第027話 凄惨な宴
全員殺した。確実に殺した。
あとはカヨを連れて戻るだけだ。
右足を引きずりながら彼女が拘束された部屋へ向かう。
だんだんと緊張が解け、強い痛みがぶり返してくるのが分かる。
「あ……」
足が何かに引っかかり、顔から血溜まりに突っ込んでしまった。
赤黒く粘度の高い冷めた液体が全身濡らす。
もう血を浴びる事に気持ち悪さは無い。
床が冷たい。火傷した場所が冷えて気持ちがいい。
疲れた。
少しだけ、このまま眠ってもいい。
そんなことを思いながらぼんやりとした頭で視線を動かす。
……何かと目があった。
「……ッ!?」
まだ敵がいた!?
ガバッと起き上がり刀に手をかけようとした所で止まる。
目があったのは、この部屋で最初に殺した少年の死体だった。
頭に二本、矢が刺さっている。
彼は目を開いたまま、事が切れていた。
僕が殺したんだ。
そう認識した途端、疲れてぼんやりした頭が一気に覚醒した。
言いようのない恐怖、嫌悪感、罪悪感。
強烈な気持ち悪さで胃液が逆流してくる。
「オゥェェゲェ!!」
否応無く吐き戻し、後悔が襲ってくる。
僕がこの少年の人生を奪ったんだ。
殺す必要があったのか?
なぜで殺した?
それは……カヨを助けるために……
ああ、そうか。
まずはカヨを助けないと。
彼女は毒に侵されている。
僕も全身火傷だらけでボロボロだ。
それに敵の仲間が来るかもしれない。
早くここから出て街に戻らないと……
後悔はその後にしないと……
「ごめん……」
少年だった“物”に一言謝り、カヨが拘束されている部屋に戻った。
…………
彼女の息はある。ただ意識はまだ戻っていない。
衣類は引き裂かれて半裸の状態だ。
スネと足首、踵には杭が打ち込まれおり、血が垂れている。
足の爪には針が刺し込まれていた。
僕のよく知る幼馴染は、無惨な拷問の痕があった。
「どうして、どうして……こんな事を!!」
……いや、僕も他人の首を散々掻っ捌いたんだ。
カヨにコレをやった本人には、それ以上の事をしてやった。
僕は……同じ穴の狢だろう。
カヨは両手は頑丈な金属の枷で拘束されており、それが天井の鎖に繋がって吊るされている。部屋の入り口の壁にかけてある鍵でその枷は解くことが出来た。
もたれ掛かる彼女を、力の入らない両腕で受け止めた。
比較的返り血の付いていない誰かの外套を拾い、それで彼女を包む。
足の杭も抜きたいが、下手に抜いて出血が酷くなるのが怖い。
処置は帰ってからの方がいいだろう。
太く重い金属の首枷もはめられていた。ただそれには鍵穴すら無かった。
これを今壊すのは時間がかかる。
これも戻ってから外そう。
意識の無い彼女をおぶって、近くにあるロープで僕の体と固定する。
僕のスキルブックにあった、意識の無い人の運搬方法だ。
見た目はともかく、これなら両手が空いているから万が一の時に武器が持てる。
助けた女の子をお姫様抱っこ、なんて状況ではない。
そんな気分でも無い。
死体から矢を何本か回収して、血塗れの洞窟を出た。
深い暗闇の中、街を目指す。
…………
魔物を避ける為にランタンも持たず、闇の森を歩いた。
高台から街明かりがある方角を確認したから進んでる方向は間違いない。
ただ、意識のない人間を背負い、火傷の痛みに耐え、魔物を警戒しての移動。
疲労もあり体力的にも精神的にギリギリだった。
本当に辛い。
戦っている時よりも余程辛い。
もしも一度腰を下ろすと、多分立てないと思う。
道中、両側が崖になっている一本道の先に魔物がいた。二つ頭の大きな犬のような魔物。
名前はデュアルハウンド。片方の頭を潰しても襲ってくる厄介な魔物だ。
僕が発見するのとほぼ同時に、こちらの臭いに気付いてか、ゆっくり近づいてくる。
「最悪だ……」
乾いた口から自然と掠れた声が漏れた。
隠れてもすぐに見つかるし、走って振り切る事も出来ないだろう。
僕は比較的足場の良いこの場所で迎え撃つ覚悟を決めた。
ゆっくりとカヨを降ろし、弓を持つ。
血の付いた矢を一本引き抜き、弦に当て、引き絞る。
指に多少の痛みはあるが、不思議と狙いをつけることができた。
リゲルを射った時と比べれば雲泥の差だった。
最初に放った矢は胸の端に当たる。これでは痛撃とは言えない。
同じ動作でもう一本。今度は運よく右の頭に刺さった。
「ギャン!」
鳴き声がと共にデュアルハウンドが頭を振る。
弓を置いて刀を抜き、上段で構えた。
よろめきながらも、デュアルハウンドはこちらに駆けてくる。
タイミングを合わせて左に体の流しながら振り下ろす。左の頭に太刀が食い込む。
上手く致命傷は与えれたが、右腕が突進に巻き込まれてガントレットが緩んだ。
両頭にダメージを受けたデュアルハウンドはそのまま転げまわり、上手く立てないようだった。
すぐに詰めて胴体に刀を突き立て、とどめを刺した。
今の戦い、思ったよりも体が動いた。
手も足も痛みはあるけど、しっかり動く。戦いに必要な握力もある。
ケガの具合も悪くない。
慎重にいけば街まで何とかなりそうだ。
そう思い、右腕のガントレットの留め具を絞めなおす。
その最中で右手に温かさを感じた。
「ああ……」
温かさの正体は腕輪だった。
“リジェネイトリング“
以前、守ってくれたお礼にと、カヨがくれた魔道具だ。
なるほど。この効果で徐々に回復していたんだ。
今の僕はこの腕輪に守ってもらっていた。
これだけ動ければ、もう僕のケガは大丈夫だ。
そう思い、眠っている彼女の腕に腕輪をはめた。
…………
そのあと、魔物との遭遇を避けながら、森を抜けて街に戻れた。
一時間以上は歩いたと思う。
もう、気力だけで動いている感じだ。
夜はすっかり更け、家々の灯りはまばらだった。
門番は何故かいない。 見回りか、サボりか。
丁度いい、こんな全身血塗れの姿で拷問を受けた半裸の女性を背負ってるんだ。
なんて説明すればいいかわからない。
何より一刻も早く、彼女の手当てをしたい。
診療所はダメだ。あそこは事の発端で信用できない。
ギルドはここから街の反対側、かなり離れている。
やはりニールかフリッツかセイナの所が一番安全だと思う。
ここから一番近いのはフリッツの家だ。
一昨日だったか、ニールに教えてもらった。
フリッツ自身も治癒の下級魔法を使えたはず。
頼らせてもらうしかない。
フリッツの家はレンガ作りの古く広い一軒家で、誰も使っていないから成人の祝いで親から貰った物件だそうだ。
幸い、家は明かりがついていた。
ドンドンと扉を強くノックして叫ぶ。
「フリッツ! いますか!? ジンです!」
程なくしてフリッツが中から出てきた。
後ろには何故かニールとセイナもいた。
「ジン……? どうした!?」
彼は全身血塗れのボロボロで、意識のない女性を背負っている僕を見て驚いていた。
「カヨが人攫いにあってケガをしてしまいました。助けてください……」
「人攫い!? とりあえず中に入れ。丁度よくセイナもいる」
「ありがとうございます」
家の中に入り、近くのソファーにカヨを下す。
彼女の足の様子を見て、セイナが走り寄った。
「ニール! すぐに包帯とお湯を用意してください!」
「わかった!」
慌ただしくニールとセイナがカヨの治療を行っている。
僕も限界だ、近くにあった椅子に腰を掛ける。
フリッツは僕に水を出して、心配そうにこちらを見ている。
コップの水を飲み干すと、少し舌が回るようになった気がしてきた。
「すいません。家を汚してしまって」
「気にするな。それよりもお前は大丈夫なのか?」
「疲れましたが、殆どが返り血です」
「そうか……何があった?」
僕はフリッツに夕方からの出来事を事細かに伝えた。
リゲルの事、カヨが攫われた事、アジトのおおよその場所。その中の事。
当然、人を殺したことも。
「そんな事が……これはギルドではなく治安部隊の仕事だな」
「治安部隊というと、前に言っていた騎士の仕事ですか?」
「そうだ。俺は早速、兄に連絡してくる。身を綺麗にしてここに泊まっていけ。着替えも貸してやる。場所はニールが知ってる」
「何から何まで、ありがとうございます」
フリッツは僕の肩を優しく叩き、労った。
「同じパーティーのメンバーだろ? あとは任せろ、お前もしっかり休め」
……何てイケメンなんだ。
フリッツはシャワー場だけ教え、家を飛び出していった。
僕は血糊でベタベタの装備と服を脱ぎ捨てて冷たいシャワーを浴びる。
火傷の跡に痛みが走る。
そしてとっくに返り血は流されているのに、手が血塗れな気がする。
いくら手を流しても、ぬめりが取れない。
僕は人を殺したんだ。
そう認識したら、突然、気分は悪くなり吐き気が襲ってきた。
「オエェェ……ハァ、ハァ」
胃液が少しだけ垂れる。
昼から何も食べてなくて、もう吐くものなんて何もない。
口を少し濯いでシャワーから上がった。
備え付けのタオルで体を拭く。それを腰に巻いきニールを探して声をかけた。
「師匠、着替えの場所を……」
「なっ!? ジン!お前も酷い怪我だぞ! 」
「そうですか? 体は動くんですが……」
「……何をやってこうなったんだ?」
「火の魔法を何発か貰って……」
「バカ野郎! こっちに来い! すぐセイナに診てもらえ!」
この時、ニールに初めて怒られた。
彼は狩りで失敗した時も声を荒げる事すらしなかったのに。
余程僕の状態が酷く、心配をかけてしまったんだろう。
ニールに手を引かれ、先ほどカヨを治療していた部屋に戻る。
カヨは意識を取り戻して、起き上がっていた。
やつれた表情でこちらを見ている。
「ジン……?」
「よかった。目が覚めたんだ……」
彼女の無事を確認すると、目尻に涙が溢れてきた。
本当に良かった……
そして安堵と同時に僕の視界が暗転した。
急に膝に力が入らなくなり、フツリと意識が途絶えた。
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