第043話 最下層
下層の大広間で簡易な天幕を張って焚火を起こす。少し早いがここで野営を行なって最下層を探索する事になった。
フリッツの持ってきた帝国式シャワーで順番に汚れを落とす。
装備の汚れも落とすため、装備ごとシャワーを浴びるのが冒険者流らしい。
僕が着替えを覗こうか逡巡していたら「今は気が立ってるから、覗くならまた今度がいい。死ぬぞ」とニールから切実なアドバイスを貰った。
目がマジだったから素直に従っておこう。
その後、計らずとも半裸のフリッツを見てしまったのだが、ムッキムキの肉体をしていた。
腹筋が6つに割れて胸筋も背筋も隆起している。見事な逆三角形の上半身に加えて下半身もしっかりと鍛えてあり、太ももも脹脛もバキバキに盛り上がっている。
男としてもの凄く負けた気分になり、僕も腹筋をシックスパックを作る決意を固めた。
武器だけはその場で拭いて直ぐに使えるようにして、防具と衣類は焚火の周りで乾かす。
天幕の中では女性二人に仮眠を取ってもらい、男3人は焚火で暖を取って交代で休憩する。
初めて北壁に行った時はこんな感じで徹夜で語り明かしたが、これから最下層を探索するのでちゃんと仮眠を取った。
……………………
全員が仮眠を終えた頃、装備がしっかりと乾いていた。
若干、粘液の甘い匂いが残っているが、大丈夫だ問題ない。気にしなければ。
流石に最下層では僕に先頭をやれとは言いださず、ニールが先頭で斥候をやった。
「師匠は何回くらい最下層に来たことがあるんですか?」
「上級探索者について行ったのも含めれば5回くらいか…………先頭を歩いたのは2回だ。 俺もあまり余裕は無いから、しっかりフォローしてくれよ」
「分かりました」
普段はヘラヘラとしているニールが真面目にフォローをお願いしている。
本当に余裕が無いのだろう。
気を引き締め、最下層へ続く階段を降りた。
最下層の構造は大きく違っていた。
これまでの細長い回廊が続く構造ではなく、広間と広間を廊下で繋ぎ合わせたような構造になっていた。
その広間をそれぞれ縄張りにしてる魔物が存在するらしい。
なので広間に入れば先制がしにくいし、戦っていれば縄張りを広げるチャンスとばかりに隣の部屋の魔物が出張ってくる。
逆に縄張り争いをしている横から倒す事もできるようだ。
最初の部屋の入り口でニールがパーティーを止める。
「ラージエイプが三匹にリッチが二匹だ」
ラージエイプは以前に中層で戦った大猿。ただここにいるラージエイプは以前戦った個体と違い、灰色の体毛にふた回りは小さい。
もう一匹のリッチと呼ばれる魔物は、ボロを纏った人型の魔物だった。スキルブックでは中級までの魔法を使いこなす魔物とある。
ここからは先制でもカヨに魔法を使ってもらう。
「ーーゲイルスラッシュ!」
彼女は風の中級魔法を厄介なリッチに向けて放つ。
それに反応したリッチはレジストしようと詠唱を試みるが、間に合わず両断された。
同時に僕とニールが手前のラージエイプに矢を放ち、手傷を負わせる。
だが奇襲に気付いた魔物は、素早く矢を避けている。僕が当てれたのは最初の二本だけだった。
これまでは明らかに敵の強さが違う。
一筋縄ではいかない。
そう認識を改めて、太刀を抜いた。
「左のリッチを相手する! ジンは右から行け!」
「分かりました!」
盾役のフリッツはリッチの相手をするのが適任だ。
強力だが発生の遅い魔法は盾で防ぎやすい。
逆に素早いラージエイプの相手は不向きとなる。
僕は右に回り、フリッツの死角を取ろうとするラージエイプに対面する。
「ーーアジリティーゲイン!」
僕のフォローに入るカヨは、後方で補助魔法を唱え自己強化を行なっていた。
彼女の足音を聞く限り、左後ろにいる。
斥候で鍛えた足音を拾う技能により、後ろを見なくてもかなり鮮明にメンバーの位置を意識できる。
対面するその大猿は、右手に何かを隠し持っている。
恐らく石飛礫だろう。
僕が上段から斬りかかるタイミングでーー
ーーほら来た。
ラージエイプは人の頭ほどある石を投げつけてきた。
それは前に一度やられた。
斬りかかりを止め、体を横に流して避ける。
「ッふ!」
石飛礫を避けながら深く踏み込んで、切り上げをお見舞いした。
ラージエイプの右手を切り飛ばす。
武器の切れ味が鋭くなった事もあり、以前戦った赤毛よりも拳を簡単に割れた。
「ギャギャッ!?」
手を半分切り飛ばされた大猿。悲鳴を上げながら素早く後ろに大きくジャンプして下がる。
人間とは桁違いの脚力をしていて、僕では追いつけない。
だがその着地合わせ、カヨの刀【半月】から先程吸収したゲイルスラッシュが放たれていた。
歪んだ空間から発生した白い風の刃は、着地にドンピシャで命中する。
ラージエイプは縦に真っ二つになり絶命した。
横を見ると矢が刺さったラージエイプがフリッツの倒れている。
もう一匹のラージエイプはニール達から距離を置いて投石をしているが、セイナが防御魔法のプロテクションウォールを展開して防いでいた。
「立ち昇る豪炎よ! その灼熱で天を穿て! ファイアーピラー!」
ラージエイプの後ろでリッチが攻撃魔法を詠唱する。火の中級魔法。
地面から直進する火柱を放つ魔法だった。
直径2mほどある火柱が天井まで立ち昇り、防御魔法を張っているセイナを狙っている。
フリッツは素早くセイナの前に出て、大きな盾を地面に突き立てた。
「ーーディバインシールド!」
フリッツの装備を強化する魔法。それに加えて盾自身に施された魔道具の効果で模様が光り、ディバインシールドをさらに強化している。
巨大な火柱は盾で完全に防がれ、霧散していた。
派手な魔法戦が行われているのに紛れ、僕は足音を消して投石に夢中なラージエイプの背後を取る。
その個体はニールの矢を回避しているが、僕がその退路に回り込み胴体に全力で横薙ぎを入る。内臓が飛び散り、一撃で絶命させた。
残りはリッチ一匹。 最後の魔物に向き直る直前、加護の力で危険を予知した。
ただその危険は脅威が低く、速度も遅い。どうとでも避ける余裕がある。
後衛への被害を防ぐなら刀と手甲で受けてもいい。
そんな事を考えているとリッチによる詠唱が聞こえる。
「火炎よ! 焼きッーー!?」
だが、その詠唱は途中で止まった。
詠唱を見たカヨが意味の分からない速度で真っ直ぐ踏み込み、刀で頭を割っていたのだ。
まあそうなるよな、アイツは自分で撃った魔法よりも速く動けるんだから。
対面して呑気に詠唱なんて出来るわけない。
これでこの広間の魔物は全て排除出来た。
最初はもっと苦戦すると思ったが、カヨの圧倒的な火力がちゃんと機能すれば一方的に終わる。
僕の役目は攻撃よりも、カヨの攻撃を確実に通すためのお膳立てのような感じだった。
一応狙われていた所を助けられた形だったし、お礼を言っておこう。
「カヨ、最後ありがとう。助かったよ」
「ふん、どうせ避けれたんでしょ? あなた全然焦ってなかったわ」
いや、確かにそうだけどさ…………。
「可愛くないなぁ。 こういう時は笑顔でどういたしましてって媚びをだな」
「なんで媚びを売らないといけないわけ?」
彼女はそう言ってツーンと横を向き、セイナの方に行った。
…………なんか今日、当たり強くない?
そこでニールがガシっと僕の首に腕を回して絡んできた。
相変わらずニヤニヤしている。
「バカだなぁ。だから気が立ってるって言っただろ?」
「…………そもそも何で気が立ってるんですか? まだ触手で?」
「あの日だよあの日。月に一回の」
ああ、あの日か。ご機嫌が斜めなのも分かる。
…………ん? 待てよ。
「なんでそんな事を師匠が知ってるんですか?」
「シャワーの時にセイナがそれとなく言っていたからな。 ちょっかい出すなって」
「そうですか…………わかりました」
よし、今日はなるべく話しかけないようにしよう。 触らぬ神に何とやらだ。
と、思ったらいつも後でからまれんだよなぁ……
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