第031話 刃文と不能

 僕ら5人は報酬を分け、昼食をとって解散した。

 ちなみに僕と被害者のカヨは多めにもらった。

 飯を食っている時にニールは「パンツ履かせるだけで1万ルーブはボロい商売だぜ」って言っていた。

 コイツに僕の右ストレートが火を吹く時は近いと思う。



 僕とカヨは装備を新調する為に工房に行った。


 店の奥ではシュゲムが刀に何やら細工をしていた。刃文を付ける工程のようだ。


「ん? ジンか。早いな。作業はもうしばらくかかるぞ」

「ええ、丁度装備を新調しようと思っていたので店の中を見てます。ちなみに今は何をしてるんですか?」

「見ての通り刃文を書いている。普通は泥を使うのだが、それに砕いた魔石を混ぜて回路にすれば魔道具となる」


 横には数種類の小鉢があり、中には色の違う泥が入っていた。

 使う魔石によって色が変わるようで、それを組み合わせて回路を書いているのだろう。


 カヨはシュゲムの作業を眺めながら口を開いた。


「もしかして、ここに書いてるのは魔力を安定させる回路?」

「お、見ただけで分かるか?」

「何となくだけど」

「その通りだ、凄い才能だな」

「じゃあこっちの回路は……」


 二人は魔道具の回路で盛り上がっていった。

 僕はサッパリ分からなかったから店の中を見て回る。

 本当にそっち系の才能がないようで悲しい。


「そういじけるなって。人間、向き不向きがある」


 店番をしていたダリルが話しかけてきた。

 アンタが言うと説得力があるよホント。


「そう言えばダリルさん、あの訓練で使った魔道具の木剣ってオーダーで作れますか?」

「おう、簡単に作れるぞ」

「じゃああの太刀の長さと重さに合わせて一本お願いします。練習の時に勝手が違うと困るので」

「わかった」

「他にはブーツなんかが派手に燃えてしまったので……」

「んー、この辺は買った方がいいな。修繕する程高価なもんでもないだろ」

「お任せします」


 ダリルは適当に品を見繕って持ってくる。

 僕はそれらのサイズを確認していった。


「弓はその安物でいいのか?」

「そうですね。ニール師匠の高い弓を貸して貰ってもしっくり来なかったし、刀に持ち替える時に良く投げるから安物ぐらいが丁度いいかなって」

「まあ使い慣れてるならそれでいいか」


 ダリルは少し残念そうだった。高い弓を買わせようと思ってるんだろう?

 こっちはまだ借金生活なんだよ!


 装備の話をしている時、先ほどの会議でダリルに聞きたい事を思い出す。


「そう言えば……もしダリルさんなら、あの帝国の魔道具……ギアでしたっけ? アレにどうやって対抗しますか?」

「ああ、リペルシールドを張り続けるとかいうインチキ装備か」


 ダリルは顎に手を当てて少し考えた。


「張り直すまでに少しだけ間があるだろう? 俺なら盾で体当たりして、張り直される前に間髪入れず剣を刺しこむ。もしくは左手に短剣を持って右の長剣で剥がして短剣を刺しこむとか、こんな感じか?」

「なるほど……」

「後は出の早い魔法を撃ちながら同時に斬り付けるとか、弓なら右番で速射もあるな。俺は右番なんて出来ないが、ニールなら出来るぞ」

「みぎつがい?」

「まだお前が覚えるのは無理だから、ニールは教えてないんだろうな」


 ダリルはそう言って店に置いてある弓矢を持って、構えてみせた。


「時々ニールが恐ろしい速さで矢を連射するだろ? あれはこうやって右番で射ってる」


 普段は弓の左側にある手の上に矢を乗せ、安定させて射る。

 今ダリルが見せた方法は、弓の右側に立てた指の上に矢を乗せて射るやり方だった。


「これは左番用の弓で右番で射れば精度は落ちるが、熟練すれば1秒以内に次の矢を射ることが出来る」

「知りませんでした……」


 ダリルは色々な答えを持っていた。


 僕は愚直に斬り続けるしか出来なかったが、これらの答えを持って対応出来れば、リペルシールドが張り直される前に攻撃が通るかもしれない。


 さっきの会議でハナクソほじっていたおっさんとは思えないほど、しっかりした答えだ。

 やっぱ人間、向き不向きがあるんだな。


「お前は両手剣一本で盾や二刀は持てないみたいだし、投げナイフや攻撃魔法もロクに使えない。練習しないで右番で速射なんて何処に飛ぶか分からない。うん、詰んでる。 よく生きて帰ってこれたな」

「……」


 最初は有利だったんやで?


「ジン! 今から焼入れするよ!」


 魔法少女改め刀剣少女から、妙にテンションの高い声が飛んできた。


 工房の奥を覗くと、シュゲムはペンチで炉から真っ赤に焼けた刀身を出している。彼はそれを少し油の浮いた水が張ってある桶の中に入れた。

 最初は刃の部分のみに水が当てられて刀身が反ってくる。その後、刀身全体を漬ける。

 ジュワーっという音と共に、狭い工房に水蒸気が立ち上る。


 カヨは大興奮していた。 意外な一面だ。


 まだ湯気が出ている状態で水から上げる。

 刀身は真っ黒になってゴテゴテになっていた。

 このゴテゴテになってるのが泥なのだろう。


「後は泥を割って研げば出来上がりだ。研ぐのはシャープネス使えばすぐだが……恐らく鞘も作り直しなるな」

「鞘もですか?」

「当然反りが変わるからな、それに……まあ

 後でわかる。ダリル、鞘を作っておいてくれ。わしはもう一本、刀を新しく打つ」

「え? 何でまた?」

「私も欲しいの!」


 シュゲムの横にワガママ娘がいた。

 そう言う事ですか……ギルドマスターも暇なのかね?


「その、いいんですか?」

「久々にやると面白くなってしまってな、ちゃんとした一本を打ちたくなった」

「打ちたくなったって、もしかしてこの刀は……」

「昔、わしが打った刀だ」


 あー、それで使わないのに刀を持ってたんだ。


「この辺の剣を使わせてもらうぞ」


 そう言ってシュゲムは安物の剣を二本ほど炉に投げ入れた。

 カヨとの会話を聞いていると、鉄の質は炭素の量が重要だが、その辺をマニアックな魔法で調整するらしい。工法よりも、この世界に元素の概念があったのも驚きだった。


 カヨは火の魔法で炉の温度を上げて鉄を溶かしていた。

 シュゲムは溶けた鉄をヘラのような物の上に乗せて、叩き伸ばしていく。

 彼自身、魔法で身体強化しているようで、恐ろしく速いし力強い。5回くらい叩いたら折る、そしてまた叩くというのを繰り返していた。


 ほぼ一人で手際よく作業している。


 ものの五分で細い棒状で三角形の鉄が出来る。


 次にまた溶けた鉄を打ち伸ばして板状にしていった。

 一度その板を水につけ「ふむ」と一言唸る。


 その板と棒を炉に入れ、溶かしながら組み合わせ、刀身の原型ができる。

 切っ先の形を整えて最後は丁寧に叩き伸ばしていった。

 そしてペンチで刀の原型もってカヨを手招きした。


「カヨ、これをシャープネスで荒研ぎしてみろ」

「分かったわ。ーーシャープネス!」


 手をかざしてカヨは魔法を唱えた。

 真っ黒だった鉄の棒は銀色に光り出し、反りのない刀の形状に仕上がっていた。


「ふむ、見事だ。ここまで凄いと荒研ぎとは言えんな。では刃文を入れるか」

「よーし!」


 そう言って二人の世界に入っていった。

 どうやらカヨは自分で刃文を入れた刀が欲しかったようだ。


「すみませんねダリルさん。工房占拠しちゃって」

「いや、俺も久々にマスターの技を見れて良かった。あの人が剣を作らなくなって久しいからな」

「作らなくなったというのは?」

「忙しいのもあるんだろうけど、王都から剣を使えないボンボンがオーダーに来てめんどくさくなったて言ってたな」

「そうなんですか……」


 確かに、シュゲムが刀を打ってるのは仕事というよりも趣味のような感じがする。

 無表情だが少し楽しそうなのがわかる。

 先程の会議でも常識的な態度で接してくれるし聞けば答えてくれる。


「ちなみにだが、マスターはフィーナの実父だ」

「つまり、ダリルさんのお義父さんなんですね」

「……そういう事になるな。あの会議に俺が出たのも身内で信用出来るからだろうな。 リゲルの事でギルド内部があまり信用できない状況だ。 気をつけろよ」

「わかりました」


 その会議でハナクソほじってた奴が実に偉そうである。



 …………



 カヨはしばらくかかると言っていたので、僕は床屋に行く事にした。

 実はリゲルとの戦闘で右側の髪の毛を少し燃やされていて、アシンメトリーなスカした髪型なのである。

 派手に燃えなかったのは、頭部を守るネックレス型の魔道具のおかげだった。

 持ってなかったら丸坊主になっていたところだ。

 髪も伸びてきたし丁度いいといえば丁度いい。


「確かにこの辺に……あったあった」


 僕は以前、街を散策していた時に見つけた床屋に入った。

 床屋の中は椅子と大きな鏡、洗面台があり少しオシャレな雰囲気だった。

 女性の店員が忙しそうに働いている。

 床屋と言うよりも美容院といった感じかもしれない。この辺のニュアンスはスキルブックの翻訳によるものだろうと思う。


 カウンターの店員が座る席を指示してくれた。


「いらっしゃい、あの奥の席に座ってね」

「わかりました」


 席に座って暫く待つと空いてるカット店員?が挨拶してきた。


「こんにちわー、今日はどうしますか?」


 長いブロンドで癖っ毛の可愛らしい店員だった。

 年齢は……もうどうでもいいや。僕より若干だが若く見える。

 大きな胸には名札があり、「リーナ」と書いてあった。


「そうですね、目にかからない位にして後は一ヶ月分切ってください」


 オーダーが面倒な時は「一ヶ月分切ってください」に限る。そもそもこの世界のヘアスタイルとか奇抜な人も多く、何が流行りとか無難なのかよく分からない。


「分かりました……あら、お兄さん、何処かで会いました?」

「そう言えばなんか見覚えがありますね」


 どこで見たのだっけか……


「あ、フィーナさんの講習会で」

「それだ!」

「毒針を自分に刺したお兄さんか」

「うっ……」


 そんな事もあったな。

 知らない人の記憶に残ると言うことは、なかなかのインパクトがあったらしい。

 ちょっと恥ずかしい。


「ギルドの仕事は副業なんですか?」

「毎日あるわけでじゃないからねー。むしろこっちが主業だよ」

「へぇ」


 彼女は世間話をしながら、慣れた手つきで髪を切っていく。


「ところでお兄さん」


 リーナは顔を近づけて小声で話してきた。


「不能って本当なの?」


 ……は?


「……誰がそんな事を?」

「え? 誰がって……よく言うじゃない、魔力が低い人は下が不能で、魔法が下手な人はエッチが下手って」

「……なん……だと?」

「簡単な解毒魔法をあんなに失敗する人、初めて見たんだけど……やっぱり不能なの?」


 何なんだコイツ、ほぼ初対面の客に不能かどうかなんて普通聞くか?

 いや、これがこの世界のスタンダードなのか?

 そもそも僕は不能だったのか?

 いや、そんな事はない


「僕は立ちますよ」

「へぇ、違うんだ」

「しかもテクニシャンです」

「……」


 少し白い目で見られたかもしれない。

 余計な事を言ったかもしれない。

 だが謂れのない不名誉なレッテルを貼られるのは勘弁願いたい。


 程なくしてカットが終わり、洗面台?に移動した。

 ここは仰向けになるタイプだった。

 寝かされて優しく髪をシャワーで流される。


「熱くない?」

「はい」

「痛くない?」

「はい」


 女性の細くて柔らかい指が頭皮を優しくマッサージしてくる。

 美容院に行っていつも思うけど、他人にシャンプーしてもらうのは気持ちがいい。


 ただ、このリーナという店員は肩や顔にわざとらしく大きな胸を当ててくる。


「ちょ……」

「気持ちいい?」

「は……え? いや、普通そんな事聞く?」

「聞く聞く、どう?」

「どうって言われましても……」


 この世界の床屋はここまでサービスするのがスタンダードなの?

 君の視線、さっきから僕の股間に向いてるけど、それもこの世界なら普通なの?


 洗髪が終わり、会計を済ませているときに後ろからコソコソとリーナ他、女性店員達の声が聞こえた。


「胸押し付けても全然立たなかった」

「えー、アレって本当なんだ」

「うん、魔力が低いとやっぱり……」


 ……僕は逃げるように店を出た。


 天を仰ぎ、ポツリと呟く。

 晴れやかな空は、僕の心と対照的だ。


「なんて……なんて生き辛い世界なんだ……」


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