第029話 二つの二人組

 気持ちが落ち着き、泣き止んだ頃、外はすっかり暗くなっていた。


「ありがとう、楽になった」

「はあ、全く、服がべちょべちょよ」


 彼女の服は僕の涙やら鼻水でひどいことになっいた。


「シャワーを浴びてくるわ。 そのあと、二人で食事に行きましょう」

「ああ、わかった」


 色々とあったけど、カヨは無事戻ってきて、僕と彼女の関係も修復出来たと思う。

 それだけは良かった。


「そう言えば、私が男と二人で食事に行くと、どっかの誰かが刀を持って追いかけてくるらしいわ。気を付けないと」

「……」


 彼女はいたずらっぽく笑った。


 僕はなんか色々と弱みを曝け出した気分になった。



 …………・



 僕もさっとシャワーを浴びる。ロビーで待っていると、程なくしてカヨが降りてきた。


「じゃあ行きましょうか」

「どこに行く?」

「診療所の近くにセイナ行きつけの洒落たお店があるの。そこにしない?」

「へぇ、いいね。そこにしよう」


 僕らはその店を目指して夜の街を歩いた。


 十分程歩いてその洒落た店についた。

 いわゆるカップルや若い夫婦が食事を取って談笑している。

 明らかにギルド横の食堂とは違う。


「カヨさん、なんかカップルばかりのように見えますね」

「周りの目なんて気にする必要ないわ」

「いや、別に気にしてるわけじゃ……」

「じゃあいいでしょ? やましいことでもあるの? 」

「いや、ありませんよ」


 いや、ほんとそういう意味じゃないんだよなぁ

 まあいいか。


 僕らはオススメと言われる料理を食べながら雑談をした。

 口を聞かなかった数日、お互いに充実していたようだ。

 カヨは僕に元の世界に帰ったら受験なんて辞めて猟師になればいいと言ってきた。

 この女、無茶苦茶いいやがる。今時弓矢と刀を背負って山を駆ける奴なんていねーよ。


 カヨはカヨで白衣の天使をやっていたと自慢げに言っていた。

 巨大な魔物を一撃で焼き殺し薙ぎ払う戦闘力を持った白衣の天使。何だろう、少し世紀末的な響きがする。


「……ん?」

「どうしたの?」

「ちょっと視線を感じて」


 確かに、何か視線を感じた。

 数日だが山で鍛えた感覚は馬鹿にできず、視線という物に非常に敏感になっているのがわかる。

 もしかして帝国軍のスパイ組織とか何か?


 ……あ、いた


 僕の死角にソレはいた。

 柱の影を陣取ってこちらの様子を逐一伺っていた。


 ニヤニヤしてて、最近それが少しムカついてきてる青年と

 優しい顔してシレっと変な事を口走る女性だ


 僕はカヨに耳打ちした。


「ニールとセイナにずっと見られている」

「な、なんですって……それはマズイわ」

「……やっぱりマズイか?」

「絶対明日、“仲直りできて良かったですね”って言いながら根ほり葉ほり聞かれる」

「ぐ……」

「やられっぱなしは面白くないわ……」


 カヨはそう言って会計を済ませ、僕の手を引いて店を出た。

 宿ではなく、人気のない暗い路地の方へ歩いていく。


「お、おいどこに行くんだ?」


 カヨは無言で僕を引っ張り、袋小路まで来た。


「セイナたちは付いてきてる?」

「ああ、付いてきてるな。ニールは分からないけどセイナの足音はわかる」


 さすがにニール師匠のスニーキングはレベルが高いが、セイナを連れているせいでモロバレだ。

 尾行するときはこういうのも気をつけないといけないのか。勉強になる。


「よしーーークアンタマイズ!」

「ちょっ!」


 薄い壁を通り抜ける魔法。カヨは僕の手を引いて塀にダイナミックエントリーした。

 当然僕もダイナミックエントリーした。

 心の準備も出来てないのに突然壁に突っ込む。凄く気持ち悪い初体験だった。


 塀の裏は誰かの庭になっていた。不法侵入ごめんなさい。


 程なくして、ニールとセイナが忍足で追いかけてくる。


「あ、あれ? 消えた?」

「見失ったんですか?」

「間違いなくここにいたんだけどな。 うっすらと足跡だってある」

「……残念ですね。こんな暗い裏路地で二人きり。一体何をしようとしてたのか……もう少しで見れたと言うのに」

「まあ待て、俺の予想だと塀を飛びこたと思う」

「大胆にも人の庭で……!」


 うん、このカップルとんでもねーな

 カヨも僕と似たような顔をしていたと思う。


 僕らは塀の裏からさらに回り込んで、彼らの背後に立っていた。


 軽く、そして静かに塀を登ろうとしたニール。


 その無駄に高い技量、他の事に活かしてくれないかな?


「つき従え抑圧されろ!マインドサプレッション!」


 カヨの強烈な精神魔法が展開される。


 壁に登ろうとしていたニールはセミのように地面に落ち、正座をしていた。

 セイナは抵抗して立っているが、辛そうだ。こちらを振り向く事ができないようだった。


 ちなみに僕も巻き込まれ、カヨの背後で地面に寝ていた。

 魔力によって、こうも抵抗力に差があるのか。勉強になる。


「こんばんわセイナ。こんな暗い裏路地で何をやってるのかしら?」

「こ、こんばんわカヨ。あなたたちを見かけたから追いかけてきたのです」


 この人、あまりにもストレートに自白しますね。


「へえ、それは何故かしら?」

「ちゃんと仲直り出来たかな?って」

「ええ、お陰様でちゃんと出来たわ。 だから根掘り葉堀り聞いたり、覗いたりしないでね?」

「そ、そんな! お姫様と下僕の禁断の恋なんて面白そうものを……」

「セイナ!」


 カヨは魔力を高めたのだろう。

 セイナが立っていられなくて正座をしたのが見えた。

 一方、僕は呼吸が苦しくなってきていた。


「うう、わかりました」


 セイナが折れ、魔法が解除された。

 カヨはフンっと鼻を鳴らす。

 セイナとニールはヨロヨロと立ち上がっていた。


 一方僕はまだ起き上がれない。


「あれ? 何で寝てるの?」

「いや、さっきの魔法に後ろで巻き込まれて……まだ体が上手く動かせない」

「あ、そうなの。ごめん」


 そう言って彼女は僕の額に手を当てて回復させた。

 なんでも魔力が弱い人はなかなか戻らないから、縮んだ魔力を少し引っ張るそうだ。


 僕もむくりと起き上がり、薄暗い裏路地でカヨの説教が始まった。

 やっぱりセイナには流石に説教で済ませるんだ。僕には鉄拳なのに。




「そう言えばあの日、ニールとセイナはなぜフリッツの家にいたんですか? 」

「それはあなた達をどうすれば仲直りさせる事が出来るのか、作戦を立てていたのです」

「……フリッツも?」

「いえ、フリッツはそういうのに疎いので私とニールが考えていました」

「じゃあ何でまたフリッツの家で?」

「だって二人だけでそんな事ばかり考えてると……ねぇ?」


 ニールとセイナは少し顔を赤くした。


「うん、よく分かりました」


 よく分かりました。フリッツの苦労が。

 尊敬の念を禁じ得ない。


「ちなみにどうやって私たちを仲直りさせようとしたの?」

「そうだなぁ。縄抜けの練習っていいながら二人をまとめてロープでグルグル巻きにしてみたり、魔力受け渡しの練習って言いながらキスさせてみたり……勿論そんな練習は無いよ」

「そんな強引なのはやめろぉ! 命がいくつあっても足らんわ!」


 僕は思わず声を荒げてしまった。


 その後もカヨの小言が続くが、ニールもセイナもあまり懲りていないようだった。




 …………




 次の日の早朝、僕は目が覚めたので刀剣2号である太刀を持って、街の外にある訓練所で素振りをしていた。

 朝靄がかかり、少し肌寒いが体を動かしていると丁度良い涼しさになる。


 黙々と、ゆっくりと、動きを確認しながら素振りをする。

 剣道の決め手になる型の素振りは何千回やっていたから分かるが、それ以外は振りはまだまだぎこちない。


 例えば振り上げ技全般。

 振り下ろした後の繋げ技として非常に有効だと思うけど、上手く繋げて振れない。

 あと下段技全般に走り込んでの抜刀斬りつけ。

 そう言えば担ぎ技って元々は太刀の技なんだっけか。


 考えだしたら色々と足りない物が見えてくる。


 そうこうしていたら人影がこちらに近づいてきた。



「おはよ。朝から精が出ますねぇ」

「おはよう」


 カヨだった。


「何してるの?」

「素振り……かな?」

「へぇ……そう言えば一人で練習するの好きだったわね」

「まあね。余計な事を考えなくて集中出来る」

「ふーん」


 彼女はそう言って近くのベンチに腰をかけた。


「そう言えばさ、何で高校で剣道辞めたの?」

「それは……簡単に言うと納得出来なかったからかな?」

「剣道に?」

「そう」

「それまた何で?」


 説明するのが難しい。僕は少し言葉を考えた。


「例えば、刀で斬りつけたとして、軽く喉や腹に切っ先入れるだけで致命傷でしょ?」

「まあ、刀で斬るならそうね」

「でも、剣道じゃ一本にならない。袈裟斬りや足切り、顔面突きすらない。実際の刀ならどれもそれで勝負が決まる技だ」

「うーん? でもそういうもんじゃない?」


 彼女はあまり納得しない様子だった。


「まあそう言うもんだって言えばそうなんだけどさ……僕、小技が得意だったでしょ?」

「そうね。凄くネチネチしててやりにくかった。打ち方だけならお父さんよりも器用だったし」


 お父さん、カヨの父で道場の師範。

 カヨとお付き合いするには彼に勝たないといけなかった。

 まあ、それはこの際どうでもいい。


「そういうの、カヨの親父さんは褒めてくれたんだけどね。 高校の顧問はボロクソに否定したよ」

「そんな……確かにあの先生はあなたとソリが合わなそうだけど」

「どんなに打ち込んでも一本を取ってくれないし……」


 嫌な事を思い出した。

 あの顧問は僕が使うような小技を嫌う性格で、「お前の剣は活きた剣じゃない」と言い放って否定し続けてきた。

 今まで自分のやって来た事を否定されるのは辛い。僕はそれで自信も無くなり、剣道も嫌いになった。


「真剣なら親指に軽く切っ先を入れれば勝負が決まるのに、声を出して思いっきりぶっ叩かないと勝負が付かない。それで何が剣の道だ!って考えるようになって剣道の嫌な所ばかり気になるようなった。それで辞めてしまったんだ」

「なら、うちの道場で続ければ……」

「それも考えた。でももう、終わった事だよ」

「……そうね」


 僕は力無く首を振った。


「まあ、剣道を嫌いになって辞めた僕が、今は必死になって剣の朝稽古をしてる。神さまのイタズラも程々にして欲しいよ」


 僕は苦笑いをした。

 彼女も全くだわ、と笑い返してくれた。


「ねえジン、ちょっとその刀を貸してみて」

「危ないぞ?」

「何言ってるの? 私はあなたがサボってた時に少し居合をやってたのよ。だから先輩よ先輩」

「あー、そう言えばそんな事言ってたな」


 僕は刃を自分に向けて柄を差し出す。


「分かってないわね。鞘も渡すのよ」

「はいはい、素人でごめんなさいね」


 言われた通り、納刀して鞘と留め具の付いたベルトも渡した。

 受け取ったカヨは具合を確かめ、鞘の位置を調整した。


 彼女は大きく息を吸って吐き、半身で低く構えた。

 整った顔の凛とした表情と鋭い視線が凄くカッコよかった。


 鯉口を切って刀を振るう。


 何という型なのかは知らないが、僕の適当な抜刀とは比べ物にならない程、洗練された動きだった。


 その後一分程、彼女は刀を振るった。


 後ろで纏められた長く艶やかな髪は優雅に揺れ、対照的に剣筋は鋭く光る。

 ほぼ理想的な重心の移動。ブレの無い洗練された動き。

 引き締まった体と表情、そして整った顔立ちの美しい少女。


 あまりの綺麗さに目を奪われた。


「……った?」

「……」

「分かった? ねえ聞いてる?」

「あ! ごめん!ボーッとしてた」


 彼女はため息をついてもう一度繰り返してくれた。


「今のが基本の型。ウチの先生の流派のね」

「あ、ああ凄かったよ」

「……何が凄いのよ?」

「何がって、その……」


 カヨはこちらに詰め寄り、ニンマリと笑った。


「もしかして可愛い私に見惚れてた?」

「うん」


 即答してみた。


 からかったつもりだったのだろうか

 彼女は固まってしまった。


「凄く綺麗だった」


 追い討ちを入れてみた。


「……私が? 動きが?」

「全部」


 また時間が止まる。

 彼女は顔を赤くした。


 そしてガチャガチャとベルトを外し、刀剣2号セットを投げつけてきた。


「うお!? あっぶね!」

「私の好感度下げるんでしょ!! そういうのやめなさいよ!!」

 

 カヨは走り去って行った。


 あー……そういう反応になるんだ……

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