第037話 激しい朝練
カヨの補助魔法とともに試合が始まった。
本来ならば、男である僕の方が筋力があり、動きも速い。
今は加護の力で危険を予知し、少し身体能力も上がっている。
さらに使っているエモノも長い。
普通に考えれば圧倒的なアドバンテージがある。
カヨはその穴埋めをするため、素早さを上昇させる補助魔法を使った。
ただそれだけだった。
この補助魔法アジリティゲインは体を動かすのが苦手な魔法使いが、素早い敵に翻弄されて一方的に殺されないようにする程度の魔法らしい。
あるいは魔力が低い戦士が使うならば、気休め程度に素早くなれる魔法だ。
だが彼女の場合は違う。 馬鹿みたいな魔力を持っていて、補助魔法がシャレにならないレベルまで能力を高めている。
それに加えて元々の身体能力が高く、剣を扱うセンスも良い。
僕は中学の終わり頃まで、彼女に剣道で負けっぱなしだった。
………………
僕はまずセオリー通り正眼で構える。切っ先を置いて、リーチの違いで有利を取ろうとした。
彼女が少し振りかぶりながら重心を移動させる。
攻撃の予兆、前の足が少し浮いた。
彼女の踏み込みに合わせて、僕は切り落としを準備する。
だが、次の瞬間に彼女の体が眼前に迫っていた。
意味の分からない速度で踏み込まれ、鍔迫り合いになる。
「っ!?」
「っち!」
自称魔法少女は舌打ちをした。
ちょっとちょっと、態度悪いですよ。
彼女は僕を押して崩そうとしているが、流石に体格差がある。
僕は少し横にずれて、軽くぶちかましを入れる。彼女はじたんだを踏んだ。
そして僕の体は無意識に木刀を振った。何百回とやってきた動きは自然と出る。
体を離す引き際の小手打ち、引き小手。
絶対に決まるタイミングだと思ったが、カヨはとんでもない速度のステップで距離をとった。
この一合でよく分かった。
僕は彼女に追いつけない。そして一方的に間合いを出入りされる。
「引き小手、ほんと好きよね」
「……得意技だから」
「でも、もう喰らわない」
小手どころか本体が目の前から消えるんだから、そりゃ喰らわないだろう。
彼女はフーッと息を吐き、また一瞬で間合いを詰める。
意趣返しなのか、逆小手狙いの鋭い振り下ろしだった。
本来ならば逆小手は遠いため、単純に狙いにくい。だが、ここまで踏み込みが速いと、リーチの差なんてほとんど関係ない。
脚を下げて半身にして、右へ体を流しながら小手打ちを避け、反撃の面打ちを振る。
が、既に彼女は僕の間合いにいない。
完璧な後の先だと思うんだがなぁ……
やはり普通にやってたら、まったく通用しないようだ。
カヨも面白くなさそうな顔でこちらを睨んでいる。
僕も僕で予知が無ければ、なます切りになってるからな。
ただ、受け身というのは良くない。
僕はどちらかと言うと後の先⋯⋯つまり返し技が得意だけど、それらが活きるのも“攻め”があってこそだと思っている。
今度はこちらから仕掛ける為に少し低く構え、ジリジリと距離を調整した。
「そのにじり足は奇策を使う時によくやるわね」
「……」
付き合いが長いだけ合って、めっちゃバレてるぅ!
っていうか口に出すなよ!
……まあ、バレたならバレたで、囮にすればいい。
僕は軽く踏み込んで胴体に向け、右手一本の片突きを放つ。
彼女は突きをはたき落としながら左へずれ、横薙ぎを入れる姿勢を取った。
狙い通り。
ちょっとズルいが、僕は加護の力で剣閃を予知できた。
ガッ!
木刀の柄で横薙ぎを受ける。
「なっ!」
驚きの表情を見せるカヨ。その隙に体を滑り込ませ、顔面……は、ちょっと無理なので肩口へ向けて袈裟斬りを振る。
よろめきながらも、彼女はかわした。
バックステップで間合いに出られる前に、すぐさま太ももへの突きを放つ。
しかし、その突きは木刀で受けられる。不慣れながらもギリギリで捌かれてしまった。
ダリルがカヨにやっていたように、やはり下段技が有効だ。目に見えて対応が拙い。
僕は前に出ている彼女の脚を狙う。
出が早く隙の少ない、突き技を主軸に細かく攻撃を繰り出す。
本当の狙いは彼女が嫌がって距離を取ろうと、後ろに下がるタイミング。
そこにリーチの長い踏み込み片手突きを合わせでば、ギリギリ間に合うはずだ。
それまでネチネチ攻めよう。
「まったく、嫌らしい」
「……」
彼女は悪態付き、顔をしかめる。
僕が優位だとは思うが、喋りながら捌かれている。
そもそも、僕も下段への攻撃をあまり練習できていないので、出せる技が少ない。
細かく打たなければならない事もあり、下段攻めが早くも対応されてきているようだ。
少しずつ彼女の反撃も割り込んできた。
多分、彼女も彼女で僕が大振りになる所を狙っているだろう。そんな気配がする。
じゃあ、誘いに乗ってみるか……
体には届かないであろう間合いからの、強い横薙ぎを構える。狙いは木刀。
「ッハ!」
短く息を吐き、渾身の力を込めた。
ガンッという音と共に、彼女の木刀を横に弾き防御を崩す。
僕は大きく振り上げ、カヨのがら空きの頭に木刀を振り下ろす。
――おそらく、これが彼女の狙いだろう。
僕の振り下ろしは避けられた。馬鹿げた速度のサイドステップで。
彼女は弾かれた木刀をそのまま下げて半身になる。居合のような構えからの横に一閃。
ただ、僕も上段を避けられるところまでは読んでいた。
その一閃よりも更に低く構え、剣閃を予知。地に這いずり、スレスレでかわす。
「ウソッ!?」
カヨは渾身の横薙ぎを受けられずにかわされて大きくバランスを崩していた。
僕も予想より鋭く低い横薙ぎだったため、余裕のない回避だった。
だが、起き上がりながらの切り上げなら間に合うはず。
僕はフッ!と短く息を吐きながら、立て直しつつ切り上げを振る。
ガンっ!
が、運悪く剣先がベンチに当たり、木刀を振れかった。
僕らは相当動き回りながら試合をしていたようだ。
「ああっ!?」
「はっ!!」
カヨの容赦ない振り下ろしが僕を襲う。
加護の力で何とか避けるも、まともに立ち上がれていない。僕は転がるように避けた。
しかし、恐ろしい速度で彼女は踏み込んでくる。
「ッい!?」
足先に痛みが走る。
足を踏みつけられていた。
もう逃げられないように。避けられないように。
「もらった!!」
彼女は全力で振りかぶって渾身の一撃を入れようとしている。
顔はニヤリと獰猛で残虐な笑み。
どんなしごきが待っているんだろうか……
ヤベェ! ヤベェよ!!!
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