第40話 自分の刀が一番

 そんな調子で中層を探索していると魔物の群れと遭遇した。ワーウルフ6匹のオーガが1匹。数が多い。

 こちらが気付くと同時に、ワーウルフの1匹がこちらに気付いたようだ。

 僕は先制の失敗を悟る。


 敵に気付かれた場合、事前の打合せで“パーティーへの合図無しに斥候が攻撃を仕掛ける”という取り決めにしている。


 僕は無言で素早く弓を引き絞り、こちらに気付いたワーウルフに狙いを付ける。


 ヒュッという音と共に矢が飛んでいき、目標の魔物の胸に深々と刺さった。


 程なくして後方からパーティーのメンバーが荷物を投げて武器を構える音がする。


「白日の閃光!光り眩ませ!フラッシュレイ!」


 一番後方にいるセイナが光の下級魔法を唱える。眼を眩ませて時間稼ぎを行う為だ。

 一瞬だけ、暗い迷宮の回廊は白い強烈な閃光で照らされた。

 僕らは背中を照らされる形だが、魔物は正面からその光を受け、眼を覆っている。

 怯んでいる間に僕とニールは矢を放ち、フリッツは右前に出て盾を構える。

 三匹の魔物が倒れた辺りで奥から別の群れが現れた。


「奥の角に別の群れもいます!」


 奥の敵まではまだ距離がある。こちらの損傷も無い。先に手間の群れを処理すべきだ。

 僕は弓を投げ捨て、太刀を抜いた。右側の魔物はフリッツに任せ、棍棒を振り回すオーガに斬りかかった。


 力任せの棍棒を避け、無防備な小手に一閃。

 切っ先を数cmだけ、軽く入れたつもりだが腕を半分切り飛ばしていた。


 振り抜いた刀の先には赤い半透明の薄い刃が形成されている。

 見た目を例えるなら赤く大きい雪の結晶のようだった。


「グオォォォォォォ!!!」


 棍棒を落とし、斬られた腕を押さえて叫ぶオーガ。その隙に腹に横薙ぎを入れて絶命させる。

 切っ先にある赤い雪のような結晶は、空気に触れると5秒も経たずに崩れて消えた。


 隣を見るとフリッツが3匹のワーウルフを足止めしていた。

 囲んでいるワーウルフの背後に回り込み、斜めに斬りおろして首筋に刃を入れる。

 無防備な首を半分以上切り飛ばし、鮮血が飛び散った。


 僕の強襲に気付き、こちらを向いたワーウルフには即座に喉突きを入れて対応した。

 最後の1匹はフリッツと前後で挟み、僕の方を向いた時にフリッツが背後から斬りつけて終わった。


「奥を狙うわ! 火炎よ焼き払え、ファイアーボルト!」


 カヨは援護が要らないと判断して、奥にいる魔物に火の下級魔法で攻撃を仕掛けていた。

 火球が二個セットで飛んでいき、敵を焼き払っていく。その撃ち漏らしはニールが矢を射る。


 角から現れた魔物は後衛に処理され、残りは最後に遅れて出てきたオーガ1匹。


 フリッツが盾をガンガンと叩いて注意引く、僕はその脇から飛び出て、腹に横薙ぎを入れる。

 切っ先が入っただけでも深々と腹の肉が切り裂かれていく。


 力任せに振り回す反撃の棍棒を避け、喉に平突きを入れ、横に裂く。

 オーガは首から大量の血を吹き出し、その場に倒れる。これで戦闘は終わった。




 刀の切っ先にある赤く薄い刃を見る。

 ほどなくして半透明な赤い結晶は崩れ、パラパラと雪のように落ちていった。


 首切丸の切っ先は軽く入れるだけで、結晶の刃が伸びて肉を深く切れる。

 そして伸びた刃が硬い骨に当たったとしても、脆いので壊れる。その結果、骨に当たっても刀を止める事なく、肉だけを深く切り裂いて振り抜ける。


「これは凄いな……」


 地味だと感じていた首切丸の切っ先に仕込まれた効果は、思った以上に実用的だった。

 何より一番気に入ったのは、赤い半透明の結晶がパラパラと散っていく様。

 素晴らしい“決め”の演出だ。


「お前は凄い奴だよ、首切丸」


 まじまじと刀を見つめ、先程の謝罪を込めてポツリと呟く。


 そうだろ?


 首切丸にそんな事を言われた気がした。


「それ、思ったよりエグいわね」


 後ろから作った(回路を書き込んだ)本人である刀剣少女から声をかけられた。

 それ呼ばわりの上に、若干引いてる。酷い産みの親である。

 作った時はあんなに嬉しそうに自慢していたのに……


「見た目は軽く切ってるのに腕を斬り飛ばしてたし、斬った後は切っ先が真っ赤になってるし」

「僕は結構気に入ったんだけど」

「そう、それならいいわ」


 塩対応の産みの親に対して、フリッツは興味深々で刀を見ている。


「切っ先が赤かったのはその分、剣が伸びてるのか?」

「そうですね、血を利用して刃を伸ばしているそうです」

「つまり、剣を軽く入れても致命傷に出来ると……凄いな!」


 やはり剣士の理解者は剣士だ。

 良かったな首切丸! 他にも理解者がいてくれて!

 僕は自分が褒められたように、嬉しくなってしまった。


「ちなみにこの刀の銘は"首切丸"って言います」

「うっ……そうか……」


 その銘を聞いたフリッツは何とも言えない顔をしていた。



 …………



 2時間ほどかけて中層を踏破して、以前ラージエイプと対峙した大広間の前まで来た。

 大広間に数匹の魔物がいたが、問題なく処理して休憩を取る。

 カヨが魔法で盛大にぶっ壊した壁は不思議と修繕さえて綺麗になっていた。

 この部屋に瓦礫なんて殆ど残っていない。


「はぁ……疲れた……」


 どかっと床に腰下ろして装備を外す。

 斥候として先頭を歩く、それだけの事が非常に疲れた。

 特に匂いで感知してくるワーウルフに関してはこちらよりも早く気付く事があった。

 目視と音ならば僕でも察知できるが、曲がり角の奥から嗅覚で察知されるとどうしても負ける。

 最悪、奇襲さるのだけは避けなければならない。


「お疲れさん。 やっぱお前はセンスあるな。中層までなら何の問題ないよ」


 楽をしていたニールが声をかけてくる。ニッコニコの笑顔だった。

 次は初めていく下層だ。流石に今度はニールが斥候で前を歩いてくれるはず。

 そして触手イベント……じゃなくてヤミノテと呼ばれる初めて見る魔物と戦うのだ。僕は後ろがいい。後ろで見ていたい。


「下層もジンに斥候をやってもらおうと思うんだけど」

「ナンデェ!?」


 何考えてやがるコイツは!


「師匠、僕は嫌ですよ。初めて行く階層だし自信がありません」

「まあまあ、そう言うなって。下層自体は気持ち悪いだけで危険はあまりない。もし何かあってもすぐフォローしてやる」


 そしてニールは僕に近づき、こっそりと耳打ちをした。


「俺が触手の魔物を見逃したら不自然じゃないか。 お前がこっそり見逃せば、後ろの連中が襲われるだろ?」



 ……流石僕の師匠だ。



「仕方ないなぁ……じゃあ下層も前に出て、斥候やっちゃおうかな?」

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