第034話 彼女の部屋で


 夜更けに胸の違和感で目を覚ました。


「早速か……」


 思わず独り言が出た。

 この感じは間違いなく【呪い】だ。


 ――コンコン


 身体を起こすと同時に、ドアがノックされる。

 僕の部屋をノックするのは彼女しかいない。


「カヨか?」


「うん、起きてる?」


「ああ」


「私の部屋に来てくれる?」


「なぜ?」


「嫌……なの?」


 間違いなく彼女の声だった。

 ただ、声はか細く泣き声だった。


 魔法で制圧された経験から、ゆっくりと扉を開く。


 カヨは先程までのポニーテールと違い、長く艶やかな髪を下していた。

 ラフなシャツの姿にスリッパ。就寝していたとしか言いようのない装いだ。

 ただ、表情は……悲しく、つらそうな顔で涙を流して目を伏せている。


 僕の胸には【呪い】の違和感がある。


 前のように精神魔法……マインドサプレッションをくらえば、そのまま抵抗できなくなる。

 スキルブックで確認したが、精神魔法の有効範囲は極めて短いらしい。

 だから詠唱が始まって即座に距離を取れれば、逃げる事ができるはずだ。


 いつでも距離が取れるように、警戒しながら彼女の様子をうかがう。


「そんな邪険にしないで。 今日は魔法を使わないわ」


「どうして?」


「……嫌われたくない」


 カヨは涙を流しながら、ポツリと言った。


 どうしてこんなことになってるか分からないが、カヨが本心なのは何となくわかった。


「お願い」と、呟いて彼女は自分の部屋に戻って行く。

 僕は戸締りをしてついて行き、彼女の部屋に入る。


 彼女はベッドの上でちょこんと座り、ポンポンと布団を叩いてこちらに来いと催促してきた。


「いやさっき約束して変な事は……」


「変な事なんて、要求しない」


「じゃあ何を?」


「慰めて……欲しい」


 慰めるというのは、まあ変な事では無いと思うけど……意図が見えない。


 僕は警戒しながらベッドに近づいた。


 ランプ一つだけが灯る薄暗い部屋の中で、涙の雫が光っている。

 彼女は先程からずっと泣いていた。


「慰めるだけなら、なんで部屋に呼んだんだ?」


「昨日は私があなたの部屋で慰めてあげたでしょ? 今度はあなたが私の部屋に慰めに来て欲しかった。それだけ……」


 胸の違和感は消えない。間違いなく呪いが発動している状態だ。

 だが前の狂気的な狂い方とは全く違う。


 どちらかと言うと心が折られ、弱々しくなっているそんな感じだ。


 僕は恐る恐るベッドに腰をかけた。


「もっとこっちに」


「……」


 促されるまま、ベッドに上がり僕は彼女の正面に座った。

 正座で。


「さっき言ってたお願い、本当は三つあったの」


「三つ?」


「慰めて欲しかった。 でも言い出せなかった……」


「さっきから慰めて欲しいって言ってるけど、何を慰めて欲しいんだ?」

「……何を?」



 カヨの顔がみるみると崩れていく。

 彼女は思い切り飛びつき、抱きついてきた。


 僕らはベッドで横になる。


「……ッ!?」


「私がアイツら何されたのか、見てたんでしょ!?」


 アイツら。間違いなくリゲルたちの事だろう。全てを見たわけではないが、一部始終は見ていた。


「ぜ、全部じゃないけど」


「暗がりで男に囲まれて、力尽くで口も手も足もギチギチに縛られたのよ!……物凄く怖かった……」


 僕の胸に顔を埋めて泣いている。まんま、昨日とは逆の立場になっている。


 石鹸のいい匂いがしてきた。

 出来る限り優しく頭を撫でる。長い髪はサラサラで手触りが良かった。


「吊り上げられて……ひん剥かれて……魔法も使えない……何もできずに……うぅッ!」


「っ!」


 彼女は僕の背中に強く爪を立て、激しく嗚咽を漏らす。

 背中に痛みが走るが……そんな事よりも、心が痛かった。


 カヨは気丈に振舞っていたが、連れ去られて気絶するほど痛めつけられていたんだ。平気なわけが無い。


「アイツは笑いながら首輪を嵌めてきたのよ!! そして足に……拷問が始まって泣き叫んで、もう私は終わりなんだと思った……」


「カヨ……」


「目が覚めた時、セイナに慰めて貰って大丈夫だと思ったけど……それに今日は楽しい日だと自分に言い聞かせて、はしゃいだけど…………まだダメだった……一人が怖い、お願い、うぅっ……」


「……分かった」



 彼女は泣きながら恐怖を吐露した。僕が殺しを懺悔したように。

 僕らはいつの間にか、依存しあってるのかもしれない。


「昼に人がいるときは大丈夫だけど、夜一人になると、もうダメな時がある。 もうずっと前から、限界なの……」


 森に中で焚き火を前にして一人泣いているカヨを思い出した。もう随分も前な気がするが、ほんの半月前の話だ。


「我慢しなくても、いいんじゃないか?」


 彼女は一度、驚いた顔で僕を見る。

 そして表情を崩す。


「うぅッ!! ウァァァァ!! !!」


 堰を切ったように、わんわんと泣き出した。


「 帰りたい!! 早く帰りたいよぉ!! もう嫌だ!!……なんで!? どうして私はこんな所にいるの!? 私が何をしたっていうのよ!!」


「……」


「 一人に……一人にしないでよ!!」


 昨日、カヨがしてくれたように、僕は彼女を優しく抱きしめた。


「……分かった」


 フー、フーと彼女は肩で息をしている。


「今夜は……ここで寝て」


「え?」


「……お願い」


 カヨはシーツを引っ張り、僕らの肩までかける。

 彼女は僕の胸の横で丸まった。そして腕を首に回し、脚を絡ませてくる。

 柔らかな胸、太ももの感触が伝わってきた。


「あったかい……」


 ポツリと呟き、険しい表情は段々と緩くなる。程なくして穏やか寝息が聞こえてきた。


 彼女は眠りついた。

 そして、同時に僕の胸の違和感は消える。

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