第028話 懺悔と慰撫

 

 鏡があった。

 それには自分の顔が映っている。

 鏡の中の自分が語りかけてきた。


『どうして殺した?』

「それはカヨを助ける為に」

『殺さなくも良かったんじゃないか?』

「余裕が無かった」

『殺されるほど悪いことをしたか?』

「人を攫って酷い事をするような連中だ」

『だから殺したんだな?』

「ああ、殺した」



 ……何なんだ、この自問自答は



 鏡を見つめると映す姿がユラユラと変わっていった。


「荷物を見てただけなのに……」


 鏡の姿が「あの洞窟で殺した少年」に変わる。頭には矢が二本刺さってる。声は自分の声だった。


「……っ!?」

「僕もあいつらに無理矢理連れてこられただけなのに……」

「それは……!」


 鏡から血が垂れ、足元に広がっていく。少年の顔からは段々と生気が消える。


「殺すだけ殺しておいて、綺麗さっぱり忘れて元の世界に帰るんだろ?」

「違う!」

「良いよな、アンタは帰れて」



 違う!殺したくて殺した訳じゃ……!




 僕はここで飛び起きた。

 急に視界がひらけ、光で目が痛い。


 ベタな悪夢だった。全身、汗でびっしょりと濡れていた。


 一息ついて額の汗を拭う。ふと気付くと右腕には腕輪があった。

 僕がカヨにはめたリジェネイトリングだ。戻してくれたんだろうか?

 彼女はアレからどうなった?

 最後に見たときは目を覚まして……


 周りを見ると窓辺に人が立っていた。

 逆光になり寝起きの眼ではよく見えないが、背格好と長い髪で女性であることは分かる。


「カヨ!」


 思わず抱きついてしまった。


「コラ」


 声の主から優しく怒られ、グイっと体を離された。


「私はセイナです。そんな格好で抱きつかないで下さい。カヨに言いつけますよ」


 寝起きに盛大に人違いをしてしまった。


「ご、ごめんなさい!」


 今の僕の格好は、パンツ一丁だった。そんな格好でセイナに抱きついてしまっていた。

 一気に眠気が覚め、自分の格好とやってしまった事に恥ずかしくなった。


「全く、あなた達は……」


 口では怒っているが、顔は明らかに笑っていた。


「あ、あの、カヨは?」

「隣の部屋で眠っていますよ。ケガの心配もありません」

「良かった……」


 セイナは安堵した僕を見て優しく微笑んでいた。


「お腹が空いていませんか? あなたは丸一日寝ていましたよ」

「丸一日も!?」

「ええ、本当はもう少し早く起きる予定だったのですが……」

「ん? 早く起きる予定って?」

「治癒魔法のかけ過ぎでオーバーヒーリングになっていたようですね。それで寝込んでいました」


 オーバーヒーリング。

 全快してるのに治癒魔法を過剰にかけ続けると一時的に熱が出てしまう症状だったはず。


「えっと、セイナが治癒魔法をかけてくれたんですか?」

「まさか! ちゃんとカヨに譲りましたよ」


 譲りましたって……当然のようにいってるけど、そういうモンなんだろうか?


「それでカヨがやり過ぎてオーバーヒーリングに?」

「いえ、カヨはちゃんと加減して完治させました。最初は」

「……最初は?」


 どういう事だろうか?


「カヨはずっとあなたの側で健気に看病していました。その様子をニールと楽しく眺めていたのですが……」


 楽しく眺めるって……何なんだこのカップルは


「その、途中からカヨの様子がおかしくなって……ベッドに入ってから撫で回しながら治癒魔法をかけるようになって……」


 あ、それ【呪い】のせいかも。


「あなたが苦しみだしたので、流石にニールが止めに入りました。ところが、ニールは逆にカヨの精神魔法で制圧されてしまい、私は仕方なく全員を睡眠魔法で眠らせて……大騒ぎでしたね」


 ……師匠、ごめんなさい。

 カヨのマインドサプレッションまじキツイよね。


「全く、ウチは宿屋じゃないんだぞ」


 家主のフリッツが部屋に入ってきた。

 どったんばったん大騒ぎでご迷惑をおかけしました。


「体は大丈夫か?」


 フリッツに言われ、全身を動かしてみる。

 気だるさと空腹はあるが痛みは全くない。火傷の痕も完全に消えていた。


「ええ、大丈夫です。 心配かけました」

「それは良かった。 ひとまず食事にしよう」

「わかりました」


 貸してもらった服を着てリビングに向かった。

 広いテーブルに女中さんが食事用意をしてくれていた。

 胸がときめく色っぽい美人メイドではなく、気の良さそうな近所のオバさん的な感じだった。

 なんだろう、この半端ないガッカリ感は。

 セイナは常連さんのようで、女中さんと仲よさそうに話をしている。



 皆を起こして一緒に食事をした。


 途中、カヨと目が合う。が、目を逸らされてしまった。

 それ見てニールはニヤニヤと笑っていた。

 さすが斥候だな、ほんとよく見てやがる。


 食事が終わると女中さんがテキパキ片付けて家を出て行った。

 何でもフリッツの兄弟の家を持ち回りで仕事をしているハウスキーパーだそうだ。

 そう聞くと騎士と言えども四男坊というフリッツの話もわかる。



 一息ついたところで、フリッツが神妙な面持ちで話を切り出した。


「さて、今回カヨとジンが巻き込まれた事件についてだが、まずは他言無用の機密扱いになった」

「そりゃ何でまた?」


 ニールが不思議そう尋ねる。


「この人攫い共は帝国が絡んでいたようだ」

「そんなに珍しい事でもないだろ? 足が付かないように帝国に売る連中なんて」

「いや違うんだ。絡んでいるのは“帝国軍”の事だ」

「……なんだって?」


 ニールもセイナも驚いた表情をしている。

 一方、一番の当事者である僕とカヨはイマイチよく分かっていない。

 頭の上にハテナマークが見える。


「つまり、どういう事なんでしょうか?」

「端的に言うと大掛かりな組織で動いているという事だが、憶測しかない。俺も口止めをされているしな。俺たち五人にはギルドマスターから出頭命令が出ていて、そこで状況を説明するそうだ」


 ニールはため息をつきながらグッタリして悪態ついた。


「はあ、金にもならねぇのにめんどくせぇなぁ」

「一応、報酬は出るらしい。ジンの行為は自警活動として、介抱した俺たちも同じ名目で」

「あー、街の平和を一緒に守りましたって事か。

 俺はフルチンのジンにパンツを履かせただけなんだがな」

「ちょっ!? 師匠!?」


 そう言えばシャワー上がったあと、腰にタオル巻いただけだったな。

 あの部屋、確かカヨもセイナもいたよな……

 いや、考えるのはやめておこう……




 …………




 明日朝の10時にギルドに集合という事で解散になった。

 荷物を持ってお世話になったフリッツ邸を後にした。

 そういえば何故あんな夜遅くにニールとセイナもいたんだろうか?


 今度聞いてみよう。


 宿に戻って一息つき、装備の掃除と点検をやった。

 今回の戦いで色々と消耗してしまった。

 明日、ギルドマスターの話の後に工房に寄ろう。

 ある程度新調したとしても、ニールとの狩りで借金の返済は順調だ。多分、きっと。



 ーーコンコン



 買う物をメモにまとめていると、ドアがノックされた。


 扉を開けるとカヨがいた。


「……ちょっといい?」

「うん、ロビーに行こうか」

「部屋の中がいい」

「今装備の点検やってて散らかってるよ?」

「構わないわ」


 そう言って彼女は部屋の中に入ってきた。

 毎度思うけど、こうも無造作に入られると気を使ってる僕が馬鹿らしく思わなくもない。



 まだ灯をつけていない薄暗い部屋の中、窓からオレンジ色の夕日が見える。

 そよ風でなびく彼女の長い髪。夕日に透けて綺麗だった。


 カヨは神妙な面持ちで話を切り出した。


「助けてくれて、ありがとう」

「……うん」

「もし助けてくれなかったら……考えたくもない」

「……うん。僕も考えたくない」

「あなたに治癒魔法をかけたけど、酷い火傷だった」

「リゲルから火の魔法……ファイアーボルトだと思うけど、確か四発もらったよ」

「四発も!?」


 リゲルの魔法は1発で即死というレベルの威力ではなかった。

 カヨのファイアーボルトだと1発で消し炭だけど。


「い、いや威力自体はそこまで大した事なかった。カヨの魔法1発の方が遥かに強いよ」

「……いくら私の魔法が強くても、あんな簡単に騙されて何もできなくて……」


 彼女は目に涙を溜め、嗚咽を漏らす。


「やっぱりジンがいないと、死んじゃうんだなって……それなのに、あなたにひどい事言ったり、無視したり……死ぬ気で助けにきてくれたのに……ごめんなさい」


 ポロポロと涙を流しながら、彼女は謝罪をした。


「いや、僕の方こそ……喧嘩なんてしなければ、カヨがあんな酷い目に会うことなんて無かった……ごめん」

「喧嘩した原因だって……私のことを好きじゃないんでしょ?」


 首を横に振り、否定した。


「実はその……カヨがリゲルに食事を誘われてるの、隠れて見てたんだ。 それを聞いた時、気がついたら刀に手をかけてた。 もし一緒に食事に行ってたら、アイツに闇討ちしてたかもしれない」

「や、闇討ちって……嫉妬してたってこと?」

「うん、もの凄い嫉妬してた」


 カヨは泣きながらも笑った。


「ップ……何よそれ」


 フフ、フフッと泣きながら笑い続けていた。


「それに、僕もカヨに助けられたんだ」

「どういうこと?」

「前にくれたリジェネイトリングがあっただろ。 あれが無かったら帰り道で魔物に殺されてたかもしれない」

「そうなの?」

「うん、最初は火傷で体が動かなかったのに、気がつけば結構傷が回復してて動けるようになってた」


 カヨは涙の残る目で少し嬉しそうな表情を作り、僕の右手の腕輪を見た。


「へぇ、高いだけはある装備なのね」

「そうだね、凄く助かった。 動けるようになったから、途中でカヨにつけたんだ」


 彼女は少し考えて、ぴしゃりと否定の言葉を出した。


「それはやめて」

「ど、どうして?」

「ジンにあげたんだから、まずは自分の為だけに使って。それに多分あなたのほうが重症だったはずよ。治療したとき、全身に火傷があってボロボロだった。 私が痛めつけられたのは足だけだったから命に別状は無かったわ」

「……わかった。今度からそうする」

「うん。よろしい」


 泣き顔でふん、と鼻を鳴らした。

 少し、カヨの調子が戻ってきたような気がする。

 そんな彼女の顔を見て、助けることができて良かったと心の底から思った。



 話が一区切りつき、僕はベッドに腰をかけた。

 彼女も、僕の横に腰をかけてきた。

 肩と肩が少し触れている。



 仲直りも……多分出来たかな。


 二人きりという状況に、少し幸せな気分になった。

 もし僕らが恋人同士になれれば……






 ーー綺麗さっぱり忘れて、元の世界に帰るんだろ?ーー






「……ウッ!?」


 突然、胃を鷲掴みにされるような、猛烈な不快感に襲われる。

 夢とは思えないほど鮮明に、そして赤く血で染まっている少年の顔が脳裏に蘇り、焼き付く。


 両手で口を押さえ、吐き気を必至に堪えた。


 “人を殺しておいて、自分一人幸せを噛み締めるつもりなのか? ”

 あの少年がそう言ってるような、そんな気がする。


 これは人殺しの……【本当の呪い】なのかもな。


「ジン!? 大丈夫!?」

「あまり……大丈夫じゃないかも」

「どこか悪いの?」


 カヨが心配してこちらを見つめている。

 弱ってる僕が頼れる人は……この世界に多分、一人しかいない。


「ちょっとカッコ悪いかもしれないけど、弱音を吐いていい?」

「どうしたの?」


 少し逡巡するもの、誤魔化す言葉が見つからなかった。

 包み隠さず、罪を吐くしかなかった。


「⋯⋯人を、殺したんだ」


 僕は絞り出すように小声で言った。


「うん、知ってる」


 彼女は静かに返事をしてくれた。


「全部で9人、殺した」

「……」

「全員、不意打ちで一方的に攻撃した。リゲル以外名前も知らない。まともに顔すら見てない相手もいた……!」


 感情が抑えきれなくなり、口調が強くなって声が震えるのが分かる。


「致命傷を与えた上で、動けない相手にトドメを刺した! 確実に殺す為に!……中には命乞いをした奴や、僕よりも若い子がいた!!」


 僕は下を向き、顔を両手で押さえ、叫んでいた。両目からはとめどなく涙が溢れている。


「もしかしたら、もしかしたらァ!!!あいつらの仲間なんかじゃなくて、無理矢理連れてこられていただけかもしれない! どうしようもない事情で、たまたまあの場所にいただけかもしれない!!」


 叫び続け、一旦息が切れるが、僕の言い訳は止まらなかった。


「でも、そんな事を確認する余裕もなかった!! ハァッハァッ!! ギリギリだったんだよ!!アアァァァァァァ……」


 カヨは優しく僕の頭を抱きしめ、撫でてくれた。


「夢に……夢に出たんだよ!! その子が!! 今さっきも頭に浮かんだ!! 殺すだけ殺して元の世界に帰るんだろうって!! 僕だって殺しなんてしたく無かった!! でも殺す以外に方法が無かった!! だから!だから確実に殺す方法だけを考えて……全員を!!!全員を殺したんだ……アアァァ……!!!」


 懺悔の涙と嗚咽が止まらなかった。


「ジンは……私を助ける為に人を殺したんでしょ?」

「……」


 カヨは優しく諭すように問いかける。 僕は言葉がつまり、返事ができない。


「なら、私はあなたの罪を半分背負う」

「……」

「私は5人殺した。あなたは4人」


 彼女の方が、少し罪が多かった。


「リゲルは私が殺した事にして、それで残りを半分半分」


 カヨの言葉を僕は黙って聞いた。


 よくわからない理屈だけど、少しだけ気持ちが楽になっていく。


「だから、もしあなたが人殺しの咎で地獄に堕ちるなら⋯⋯⋯⋯私も一緒に堕ちる」


 そういうセリフをサラッと言えるのが凄いな……


「カヨは……昔からカッコいいよな……」

「ジンは昔から……小さい頃から泣き虫よね」


 さっきまで泣いてたのは誰だよ。


 そう言い返そうとするも、また涙が溢れてきて言葉が出なかった。


「な……うぐっ!……ぐふぅ!」

「おー、泣け泣け。今だけ、慰めてあげる」


 そう言ってカヨは僕の頭をより強く抱きしめてくれた。


 頭の上に、暖かい何かが落ちてきた。

 ……彼女も多分……涙を流していた。

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