカヨと他愛も無い話を続けていた時、迷宮の奥から小さな音が聞こえてきた。
カツン、カツンと何かを叩く音にようだった。
聞き耳を立てればかすかだが聞き取れる。
「なあカヨ、あの奥から音がしないか?」
「音……? あ、ホントだ。 なんか聞こえるわ」
僕は念の為にニールを揺すり起こし、確認を取る。
寝起きだからだろうか、少し表情が硬い。
「師匠、起きて下さい」
「んー? どうした?」
「奥から音が聞こえるんですよ」
目起こすってニールは立ち上がり、蹴伸びをした後に音を確認する。
寝ぼけた表情が段々と険しくなり、奥の廊下を睨むようになっていった。
「……この音、ちょっと嫌な予感がするな。テントで寝てる二人を起こして、すぐに戦闘の準備をしてくれ」
これは真面目な時のニールだ。
言われるがまま、フリッツとセイナを起こして装備を整えた。
天幕と焚火はそのままにしておくようだ。
「セイナ、フリッツ、戦えるか?」
「俺は大丈夫だ」
「私もだいぶ回復できました。問題ありません」
一番重装備のフリッツが防具を整え終わり、戦闘の用意ができた。
「師匠、この音は何なんですか?」
「もしかしたら、奥にフィラカスがいるかもしれない」
「フィラカスって、迷宮で死んだ探索者が魔物化したっていう……」
「そうだ。 連中、放置してると迷宮を広げていくからな。 なるべく討伐するようにギルドから言われてる。 それに……」
「それに?」
ニールの顔が曇り、無理な笑い作る。
「こんな薄暗い地の底を彷徨うなんて気の毒だろ? 早く還してやりたい」
「……そうですね」
――ガラガラ!
出入り口に仕掛けた鳴子が音を立てた。
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