第039話 斥候が背負う業

 朝練を終えた僕とカヨはシャワーを浴び、パーティーの打ち合わせまでスキルブックを交換して時間を潰した。


 一つ分かった事は、僕がカヨのスキルブックを読んでも無条件で魔法使えるようになるわけでは無い事。

 一度読めば何故か忘れないし、理屈やコツが書いてあるので自力で習得するよりに遥かに楽なのだが、一定以上の魔法では発動出来るレベルまで魔力高める事が出来ない。

 単純な解毒魔法でも扱う魔力が高いので、僕は失敗してしまう。


 逆に習得が難しい魔法でも、扱う魔力が低ければ何とかなるようだった。


「ーーシャープネス!」


 狩りで使い込んだ短剣に魔法をかけた。うっすらと切っ先が光り、刃こぼれが修復される。

 刃物を研ぐ魔法であるシャープネスは上級魔法に分類されているが、扱う魔力が低いようで僕でも発動できた。


「ふーん、解毒魔法は使えないのに難しいシャープネスは出来るんだ」


 カヨは僕がシャープネスをかけた短剣で木片を削っている。

 問題なく研げているようだ。


「難しい魔法でも原理が分かればちゃんと発動する。後は魔力が足りるかどうかみたいだな」

「あ、根元までは研げてないのね」


 もっとも、僕の魔力では切っ先を少し研ぐことしか出来なかった。

 彼女が何気なく、そして簡単にシャープネスを掛けなおすと短剣がピカピカに光り輝いた。

 完全に修繕されている。


「そんな簡単に……」


 持たざる者の悩みは深い。



 …………



 時間になったので僕らはギルドに向かい、パーティーで打ち合わせを行った。

 メンバーは前回と同じ、フリッツ、ニール、セイナに僕とカヨだ。


 打ち合わせの内容は前回と同じようなフォーメーションや連携、準備の確認だったが一つ報告があった。

 上級者のパーティーが最下層まで調査したが、あの赤いラージエイプは確認されなかったようだ。

 その為、もし下層でも問題ないようならば最下層まで行く事となった。



 下層の稼ぎは美味しくなく、北壁の迷宮では最下層で稼ぐのがセオリーのようだ。

 なんでも、触手がどうもダメらしい。誠に残念である。


 最下層を目指す場合は、迷宮内で一泊しての探索となる。

 前回よりも荷物が多い為、買い出しも少し多かった。




 …………





 翌日、軽く朝練を行った後に馬車で移動し、僕らは再び北壁の迷宮の前にいる。

 多い荷物の中で咄嗟に出さないといけない物、使用頻度の高い物、すぐには使わない寝具などを取り出しやすさを考えながら詰める。


 探索の準備を終えると、ニールが一つ提案をしてきた。


「ジン、今日はお前が斥候として先導をやってみるか?」


 森の中では斥候としての訓練はやっている。

 迷宮内でも前回ニールの動きを見ていたから、おそらく問題は無いだろう。

 こういう頼れるメンバーが居る時に経験を積んだ方がいいと思う。


「そうですね……わかりました」

「よし、荷物は俺が持っといてやる」


 僕はニールにリュックを渡した。

 これで荷物は武器と矢筒、ベルトにある小さなポーチだけだ。身軽になり先頭を歩いて迷宮へ入った。


 迷宮の中は暗く、自分が持つランタンの灯りが頼りになる。下層や最下層、別の迷宮では壁が光って灯りが要らない所もあるようだが北壁の上層、中層は完全な闇だ。


 前回はニールの腰の灯りを見て後ろを付いていくだけだったが、先頭を歩く場合は目印が無い。 下層は弱い魔物しかいないと言っても、非常に神経を使う。



 三回ほど芋虫を倒してた時、ふと気付くと後ろからの足音が無かった。

 振り返るとかなり遠くにパーティーの灯りが見えた。


 何かトラブルでもあったのだろうか?


 僕が急いで合流すると、そこには笑っているニールがいた。


「何をやってるんですか?」

「ククッ、結構早く気づいたじゃないか」

「……もしかして、ハメようとしてました?」

「人聞きが悪い、これも訓練の一環だ。前に夢中でバックアタックに気付かないのはマズイぞ」

「それはそうですが……」


 やってる事は小学生がやる程度の低いイジメのような……


「あなたが気付かなかったら後ろから矢を射るって話だったのに。残念ね」

「……」


 心底残念そうな魔法少女。


 一番神経を使っている奴にこの仕打ち。斥候という名の罰ゲーム。誰もやりたがらない理由がよくわかる。

 その罰ゲームをやる側に、斥候の師匠であるニールがいるのもなかなか業が深い。




 その後も芋虫との戦闘はあったが、一応は問題無く下層を踏破。中層に差し掛かる。僕は気疲れと理不尽な弄りで少しむくれていた。


 下に降りる階段の前で一度休憩を取っていると、ニールが今度は労ってきた。


「ジンは集中力が凄いな。 足りない技量を集中力で補ってる感じがある」

「どういう事でしょう?」

「さっきだって魔物を倒した後、気を抜かずに一つ先の角を警戒して次の魔物を見つけてたろ?」

「まあ奥から足音が聞こえてましたからね」

「戦闘に夢中になると、そういうのを聞き落としてパーティーが危なくなる。 斥候の本分は戦闘じゃないからな」


 ニールは成長に喜んでいるが、顔に出してむくれている不機嫌な僕に、少し気を使っているようでもあった。


「ニールは楽が出来て嬉しいのですよ」


 セイナはニールを茶化す。


「まあそれが一番だな。 後ろで弓を引いてるだけでいいからな。 野郎にパンツ履かせるよりも楽だ」

「師匠、そのネタ引っ張りますね」


 やっぱ近いうちに殴ろう。





 …………





 中層に降りると別の緊張感があった。

 それは後方でつまらそうにしていた、魔法少女に出番が回るというだ。

 前回の探索で僕にダメージを与えたのは、この魔法少女だけ。 そういう意味では、ラージエイプよりも強い。


 しばらく進み、曲がり角の先で二体の魔物、ワーウルフとオーガを見つけた。

 僕は合図を出してパーティーを静かに止めた。


 カヨは新しい刀を抜いて戦闘態勢を取る。不思議に思ったセイナが彼女に尋ねる。


「カヨはその新しい剣で戦うのですか?」

「これは剣というよりも魔道具なの」

「へぇ……どういう効果が?」

「ふふーん、まあ見てて」


 彼女は僕の横に立ち、口を開く。


「私が先制していい?」


 そういう言われても、僕が決める事でもない。後ろを見ると、皆は頷いて好きにしろと言った感じだった。


「じゃあ、任せる」


 返事を聞いたカヨは、抜き身の刀を横にして魔法を唱えた。


「疾風よ、鎌鼬のごとく切り裂き薙ぎ払え!ゲイルスラッシュ」


 風の中級魔法。歪んだ空間より水平に白い線が走り、突風が吹き荒れる。

 以前、大広間で使ったものよりも相当威力が抑えられているようで、オーガの腹を裂く程度の威力だった。


 範囲から免れたもう一体の敵、ワーウルフがこちらに走ってくる。


 カヨはそれに狙いを付け、刀を縦に振った。

 もう一度、歪んだ空間より今度は垂直に白い線が走る。突風は轟音と共に7、8メートル先のワーウルフを真っ二つにした。刀から魔法が飛んでいるようで、ビジュアル的に非常にカッコよかった。


 僕は先制の魔法で倒れたオーガに、追い討ちで矢を射る。魔物は白いモヤになり戦闘が終わった。


「凄いですね。その剣からも魔法が出るのですか?」

「この魔道具は私の攻撃魔法を半分吸収して……」


 カヨを中心としてパーティーが新しい魔道具の話で盛り上がっている。


 僕はそれを遠巻きに見て腰の刀に手を当てた。


「なあ首切丸、お前ちょっと地味なんじゃないか?」


 お前もな。


 そんな声が刀から聞こえてきた気がする。



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