第038話 勝負の行方


「おおぉぉ!!!!」


 僕は叫びながら踏まれてる足に思い切り力をかけて、彼女を少し浮かせた。


「「!?」」


 バランスを崩し、倒れこみながらも木刀を振り下ろすカヨ。避けられない。

 僕はヤケクソで木刀を振った。




 …………




 彼女は僕に馬乗りになり、木刀を胸元に突きつけていた。

 僕も彼女の首筋に木刀を当てている。


 スポーツならば、どちらが先かという話になる。だが、実戦ならば間違いなく両者相打ちであろう状況だ。



「……」

「……」


 僕らはお互い、肩で息をしていた。

 まっすぐに僕を見る凛々しい彼女の顔、まぶしい朝日をバックに滴る汗が光っている。

 

 とても……綺麗だった。


 でも、そろそろ降りて欲しい。

 息子さんが元気になる前に。


「フーッ……引き分けのようね」

「ああ、そうだな」


 カヨは立ち上がり、パンパンと埃を払う。

 僕も息を吐いて立ち上がり、同じように埃を払った。


「ちゃんと勝つつもりだったのに」

「それは僕もだよ」


 彼女は少し考えて、沈黙する。

 そしてこちらを見る。


「でも、勝負は勝負よね」



 彼女は意を決したように、少しを脚を開いてバッとスカートをたくし上げた。

 一瞬、白いものが見えた。

 そしてすぐスカートを下ろす。


 彼女の顔は少し赤い。明らかに恥ずかしそうだ。


 僕は開いた口が塞がらなかった。


「……何をやってるんですかね?」


「スカートをたくし上げて、下着を見せたの」


「……そうですね」


「引き分けだから、ちょっとだけ」


「もしかして、本当は僕にパンツ見て欲しかったとか?」


「違うわ」


 彼女は近づいて、手をぎゅっと握ってきた。


「え!? な、何を……!」


 僕はドキッとする。

 また【呪い】なのか?


「つき従え抑圧されろ。マインドサプレッション」

「うえぇ!?」


 頂きました、強力な精神魔法。体から力が抜ける。 膝から崩れ落ちて、うつ伏せになる。


「お前、何を!?」


「勝負は引き分けだから、しごきは半分だけ。そうでしょう?」


「そうじゃないだろ!」


「でも、私はあなたの要望に応えた。次はあなたの番。返品はできないわ。あー……恥ずかしかった」


「いや、待て!その理屈はおかしい!」



 僕は地面に這いずりながら必死に抗議する。



「うっさい黙れ」

「がぁ!?」



 精神魔法の魔力が強められ、喋れなくなる。



「何がスカートをたくし上げろよ。頭おかしいんじゃないの? 流血しなかっただけ、ありがたく思いなさい」


 やはり、相当ご立腹の様子だった。

 まあ、僕が怒らせたわけだが。


「はぁ、でもまあ引き分けは引き分け。腕立て伏せ50回でいいわ」


 彼女がそう言うと、途端に体が軽くなった。

 かなり魔力を抑えたようだ。


「それくらいなら、言ってくれればやるんだけど……」


 やり方にもよるが、腕立て伏せ50回はそんなにきつくない。

 少なくとも、「しごき」とは程遠いトレーニングだ。


「50回でいいんだな?」

「ええ、きっちりやってね」


 僕は腕立てのポーズを取り、肘を曲げようとした。

 が、その時、腕と背中に大きな負荷がかかる。


「おおぉ!?」


 カヨが僕の背中に腰を掛けて座っているのだ。


「お、お前!?」

「宿でシャワー浴びたいから、早くやってくれないかな?」

「重いんだよ……!」


 当然重いのもあるが、お尻の柔らかい感触が背中に伝わっている。


あ、邪念さん、こんにちわ。今日はよく会いますね。


「え? 何? よく聞こえなかった」


 僕の頬に冷たい金属がペチペチと当たった。 カヨの刀だ。

 彼女はいつの間にか刀を抜いていた。


 昨晩はあんなにしおらしかったのに、寝顔は天使だったのに、どうしてこうなった……


「……」


 僕は諦めて、腕立て伏せを始めた。





 …………・




「46……49……50……!」


 グシャリと潰れ、地面とキスをした。

 限界だった。


「おい、47と48はどうした?」


「ごめんなさい……もう……無理です……」


「仕方ないわね」


 カヨは慈悲を見せてくれた。

 なんだかんだで彼女は優しい。僕は信じている。


「少し休んだら46からやり直していいわよ」


「…………」


 合計が増えた気がする。多分気のせいだろう。


 彼女の着ている服の生地は柔らかい。だからお尻の形が直に伝わってくる。

 変に意識すると下半身が元気になってしまう。

 僕は邪念を払うために一人で刀を振っていたはずだ。

 どうしてこんなことに……



 遠くから足音が聞こえてきた。

 誰でもいい、助けてくれ。


「カヨと……ジンか?」


 聞き覚えのある声、これは僕らの中の常識人フリッツの声だ。

 だが顔を向けることすら、今の僕にはできない。


「あら、フリッツ。おはよう」


「ああ、おはよう」


「おはようございます」


 僕は地面にキスをしたまま挨拶を返した。


「……何をやっているんだ?」


「腕立て伏せよ」


「お前はやってないだろぉ!」


 僕は全力でカヨに突っ込んだ。

 しかし、抗議も虚しく刀でペチペチと頬を叩かれる。


「あと10回、頑張ろ?」


「……」


 え? あと10回だっけ? そんなに残ってたか。

 でも10回なら出来る気がする。

 再び力を込める。


「1……2……3……4!?」


 ダメだった。再び地面にキスをした。


「カヨさん、本当に、本当に限界なんです」


「はあ、分かったわよ」


 彼女は精神魔法を解いて立ち上がった。


 僕は解放されたが、やはり立ち上がれなかった。


「……何故腕立てを?」


「ジンが剣の勝負に負けたから、その罰でしごいてたのよ」


「負けてねぇよ! 引き分けだったろうが!」


 僕は敗者のように地面にひれ伏せながら反論した。


「こんな朝早くから剣で勝負を……」


「一人で朝稽古をしていたら、そこのお姫様に絡まれましてね。 こんなしごきを受けたわけです」


「そうか……もし良ければ、今度俺も混ざっていいか?」


「フリッツも?」


 目の前で立てなくなっている男がいるに、不思議な事を言う。

 こんなイジメを朝からご所望なのか?


「前々から訓練が足りないと感じていたのだが、いい相手がいなくてな」


「じゃあ、一緒にやりましょうか」


 なぜかカヨが仕切りだした。


「待て、僕はやるとは」


「やらないの? 魔法を使わない私に勝てないのに、あなたは訓練すらしないの?」


「ぐ……それは……」


「まあいいわ、私とフリッツで勝手にやってるから、朝はゆっくり寝てなさい」


「……分かったよ! やるよ!」


 カヨは勝ち誇ったようにフフンと言う。


「毎朝ね」


「ま、毎朝ぁ?」


 何を考えているんだ。部活じゃねぇんだぞ。

 フリッツさん、何とか言ってくださいよ。


「仕事がなければ俺も毎朝出よう」


「えぇ……?」


「決まりね」



 こうして僕とカヨとフリッツの朝練が日課に加わった。



「ところで、いつまで寝てるんだ?」


「起き上がれないんですよ」


 フリッツは僕の襟首を掴んでグイッっと持ち上げた。

 流石甲冑着込んで重い盾を持って戦ってるだけあって、凄い力だ。


「ジンの動きは鋭いと思うが、筋力は無いな。 そういう鍛錬はやらないのか?」


「……技巧派なので」


「それは言い訳だな。 力が無いと活きない技もあるはずだ」


 ぐうの音も出ない正論。筋力はあって損は無い。


「確かに……」


「じゃあ朝の訓練にそういうった鍛錬も加えよう」


「……」


 朝練に筋トレも追加されてしまった。

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