第030話 ギルドマスター
朝10時前、僕、カヨ、フリッツ、ニール、セイナの五人でギルドに来ていた。
フリッツは耳の長い綺麗な受付の女性、フィーナに挨拶をして声をかける。
「先日の事件で出頭命令を受けました」
「マスターは3階の執務室にいます。早速案内しますね」
僕らはゾロゾロと3階まで上がり、ギルドマスターとやらの執務室の前にきた。他の扉と違い、少しだけ装飾されている。
この世界で初めてのお偉いさん。どのような人だろうか、少し緊張する。
--コンコン
「連れてきました」
「入っていいぞ」
扉の向こうから若い声がした。あまり威厳のある感じではない。
フィーナは大きな扉を開く。促されるまま続いて部屋の中に入った。執務室は飾り付けが無く質素だが広い。真ん中に大きなテーブルのある部屋だった。壁には一面書棚があり、大量の書類がファイルしてある。
部屋の奥にはもう一つ机があり、そこには少年らしき人物が行儀悪く腰をかけていた。隣には工房の主人、ダリルが立っている。
少年は耳が長く、白い肌とは対照的な黒目黒髪……見た目は中学生から高校くらいの人物だ。
見た目とは不相応に、鋭い佇まいをしている。
この感じ、エルフ特有の年齢詐欺でどうせ1000歳とか言い出すんだろう。
僕の直感はそう告げていた。
彼は無表情で机から飛び降り、口を開く。
「よく来た。 わしはギルドマスターのシュゲムという。まあ座れ」
僕らは大きなテーブルにある椅子にそれぞれ腰をかけた。フィーナは部屋にあるポットからお茶を人数分用意し、テーブルに並べる。
「えーと、そっちの男がジン=クリス。女の方がカヨ=ムラクモでいいか?」
「そうです」
シュゲムと名乗る少年?はダリルに確認を取っていた。
他のメンバーの確認を取らないという事は、もう知っている間柄だからだろうか。
「来てもらったのは事情聴取の一環だ。報告書とお前らの言い分に食い違いがあってな。素直に言えばお前らをどうこうするつもりはない……ダリル、簡単に報告書の説明を」
「はい、分かりました」
あの普段はだらし無いダリルが敬語使って対応している。
「えー……攫われたカヨを助ける為、ジンがアジトに単身で乗り込んで皆殺しにしました。ジン、間違いないな?」
「え、いや、間違いないですけど……」
はしょりすぎるだろ。
……この世界の報告書ってそんなレベルなの?
シュゲムは深いため息をついて呆れている。
「……お前、本当に剣以外ダメだな。もういい、フィーナ、説明を頼む」
「分かりました」
変わってフィーナが説明を始める。
「事件の日の夕刻、森の中でリゲル他の数名に攫われるカヨさんを見つけた。それを追い掛けて街から南南西に徒歩40分程の場所でアジトを発見。そこで全ての敵を排除してカヨさんを助け、街に帰還した。ジンさん、ここまでは間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
ニールが横でヒューっと口笛を鳴らし、ニヤニヤしていた。
僕はそろそろ殴ってもいいんじゃないか?と思うようになってきた。
「排除した相手の数は9人で間違いないですか?」
「はい、間違いないです」
「ただ治安部隊が確認出来た死体は洞窟の外で2、中で6です。合計8人分です」
「え?」
「あなたの報告にあった、リゲルと思われる死体がありませんでした。これが大きな食い違いです」
「そんなバカな!」
興奮して椅子から立ち上がってしまった。
それをシュゲムが制止する。
「落ち着け。リゲルがいたのは間違いんだな?」
「リゲルは私を攫った時に間違いなくいたわ。私を騙したのも、酷い事をやったのもアイツだった」
被害者であるカヨが加えて証言をしてくれた。
「ふむ……ジンよ、リゲルは確実に殺したのか?」
「はい、間違いなく。全身を矢で射ってから刀を首に刺しました。その上でさらに首の骨まで断ちました。あれで生きてたら⋯⋯人間じゃない」
「……確かに、どの死体も頭や首に致命傷を与えていたようだな。これだけ明確な殺意を持っているのに主犯と見られるリゲルを生かすのもおかしい」
「……」
「しかし、リゲルの死体は無かった。つまり何者かが治安部隊が来る前に死体を持ち去った可能性が高い」
「それは何故?」
「ま、何らかの秘密があったと考えるのが妥当だろう」
シュゲムはカップに一口つけ、ビクっとして舌を出した。
彼はどうも猫舌のようだ。
「そもそもだ、魔法使いは奴隷に不向きだ。奴隷につけている隷属の首輪には精神魔法がかけてあるが、魔力の高い者は簡単に抵抗できる。それなのに、何故か魔力が高いのを知って……そこの女、カヨを狙った」
「……それは私が可愛いからじゃないかしら?」
この女、この空気の中でそんな事が言えるのか
「ええ、カヨは可愛いから狙われてしまいますね」
ちょっとセイナさん?
「ああ、全くだ」
おいニール、てめぇ面白がって言ってるだろ
「そういう訳じゃない」
シュゲムは否定する。カヨは少しムッとしていた。
お前なぁ……
「最近、他の魔法使いも失踪したという報告がちょくちょくと入っていた」
そう言ってシュゲムは机の上に壊れた金属の輪っかを置いた。
「この首輪はカヨに付けられていたものだ。桁違いに強力な精神魔法が込められた、高価な魔道具だった。少なくとも王国内では流通していないし、王国では作れもしない」
「……どういう事でしょうか?」
「間違いなくコレを作ったのは帝国だ。帝国はそうまでして魔法使いを欲しかったんだろう」
カヨは壊れた首輪を手にとってみた。
「確かにこの首輪を付けられた時は気分が悪かったけど、抵抗できない程じゃ無かったわ」
「ああ、そうだろう。隷属させるには首輪を付けた状態で、一度徹底的に心を折る必要があるからな」
なるほど、足に杭を打ち込むなんて拷問まがいの事をやってたのか……
「最悪。ほんと悪趣味ね」
彼女は怒りを露わにし、乱暴に首輪をテーブルに投げた。
金属製の首輪は高そうなテーブルに傷をこしらえた。ガッツリ盛大に。
シュゲムの視線はその傷にあった。
フリッツさん、このテーブルの修繕費はパーティーの運用資金からでるんですかね?
「ジンよ、あとこれに見覚えあるか?」
シュゲムはテーブルの傷をスルーして、黒い金属片を取り出して僕に見せた。
この独特の形状は見覚えがある。
「おそらく……リゲルが着ていた鎧の一部だと思います」
右腕は刀を突き刺して内側から切り裂いた。その時に落ちた手甲だろう。
「やはりか。こちら側の諜報員によると、これは帝国軍が開発していた、非常に高度な魔道具と特徴が一致する」
「どういう魔道具なんですか? リゲルに攻撃しても当たる前に全て弾かれましたし、詠唱も無しで攻撃魔法を連発してきました」
「帝国の研究機関ではこれを“オートキャストギア”、通称“ギア”と呼んでいるようだ。その名の通り装備者の魔力を介在して自動で詠唱して魔法を使う」
自動で詠唱。何となくわかってきた。
「リゲルが攻撃魔法の……多分、ファイアーボルトを使う時にキュインって変な音を出してました。それが自動で詠唱するという事でしょうか?」
「恐らくな。その音が“火炎よ焼き払えファイアーボルト”という言葉を高速で言ってるのだろう。人の限界を超えて詠唱が出来るという事だ」
「じゃあ攻撃が弾かれ続けたのは防御魔法のリペルシールドでしょうか?」
「見ないと何ともいえない。リペルシールドは一回きりの防御魔法だが、切れた瞬間に自動で詠唱されれば、攻撃が弾かれ続けるだろうな」
フリッツが不思議そうに訪ねてきた。
「ジン、お前は一体どうやってリゲルを倒したんだ?」
「どこか攻撃が通る箇所があると思って、必死になって色んな場所を斬りつけていたんですが……リゲルがファイアーボルトを出す瞬間、掌に攻撃が通りました」
「となると、二つ同時には使えないという事か?」
「いや、そうじゃないだろう」
シュゲムはフリッツの予想を否定した。
「効果時間の長いリペルシールドと攻撃魔法を同時に展開する事は難しくない。この鎧を見た所、掌の部分だけ攻撃魔法、その他の箇所は全て複数の防御魔法が刻まれているように見えた」
「確かに、左手も弾かれませんでした。ただ、最後は普通に攻撃が通るように……」
「それは魔石が切れたのだろう……ふむ、ダリルよ」
突然呼ばれるダリル。
彼はハナクソをほじっていた。
その仕草を、全員に見られた。
「は、はい!」
「リゲルが訓練をしている所を見たことがあるか?」
「ええ、そりゃもちろん」
「リゲルが魔法を使ったとして、お前が強いと言ってるジンといい勝負になるか?」
「いや、近場ならジンが瞬殺でしょうね。まるで相手にならないと思います」
「今回、そのジンが室内戦で苦戦してる。治癒が得意な魔法使いにだ。この魔道具の危険さが分かるだろう?」
そうだ、人質がいたとは言え、僕はあんな素人みたいな動きの魔法使い相手に苦戦して殺されるかけた。
それも完全に不意をついて先制を入れたのにだ。
相手が少しでも戦いに心得があれば、簡単に殺されていただろう。
「この魔道具のヤバさは分かるけど、私が狙われる理由になるの?」
ギルドマスターにタメ口きく魔法少女。
お前は何でリゲルのゲス野郎に敬語だったんだ?
「この魔道具の威力は他の魔道具と違って、使用者の魔力の高さに依存するようだ。つまり、戦争で奴隷の魔法使いを用意してコレを着させれば強力な兵士になる」
「……でも兵士が欲しいなら自分の国で用意すれば良くない?」
「大規模に徴兵すれば戦争の準備をしてるとバレる。敵地の奴隷なら自国の兵士と違って死んでも遺族に補償が要らない。敵国の魔法使いという貴重な戦力を削げる。その上で強いのだ。厄介だろう」
シュゲムはため息をついて話を続けた。
「まあ、それは最悪のケースだ。こちらの諜報員からは明確に戦争の準備をしているとの情報は無い。今回の件も混乱を招くから王国側から公開するなと言われている。当然、今までの話は他言無用になる」
「……」
戦争……急にきな臭くて、大きい話なった。
「……結局、僕らはどうすれば?」
「まあ、周りに気を付けろ程度の話になるが……カヨは特に気をつけた方がいい」
「どうして?」
シュゲムはカヨをじーっと見つめた。
「お前程の魔力を持った者を見たことが無い。桁外れに高い」
「魔力が……見えるんですか?」
「ああ、わしはハイエルフの血が濃いからな。薄ぼんやりと見える」
スキルブックにはハイエルフという種族に少しだけ記載があった。昔は明確に分かれていたが、今では混血が進んで境目が薄いと書いてあった。
魔力が高いと言われ、上機嫌なカヨが口を開く。
「へぇ、ハイエルフって魔力が見えるのね」
「全員が全員見えるわけじゃないがな、血の濃さも関係ある」
そう言ってシュゲムは今度、僕を凝視した。
「ジン、お前も凄いな」
「え? もしかして……」
ハイエルフの特殊な瞳は、僕の隠された力を……
「あ、いや。ここまで魔力の低い奴を見た事がない。というか低すぎて見えん。下級魔法すらロクに使えんだろう。ハッキリ言って才能がかけらも無い。ここまで低いと伸び代も無いと思うぞ」
「……」
僕の魔法の道は閉ざされたようだ。
「そんな! ジンさんは不能ながらも私の講義を熱心に受けて頑張ってますよ」
天然画伯美人金髪メガネ人妻女教師テンプレ受付嬢エルフによる卑猥なフォローが入る。
アンタ、属性詰め込みすぎだよ。
「……フィーナさん、不能って言い方、やめてもらえません?」
「ジン、あなた不能なの……?」
隣にいるカヨは信じられないという表情で確認を取る。
「違うから!」
シュゲムは今度、僕の股間を見た気がする。
「ギルドマスター!なんで股間を見るんですか!?」
「待て、お前の不能はどうでもいい」
良くねーよクソが!
「その刀、見せてみろ」
「え? 刀? 分かりました」
僕は腰帯の留め具から刀を外してシュゲムに渡した。
「間違いない、これはわしが持っていた刀だ」
「ええ!マスターのだったんですか? 店で埃かぶってましたよ」
ダリルは驚きの声を上げた。
「ああ、確か200年くらい前だ。賭けで負けて武器屋のオヤジに巻き上げられた品だ」
とてもカッコ悪いストーリーですね。
「あのオヤジ、“これは寝かせれば値上がる”とか言いながら自分が先に墓の中で寝てしまったな」
クックックとシュゲムが笑った。
それ、笑うところなんだ。
「その刀、お返しした方がいいですか?」
「いや要らん、お前が使え。そもそも、わしは剣も刀も使わないしな」
じゃあ何で持ってたんだよ。
「ふむ……これも何かの縁か」
そう言ってシュゲムは刀を抜いてじっと見た。
「これにスペルブレイクの刃文を付けてやろう」
凄い厨二な響きのする専門用語が飛び出てきた。
「……スペルブレイクの刃文?」
「簡単に言うと、刃文を回路にして魔法を無効化できる魔道具にする」
「何それ!カッケぇ!」
僕は思わず興奮してしまった。
魔法無効化の剣、何という素晴らしい響きだ。
「クックッ、そうだろう? 秘術の一つだぞ?」
シュゲムは機嫌良さそうに笑った。
「まあ刃文に書ける回路なんて知れてるから……そうだな、軽い防御魔法を壊す程度でいいか? さっき言っていたリペルシールドなら問題なくブチ抜けるだろう」
「ぜひお願いします!」
「では昼過ぎにでも工房に取りに来い。すぐに再刃してダリルに渡しておく」
そう言ってシュゲムは刀を預かった。
「再刃?」
「刀を再び焼き入れする事だ。 刀身の強度は少し落ちてしまうが、そうしないと刃文を入れれん」
うーん、強度が落ちると聞くと少し嫌だけど、またあの鎧を相手にするなら迷うまでも無いな。
「あと報酬だが30万ルーブという事にした。リーダーのフリッツに渡すから勝手に分けてくれ。ジンもそれでいいな?」
「はい、大丈夫です」
フリッツなら任せられる。フリッツなら。
僕は強くそう思った。
「ではこれで解散だ。ご苦労だったな」
シュゲムにそう言われ、僕らは立ち上がった。
だが、部屋を出る直前で呼び止められた。
「あ、報酬からテーブルの修繕費は天引きしておくぞ」
シュゲムの指差した先には、カヨが付けたテーブルの傷があった。
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